徳永の「古事記」その5 
「神話を教えない民族は必ず滅んでいる」


平成24年8月
そこで、岩屋に使いをやり、伊都之(いつの)尾羽(おは)(ばりの)(かみ)に尋ねた処「わが子の方がよい」と答えたので、建御雷之男(たけみかづちのおの)(かみ)を地上に遣わせられた。
八千(やち)(ほこ)の歌 を紹介してみよう。大らかで面白い。古事記では、大国主命が根の堅州国から戻り少名毘古那(すくなびこなの)(かみ)(スクナビコナ)との国作りの神話が開始される前に「八千(やち)(ほこ)の歌」が登場している。八千(やち)(ほこ)とは、武力をしめす「矛」が多い神で大国主命の別名である。この歌は、ちなみに、日本書紀にも出てくる2450首の長編歌謡である。 

註 美保神社
大国主神の息子、事代主神を祀る。国譲りの際、事代主神がここから呼び出されたことから、高天原の遣いに模した二艘の船が水を掛け合う諸手船神事がある。松江市美保関町 
美保関
少名毘古那神がやってきた御大之御崎とされる美保関。松江市美保関町

この岬の上で、大国主は少名毘古那神と出会う。
 そこで、岩屋に使いをやり、伊都之(いつの)尾羽(おは)(ばりの)(かみ)に尋ねた処「わが子の方がよい」と答えたので、建御雷之男(たけみかづちのおの)(かみ)を地上に遣わせられた。
八千(やち)(ほこ)の歌 を紹介してみよう。大らかで面白い。古事記では、大国主命が根の堅州国から戻り少名毘古那(すくなびこなの)(かみ)(スクナビコナ)との国作りの神話が開始される前に「八千(やち)(ほこ)の歌」が登場している。八千(やち)(ほこ)とは、武力をしめす「矛」が多い神で大国主命の別名である。この歌は、ちなみに、日本書紀にも出てくる2450首の長編歌謡である。


第一首「大国主神」 (沼河比売(ぬまかわひめ)への歌)

  遠くはなれた沼河比売(ぬまかわひめ)へ贈った歌。 

八千(やち)(ほこ)の 神の(みこと)は ()島国(しまくに) 妻()きかねて

遠々(とおとお)し 高志(こし)の国に (さか)()を 有りと聞かして

(くわ)()を 有りと聞こして さ()ばひに 

有り立たし 呼ばひに 有り通わせ

太刀が()も 未だ解かずで (おす)()をも未だ解かねば

嬢子(をとめ)の ()すや板戸(いたど) ()そぶらひ 

我が立たせれば ()こづらひ

我が立たせれば 青山に (ぬえ)は鳴きぬ さ()つ鳥

(きざし)(とよ)む 庭つ鳥 (かけ)は鳴く (うれ)()くも

鳴くなる鳥か 此の鳥も 打ち()こせね 

いしたふや 天馳せ(あまはせ)使(づかい) 事の語り(ごと)も ()をば



口語訳

八千(やち)(ほこ)の神の(みこと)は 八島の国で 妻を探しかね遠い遠い越の国に 賢い娘がいると聞いて美しい娘がいると聞いて 妻問いに何度も通われる太刀の緒がまだ解かないうちに 上衣も脱がないうちに 乙女の寝る 板戸を 何度も力の限り 押しては引くうち 遠くの山に(ぬえ)が鳴き 野では雉が鳴き始め、庭の鶏は高らかに鳴く よくもこんなに鳴くものよ こんな鳥はこらしめて欲しい海人(あま)(はせ)せ使いよ事をお知らせするのはこれだけです。

 

解説

第一首は大国主命から遠く離れた地に住む沼河比売(ぬまかわひめ)への歌である。

「賢く美しい女性がいると聞き、大国主命はその女性を訪ねた。長旅を経て沼河比売(ぬまかわひめ)の寝所の前まで辿り着いたが思いは直ぐには届かない。何度求めても、寝所の戸を力の限り押したり、引いたりしても叶わない。終には寝所の前で朝を迎えてしまう。その上、大国主命の気持ちなど構わずに、山、野、庭では鳥が高らかに鳴いている。面白くない大国主は、従者(海人馳使)に「いっそのこと、鳥たちを殺せ」と命じる。」はっはっはっ。

第二首は、この歌を聞いた沼河比売(ぬまかわひめ)からの返歌である。寝所の戸は開いておらない。ポイントは歌の後で詳しく解説します。  

第二首 沼河比売(ぬまかわひめ) (大国主命への歌)

八千(やち)(ほこ) 神の(みこと) ()え草の ()にしあれば

我が心 (うら)()の鳥ぞ 今こそは ()(どり)にあらめ

後は ()(どり)にあらむを (いのち)は な()せ給ひそ

いしたふや 天馳せ(あまはせ)使(づかひ) 事の 語り事も ()をば

青山に 日が隠らば ぬばたまの ()は出でなむ

朝日の 笑み栄え来て (たく)(づの)の 白き(ただむき)

淡雪(あわゆき)の 若やる胸を そ叩き 叩き(まな)がり

玉手(たまで) 玉手さし()き (もも)(なが)に ()()さむを

あやに な恋ひ()こし 八千(やち)(ほこ)の 神の(みこと)事の 語り事も 此をば 


口語訳

八千(やち)(ほこ)の神の命よ。なおやかな女の身ゆえ、我が心は渚の鳥のように落ち着きません。今は未だ我が鳥ですが、そのうち貴方の鳥になるでしょうから どうか鳥を殺したりしないで下さい。青山に日が暮れたら夜にお出かけ下さい。朝日のような笑みを浮かべて 白い腕を やわらかな胸を やさしく愛撫し 玉のような美しい腕を枕には 股を伸ばして 共にお休みになりましょう 無闇に焦がれなさいますな 八千(やち)(ほこ)の神の(みこと)よ 事をお知らせするのはこれだけです。 

解説

第二首は大国主命の歌を聞いた沼河比売(ぬまかわひめ)が寝所の戸を開けずに返した歌である。「今は未だ応じられないけど、そのうち貴方のものになるので鳥を殺さないで下さい。白い腕、やわらかい胸などと官能的な描写をする、中々大らかで素朴な古事記は人間的である。 



第三首 大国主神 (正妻・須勢理毘売への歌。)

ぬばたまの 黒き御衣(みけし)を ま(つぶ)さに 取り(よそ)

沖つ鳥 (むな)見るとき はたたぎも (これ)はふさはず

()つ波 そに脱ぎ()て ?(そに)(どり)の青き御衣(みけし)

ま具さに 取り装ひ 沖つ鳥 胸見るとき

はたたぎも ()もふさはず

()つ波 そこに脱ぎ棄て 山がたに蒔きし 茜舂(あたねつ)

染め木が汁に ()(ころも)を ま具さに 取り装ひ

沖つ鳥 胸見るとき はたたぎも ()しよろし

愛子(いとこ)やの (いも)(みこと) (むら)(とり)の 我が群れ()なば

引け鳥の 我が引け()なば 泣かじとは 

()は言ふとも やまとの 一本(ひともと)(すすき) 項傾(うなかぶ)

()が泣かさまく 朝雨の 霧に立たむぞ

若草の (つま)(みこと) 事の語り(ごと)も ()をば 


口語訳

黒い衣裳を 念入りに身に着け 水鳥のように首を巡らせ胸元を見て 恰好つけてみても似合わない 波が返すように脱ぎ捨て 翡翠のような青い衣裳を 念入りに身につけても これも私には似合わない 波が返すように脱ぎ棄て 茜の汁で染めた赤い衣裳を 念入りに着け 格好をつけて見ると 今度は似合いそうだ 愛しい妻よ 群れ鳥たちのように 私が皆いちどきに去れば 決して泣かないとお前は言うが 山の麓の一本のすすきのように お前はうなだれて泣くだろう 嘆きの息は 朝に降る雨の 霧のように立つだろう 若草のような 我が妻よ。事をお知らせするのはこれだけです。

解説

第三首は、熱心な妻問いに嫉妬した正妻・須勢理毘売へ大国主命が詠んだ歌。妻のやきもちに嫌気がさし、妻の元を去ろうとまでする内容だ。色とりどりの衣裳を着ては、水鳥のように脱ぎ捨ててゆくのである。



第四首 須勢理毘売(すせりびひめ) (正妻から大国主命への歌)

八千(やち)(ほこ)の 神の(みこと)や ()が大国主 ()こそは

()にいませば 打ち()る 島の崎々 掻き()

磯の崎落ちず 若草の 妻持たせらめ

()はもよ ()にしあれば ()()て (つま)は無し

綾垣の ふはやが下に むし(ぶすま) (にこや)が下に(たく)(ぶすま)

騒ぐが下に 沫雪の 若やる胸を (たく)(づの)の 白き腕 

そ叩き 叩き(まな)がり ま玉手(たまで) 玉手さし()き 

(また)(なが) ()をし()せ (とよ)御酒(みき) (たてまつ)らせ

 

口語訳

八千(やち)(ほこ)の 神の命よ 我が大国主神よ あなたは 男の中の男であられるから 巡る島こどに 巡る岬ごとに 若草のような妻をお持ちになれるでしょうが、私は女ですから 貴方以外に男などおりません 綾織のとばりがふわふわと揺れる下でやわらかな絹の蒲団のもとで さやさやと鳴る楮の蒲団の下で 私の白い腕を白い私の腕をそっと優しく愛撫して 玉のような美しい腕を枕にして 股を伸ばして おきつろぎください さあ おいしいお神酒を 召し上がりください」。

解説

第四首目は、正妻・須勢理毘売が、酒盃を掲げて夫に詠んだ歌。「私にとっての男、夫はあなただけ」と歌い、夫の妻問いにチクリと釘を刺している。官能的な描写はおおらかである。

註 こうぞ 栲

 樹皮が和紙の原料。クワ科の落葉高木。梶の木、或は構の木とも言う。 

 
 ぬばたま 奴婆多麻

 ヒオウギの黒い実のこと。黒や夜のイメージする枕詞として使用される。

 ススキ 薄

 イネ科の多年草。花穂の重みで穂先が垂れるため「うなだれる姿」に比喩される。

 茜 あかね

 根がとれる汁で染めると鮮やかな赤色になり茜色と言われる。