徳永の「古事記」その5
「神話を教えない民族は必ず滅んでいる」
平成24年8月
そこで、岩屋に使いをやり、伊都之尾羽張神
八千矛の歌 を紹介してみよう。大らかで面白い。
註 美保神社
大国主神の息子、事代主神を祀る。国譲りの際、事代主神がここから呼び出されたことから、高天原の遣いに模した二艘の船が水を掛け合う諸手船神事がある。
美保関
少名毘古那神がやってきた御大之御崎とされ
この岬の上で、大国主は少名毘古那神と出会う。
八千矛の歌 を紹介してみよう。大らかで面白い。
第一首「大国主神」 (沼河比売への歌)
遠くはなれた沼河比売へ贈った歌。
「八千矛の 神の命は 八島国 妻娶きかねて
遠々し 高志の国に 賢し女を 有りと聞かして
麗し女を 有りと聞こして さ呼ばひに
有り立たし 呼ばひに 有り通わせ
太刀が緒も 未だ解かずで 襲衣をも未だ解かねば
嬢子の 寝すや板戸を 押そぶらひ
我が立たせれば 引こづらひ
我が立たせれば 青山に 鵺は鳴きぬ さ野つ鳥
雉は響む 庭つ鳥 鶏は鳴く 心痛くも
鳴くなる鳥か 此の鳥も 打ち止めこせね
いしたふや 天馳せ使 事の語り言も 此をば」
口語訳
「八千矛の神の命は 八島の国で 妻を探しかね
解説
第一首は大国主命から遠く離れた地に住む沼河比売への歌である。
「賢く美しい女性がいると聞き、大国主命はその女性を訪ねた。長旅を経て沼河比売の寝所の前まで辿り着いたが思いは直ぐには届かない。何度求めても、寝所の戸を力の限り押したり、引いたりしても叶わない。終には寝所の前で朝を迎えてしまう。その上、大国主命の気持ちなど構わずに、山、野、庭では鳥が高らかに鳴いている。面白くない大国主は、従者(海人馳使)に「いっそのこと、鳥たちを殺せ」と命じる。」はっはっはっ。
第二首は、この歌を聞いた沼河比売からの返歌である。寝所の戸は開いておらない。ポイントは歌の後で詳しく解説します。
第二首 沼河比売 (大国主命への歌)
八千矛の 神の命 萎え草の 女にしあれば
我が心 浦渚の鳥ぞ 今こそは 我鳥にあらめ
後は 汝鳥にあらむを 命は な殺せ給ひそ
いしたふや 天馳せ使 事の 語り事も 此をば
青山に 日が隠らば ぬばたまの 夜は出でなむ
朝日の 笑み栄え来て 栲綱の 白き腕
淡雪の 若やる胸を そ叩き 叩き愛がり
ま玉手 玉手さし枕き 股長に 寝は寝さむを
あやに な恋ひ聞こし 八千矛の 神の命
口語訳
八千矛の神の命よ。なおやかな女の身ゆえ、我が心は渚の鳥のように落ち着きません。今は未だ我が鳥ですが、そのうち貴方の鳥になるでしょうから どうか鳥を殺したりしないで下さい。青山に日が暮れたら夜にお出かけ下さい。朝日のような笑みを浮かべて 白い腕を やわらかな胸を やさしく愛撫し 玉のような美しい腕を枕には 股を伸ばして 共にお休みになりましょう 無闇に焦がれなさいますな 八千矛の神の命よ
解説
第二首は大国主命の歌を聞いた沼河比売が寝所の戸を開けずに返した歌である。「今は未だ応じられないけど、そのうち貴方のものになるので鳥を殺さないで下さい。白い腕、やわらかい胸などと官能的な描写をする、中々大らかで素朴な古事記は人間的である。
第三首 大国主神 (正妻・須勢理毘売への歌。)
ぬばたまの 黒き御衣を ま具さに 取り装ひ
沖つ鳥 胸見るとき はたたぎも 是はふさはず
辺つ波 そに脱ぎ棄て ?鳥の青き御衣を
ま具さに 取り装ひ 沖つ鳥 胸見るとき
はたたぎも 是もふさはず
辺つ波 そこに脱ぎ棄て 山がたに蒔きし 茜舂き
染め木が汁に 染め衣を ま具さに 取り装ひ
沖つ鳥 胸見るとき はたたぎも 是しよろし
愛子やの 妹の命 群鳥の 我が群れ去なば
引け鳥の 我が引け去なば 泣かじとは
汝は言ふとも やまとの 一本薄 項傾し
汝が泣かさまく 朝雨の 霧に立たむぞ
若草の 妻の命 事の語り言も 此をば
口語訳
黒い衣裳を 念入りに身に着け 水鳥のように首を巡らせ胸元を見て 恰好つけてみても似合わない 波が返すように脱ぎ捨て 翡翠のような青い衣裳を 念入りに身につけても これも私には似合わない 波が返すように脱ぎ棄て 茜の汁で染めた赤い衣裳を 念入りに着け 格好をつけて見ると 今度は似合いそうだ 愛しい妻よ 群れ鳥たちのように 私が皆いちどきに去れば 決して泣かないとお前は言うが 山の麓の一本のすすきのように お前はうなだれて泣くだろう 嘆きの息は 朝に降る雨の 霧のように立つだろう 若草のような 我が妻よ。事をお知らせするのはこれだけです。
解説
第三首は、熱心な妻問いに嫉妬した正妻・須勢理毘売へ大国主命が詠んだ歌。妻のやきもちに嫌気がさし、妻の元を去ろうとまでする内容だ。色とりどりの衣裳を着ては、水鳥のように脱ぎ捨ててゆくのである。
第四首 須勢理毘売 (正妻から大国主命への歌)
八千矛の 神の命や 我が大国主 汝こそは
男にいませば 打ち廻る 島の崎々 掻き廻る
磯の崎落ちず 若草の 妻持たせらめ
我はもよ 女にしあれば 汝を除て 夫は無し
綾垣の ふはやが下に むし衾 和が下に栲衾
騒ぐが下に 沫雪の 若やる胸を 栲綱の 白き腕
そ叩き 叩き愛がり ま玉手 玉手さし枕き
股長に 寝をし寝せ 豊御酒 奉らせ
口語訳
「八千矛の 神の命よ 我が大国主神よ あなたは 男の中の男であられるから 巡る島こどに
解説
第四首目は、正妻・須勢理毘売が、酒盃を掲げて夫に詠んだ歌。「私にとっての男、夫はあなただけ」と歌い、夫の妻問いにチクリと釘を刺している。官能的な描写はおおらかである。
註 こうぞ 栲
樹皮が和紙の原料。クワ科の落葉高木。梶の木、或は構の木とも言う。
ぬばたま 奴婆多麻
ヒオウギの黒い実のこと。黒や夜のイメージする枕詞として使用される。
ススキ 薄
イネ科の多年草。花穂の重みで穂先が垂れるため「うなだれる姿」に比喩される。
茜 あかね
根がとれる汁で染めると鮮やかな赤色になり茜色と言われる。