日本語の美しさ 

1. 素晴らしい日本の誕生歌

私は、ここ20年、県内外で日本の神様、日本の原理、日本のことを知ろう、新しい神道の予感、国際経済問題など多岐にわたる講話をする機会があったが、タイミングを選び、必ず日本語の誕生歌を披露してきた。そうすると、みな知らなかった、素晴らしいと、必ず大きな拍手が起こりアンコールを所望されてもう一度歌うハメになるのでありました。
藤山一郎作詞の素晴らしい日本語の誕生歌があるのです。是非とも日本語の誕生歌を歌唱しようではありませんか。曲はハピ-バースデイと同じです。

ほのぼのとして、親愛の情が伝わって来る、本当に日本人の感性が滲むような歌詞だと思います。

家庭で、友人へ、職場でと、是非とも広めて欲しいものであります。 

祝えや いざ 君の誕生日 いついつまでも 

すこやかなれ」。 

2. 外国国歌は血生臭い軍国調

次に、国歌であるが、私は外国国歌の歌詞に興味があり長い間探求し続けてきた。アメリカ始め、中国、ロシアなど、どの国の国歌も血生臭い歌詞である。ここに各国の国歌の歌詞の日本語訳をご披露する。 

1.            ソ連の国歌
「鍛えられし わがつわもの 攻めくる敵

 討ち破り 断乎と守る 尊き国わが祖国に栄あれ。栄光の民よ 自由の祖国 結ばれしその誉れ 旗のかげで 導けよ勝利の為 進めよや」

2.            . 中華人民共和国の国歌
「立て、奴隷となるな、血と肉もて、築かんよき国。立て!立て!立て!心あわせ、敵にあたらん、進め、敵にあたらん。進め、進め、進めよや」

3.            . フランスの国歌
「ゆけ祖国の国民 時こそ至れり正義のわれらに。旗はひるがえる 旗はひるがえる 聞かずや野に山に 敵の呼ぶを悪魔の如く 敵は血に飢えたり。立て国民 いざ(ほこ)とれ 進め進め(あだ)なす敵を葬らん」

4.            . 英国の国歌
「おお神よ 我らが神よ 敵をけ散らし降伏させ給え 悪らつな政策と奸計を破らせ給え 神こそ我らが望み 国民を守らせ給え」

5.            . アメリカの国歌
「おお激戦の後に 暁の光に照らし出された星条旗が見えるか 夜どおし砲弾が飛びかった後に、われらの星条旗が翻っている。自由な祖国、勇敢な家庭 星条旗をふれ 星条旗をふれ 戦闘がやんで微風が吹く中に 濃い朝霧の中 見え隠れしているものは何か これこそわれらが星条旗 神よ!星条旗をふり続け給え 自由の祖国勇敢な家庭の上に」

6.            . 日本の国歌
「君が代は 千代に八千代にさざれ石のいはほとなりて、苔のむすまで」。

日本以外は、みな血なま臭く勇ましい軍歌調だと痛感されるでしょう。血とか肉とか敵と戦えとか、血に飢えた敵とか、実に品位もなく戦闘的なものばかりの烈しいものです。こういう国家の方針の下にこれらの国民は国家に忠誠を捧げており、戦闘を煽られている。これでは戦争が絶えませんね。

君が代の、なんと簡潔で、平和でおおらかで、悠久で格調が高く素晴らしいか、他国と歴然と違うではありませんか。君が代の歌曲は明治時代、ドイツで世界の国歌評価判定会があった時に、君が代はその第一の秀歌に選定されています。明治になり日本古来の雅楽の旋律を取り入れて現在の曲としたものです。

この歌詞は、今から約
1000年前、醍醐天皇が紀貫之(きのつらゆき)に命じて編集させた日本最古の勅撰和歌集である「古今和歌集」巻第七、賀歌の部の第343番、読み人知らず、として掲載されています。無名の人の歌が採用されたのです、余談ですか、ここらにも欧米と異なり、日本人の平等性が確固として伺われます。

「我が君は、千世にやちよに、さざれいしの いはほとなりて、こけのむすまで」がルーツです。長寿を祈り願う祝い歌として人々に広く愛唱されていったもののようです。上から強制して歌われたものではない。しかも、無名の民の歌です。わが君とはあなたの事で敬愛を込めた言葉です。君は広く対者を言います。


万葉時代、そして現在も、皇居では毎年歌会はじめがあり、老若男女、地位名誉に無関係に歌を募集し、入選者は皇室に呼ばれる歌会がありますね、こんな庶民的な皇室は世界にありますまい。

こんな素晴らしい日本、また国歌は世界に誇りうるもので先祖の英知に感謝しなくてはいけません。君が代を軍国主義などという人間はどうかしています。外国国歌の歌詞を知らない無知極まりない愚かな人達だといえます。誇りを以って堂々と声高らかに歌いたい国歌であります。

3.皇后陛下のみ歌


皇后陛下のみ歌、つつましく、気高く、真心が強くこもっていて、心を打たれます。将に国母(こくも)様の歌です。皇后さまは万葉以来の歴史的名歌人でありましょう。

僅か三十一文字の言葉の中に、これほど心を込めることができる日本伝統の和歌。

その言葉のゆかしさ、リズム、全体の調和、精神性の高さに、和歌を敷島の道として、皇室の伝統として受け継いでこられた方のすばらしさを感じる。

皇后陛下のみ歌を拝して思い浮かぶ言葉は、立ち昇るような馥郁(ふくいく)たる香気(こうき)、みずみずしい繊細さ、抑制あり、慈悲あり、祈りあり、と思うのであります。

和歌に、こんなにもつつましく真心を映しだされることのできる皇后陛下、日本人として、限りない誇りを感ぜずにはおられないのであります。

皇后陛下に接した外国人は「このようなお方を皇后として戴くのは日本人の誇りですね」という声が海外から聞こえてきます。云わないのは日本のマスメディアと日本人のみです。

皇后陛下の歌集「瀬音(せおと)」から数首ご紹介しましよう。


(さき)くませ(まさ)()くませと人びとの声渡りゆく御幸(みゆき)の町に」

「人々の(さち)願いつつ国の内めぐりきたりて十五年()つ」

海陸(うみりく)のいづへを知らず姿なきあまたの御霊(みたま)(まも)るらむ」

「慰霊地は今安らかに水をたたふ如何(いか)ばかり君ら水を()りけむ」

「子に告げぬ(かな)しみもあらむ(ははそ)()の母(すが)やかに老い給ひけり」 

日本人は、欧米かぶれを早く卒業し、日本文明に矜持を持たなくてはなりません。

    徳永日本学研究所 代表 徳永圀典