平成の大乱
私の最初の著書の題名が「平成の大乱」である。出版は平成12年12月で、私の古稀を記念したものでもありほぼ10年前となった。300部刊行し全国の知人に送呈し残部はない。
その序文を読み返してみると、実に正孔を得ており我ながら自賛している。手前味噌ながら、ここにご披露する。
はじめに
平成12年、西暦2千年、遂に21世紀の冒頭であり、新ミレニアムである。
この世に精々60乃至70年の生を享ける生きものとしての人間として、感慨のなかろう筈はない。
そして私は本年、数え年70才、所謂古稀である。杜甫の曲江詩「人生70古来稀」からの引用らしいが現代ではさして珍しくはあるまい。
然し、考えてみれば大変な老人と言える。聞く処によれば、人間の大半は70代半ば迄に死している。いつこの世とお別れしなくてはならぬかも知れぬし又、確実に残り少ない時間しか与えられていない人間として、よくも今日まで生きてきたなあと思って当然であろう。
そこに、かけがえの無い自分、いとおしくなる自分を見いだす。欠陥だらけで家族にも、友人にも隣人にも、先輩同僚諸氏にも迷惑ばかりかけてきたと思うが、自分には精一杯の人生でもあった。
その自分の一部を書物にするなど大変おこがましく、せめて70才を過ぎねばと自戒してきた。自戒の年齢制限に到達したので、この世の名残りとして留めおきたいと思った次第である。
私は住友銀行と共に生きて円満勇退後も、私の趣味は住友銀行と云って憚らなかった人間である。
第二の人生は住友銀行関連銀行の元ふそう銀行(山陰合銀と合併)であり、私の職業は銀行員のみである。
近年、銀行員と言えば負のイメージを持つ迄に到っている。銀行なるものへ避難轟々の時も私は、その行き過ぎを感じた。
マネー敗戦による国富の大減価と日本弱体化の本質は金融経済政策の失敗であると思う。
然し住友銀行という職場に人生の大半を過すことが出来た事は、最高に素晴らしかったと思っている。
処遇に満足したと言うのではない。小事を捨て大局的に見ればである。
では、住友銀行とはどんな職場か。
@ 仕事は厳しいが業務の合理性追及に於いて知性の通用する職場であったこと。
A 進取の気性に富み、合理性追求の一方で顧客にも職員に対しても人情の機微を決して疎かにしない企業であった事。
B職員を大切にする大家族的風土があった事。
B 問題あらば、実態を直視し、知性と意思を以て断固としてやり遂げる能力を組織として保有している銀行。
であろうか。
住友銀行の経営者ではなかったが、元幹部職員として思う。
住友銀行というのは、言い訳を一切しない正々堂々とした男性的気概に長けた銀行であると。
安宅産業でもイトマンでも融資量では決してメインバンクではない。他行の融資をあそこまで肩代わりしなくてドライに自分の銀行の融資のみ負担しておれば、あれ程の傷は受けなくてすんだと思う。
某都市銀行(三和銀行)のように逃げなかった。
住友銀行は国家の視点を持つ気骨溢れる銀行である。
さて、私は当初から外国業務に携わり後に取引先業務を研鑽して支店長となったが、二十代の頃の外国関連の上司から次のような訓育を受けた。
支店長時代に片時も忘れずに応用してそれ故に不良債権を作らなかったと信じている。
それは何か。
融資等の与信業務に際しての三原則、
@先ずメリットの明快なる見極め。
Aデメリットの厳正なる把握。
B最後の決断の判断尺度は「住友という信用の篩」にかける事である。
住友銀行入行時から「紺珠」と命名した読書録を使用しており、この事を記載している。その他実に多々、個人的実践的指導を受けたものだ。
住友銀行中興の祖である堀田庄三氏が頭取になった時の、あの素晴らしい宣言も私の信条となっていた。
これは歴史の風雪に耐え得る価値ある真言であろう。
「(前略)、発展の基礎は信用にあり、信用の基礎は堅実なる経営にある。故に発展の要諦は堅実なる経営にある。而もそれは公正妥当なる運営に生まる。業務の処理は人情の機微を掴む要あるも情実になじまず因縁に囚われず合理性に立脚すると共に、積極果敢に業務に励み各自は品性の陶冶に努め清潔なるマナーを以て気品高き行風を築く事。(攻略)」
私はこれを拳拳服膺してきたと言っても過言ではない。
住友銀行はこのような銀行であった。かかる住友銀行に勤務できた人生の幸せを痛感している。
バブル期、住友銀行百年の歴史に初めて起きたあの忌まわしい事柄は、この精神の忘却以外の何物でもない。
ここに、歴史を常に学ぶという精神が人間にも企業にも如何に大切かがわかろうというものだ。
然し、住友銀行のかかる合理性追求の精神風土はビッグバンの時代にふさわしい。
21世紀には、再び日本を代表するトップパンクになるであろうと確信している。
そして、現代日本の政界、財界、官界を初め社会の頽廃は恐るべきものがあり国家は没落しつつあると言っても過言ではない。
日本は古来の伝統ある価値観を失い、精神的には応仁の乱以来最大の危機を迎えているのではないか。平成の大乱という意味もこの千年来の大変化を自覚したものかも知れない。
この本は、一老人の遠吠えに近いが日本を愛する人間の一人として還暦と共に引退後今日までの八年間に鳥取での寄稿やら講演を取りまとめた私の人生の記念塔である。
平成十二年一月
徳永圀典