日本の歌 8月 小倉百人一首

平成18年8月

 1日 春道列樹(はるみちのつらき) 山川(やまがわ)に風のかけたるしがらみは 流れもあ()ぬ紅葉なりけり 山川に風がかけたしがらみ((せき))は、流れきれないままに吹き散らされた紅葉であったよ。
 2日 紀友則(きのとものり). ひさかたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ こんな日の光がのどかな春の日に、なぜ桜の花ばかりはあんなに慌しく散るのであろう。
 3日

藤原(ふじはらの)興風(おきかぜ)

誰をかも知る人にせむ高砂(たかさご)の 松も昔の友ならなくに 今は、もう誰を友としようか。高砂の松は長生きで知られているが、それとて昔からの友ではない。
 4日 紀貫之(きのつらゆき)

人はいさ心も知らずふるさとは 花ぞ昔の()に匂ひける

人の心はどう変わったか分からないけども、ふる里の梅の花は昔通りのよい香りだ。
 5日 清原(きよはらの)深養父(ふかやぶ)

夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを 雲のいづこに月宿るらむ

短い夏の夜は、すぐに明けてしまったが、あの月は雲のどこに宿ったのだろう。
 6日 文屋(ふんやの)朝康(あさやす) 白露に風の吹きしく秋の野は 貫きとめぬ玉ぞ散りける 秋の野の草の露に、風が吹くと、糸を通していない玉がぱらぱらと散るようだ。
 7日 右近(うこん) 忘れる忘らるる身をば思はず誓ひてし 人の命の惜しくもあるかな 忘れられる身を考えず愛を誓ったが、あなたは罰を受けずにいて欲しい。
 8日 (みなもとの) (ひとし) 浅茅生(あさぢふ)の小野の篠原(しのはら)忍ぶれど あまりてなどか人の恋しき

野に生えた小竹のように思い耐えているのに、かえって君が恋しいのはどういうわけであろう。

 9日 (たひらの) 兼盛(かねもり) (しの)ぶれど色に()でにけり我が恋は 物や思ふと人の問ふまで 恋を隠してきたが、顔に出てしまつたらしい。悩んでいるのかと人に尋ねられたよ。
10日 .壬生忠(みぶのただ)() 恋す(ちょ)()()が名はまだき立ちにけり 人知れずこそ思ひ()めしか 恋をしているという噂はもうたってしまった。人に知られないように心に思っていたのに。
11日 清原(きよはらの)元輔(もとすけ) 契りきなかたみに(そで)をしぼりつつ 末の松山波越さじとは 約束したね。互いに涙に袖を濡らしながら、末の松山(宮城県)を波に越させまい、二人の心は不変だと。
12日 .藤原(ふじわらの)敦忠(あつただ) 逢ひ見ての(のち)の心にくらぶれば 昔は物を思はざりけり 恋が成就したあとのつのる思いに比べると、恋を知る前の苦しさなど何でもない。
13日 .藤原(ふじわらの)朝忠(あさただ) 逢ふことの絶えてしなくはなかなかに 人をも身をも(うら)みざらまし いっそ全く会うことがなかつたならば、かえって、あなたや私自身を恨むようなこともあるまいものを。
14日 .藤原(ふじわら)伊尹(これただ) 哀れともいふべき人は思ほえで 身のいたづらになりぬべきかな 哀れ、と言ってくれる人がいるとも思えず、このままむなしく一生を終えるのだろう。
15日 .曽禰(そねの)好忠(よしただ) 由良(ゆら)()を渡る舟人(ふなびと)かぢを絶え 行方(ゆくえ)も知らぬ恋の道かな 由良(宮津市由良浜)の海峡を渡る舟人が(かじ)を失ったように、行方もわからずさまよう私の恋の道であるよ。
16日 恵慶(えぎょう)法師(ほうし) 八重(やえ)(むぐら)(しげ)れる宿のさびしきに 人こそ見えね秋は来にけり 雑草が生い茂るこの寂しい家に、誰も訪れる人はいないが秋だけは訪れる。
17日

.(みなもとの) 重之(しげゆき)

風をいたみ岩打つ波の(おのれ)のみ 砕けて物を思ふころかな 強い風に岩打つ波が砕けるほどに、私だけが心を砕いて思い悩むこのごろだ。
18日 大中(おおなか)臣能宣(とみのよしのぶ) 御垣(みかき)守衛士(もりえじ)の焚く火の(よる)は燃え 昼は消えつつ物をこそそ思へ 衛兵の焚く火のように、私の心も夜は燃えるが昼は物思いに沈んでいる。
19日 .藤原義孝(ふじわらのよしたか) 君がため惜しからざりし命さへ 長くもがなと思ひけるかな あなたに逢うまでは命まで惜しくないと思ったが、会った今は、長く生きていたい。
20日

.藤原(ふじわらの)実方(さねかた)

かくとだにえやは伊吹のさしも草さしも知らじな燃ゆる思ひを こんなに思っていると言えないのだから、あなたは知らない。この燃えるような思いを。
21日 .藤原(ふじわらの)道信(みちのぶ) 明けぬれば()るるものとは知りながら なほ恨めしき朝ぼらけかな

夜が明けて、またその日が暮れれば逢えるとは知りながら、別れの恨めしい夜明けよ。

22日 .藤原(ふじわらの)道綱母(みちつなのはは) 嘆きつつひとり()る夜の明くる間は いかに久しきものとかは知る 嘆きながら独りで寝た夜は、明け方までどんなに長いか、あなたはご存じか。
23日 .儀同三司母(ぎどうさんしのはは)

忘れじの行く末までは(かた)ければ 今日を限りの命ともがな

永久に忘れまいと言われる先のことまでは頼りにしがたいので、幸福な今日を命の限りとしたい。
24日

.藤原(ふじわらの)公任(きんとう)

滝の音は絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れてなほ聞こえけれ 滝の音は聞こえなくなって久しいが、名声だけは昔も今も変わらず世に聞こえている。
25日

.和泉(いずみ)式部(しきぶ)

あらざらむこの世の(ほか)の思ひ出に 今一度(いまひとたび)の逢ふこともがな

死期も近づいたので、あの世への思い出に、せめて今一度お会いしたい。
26日

.紫式部

めぐり逢ひて見しやそれとも()かぬ()に 雲隠(くもがく)れにし夜半(よは)の月かな 久しぶりに逢ってそれと見分けもつかないうちに、雲に隠れた今夜の月のように姿を消した。
27日 .大弐(だいにの)三位(さんみ) 有馬山(ありまやま)猪名(いな)の笹原風吹けば いでそよ人を忘れやはする 有馬山(神戸市)の猪名の笹原に風が吹けば葉がそよぐ。さあ、そのことです。どうしてあなたを忘れるものか。
28日 .赤染(あかぞめ)衛門(えもん)

やすらはで寝なましものをさ夜更(よふ)けて (かたぶ)くまでの月を見しかな

ためらわず寝ればよかったのに、お待ちしたばかりに夜が更けて西に傾く月まで見た。
29日

小式部(こしきぶの)内侍(ないし)

大江山(おおえやま)いく野の道の遠ければ まだふみも見ず(あま)橋立(はしだて)

大江山や生野を行く道のりは遠いので、まだ天の橋立も踏んでいないし、母の手紙も見ていません。

30日 伊勢(いせの)大輔(たいふ)

いにしへの奈良の都の八重桜 けふ九重(ここのへ)(にほ)ひぬるかな

昔栄えた奈良の都の八重桜が、今日はこの平安京の宮中に咲き匂っていることよ。
31日 清少納言 夜をこめて鳥の(そらね)ははかるとも 世に逢坂(おふさか)の関は許さじ 夜明け前に鶏の鳴きまねで通ろうとしても、この逢坂の関はあなたを通しません。