佐藤一斎「言志録」その四 岫雲斎補注
わが鳥取木鶏会で言志録四巻を5-6年前に輪読し学んだ。このホームページに記載されないのが不思議だとの声が関西方面からあった。言志禄は、指導者たるべき者の素養として読むべきものとされたものである。言志四録の最後の言志耋録は佐藤一斎先生八十歳の著作である。岫雲斎圀典と同年の時である。
平成23年9月度
1日 | 88. 眼を高くつけよ |
著眼高ければ、則ち理を見て岐せず。
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岫雲斎 |
2日 | 89. 後世の毀誉 |
当今の毀誉は懼るるに足らず。後世の毀誉は懼るべし。一身の得喪は慮るに足らず。 |
岫雲斎 |
3日 | 90 過去は未来への教訓 |
已に死するの物は、方に生くるの用を為し、既に過ぐるの事は、将に来らんとするの鑒を為す。 |
岫雲斎 遠く昔に死んだものは生きている者の役に立ち、また遠く昔に過ぎ去った事柄は未来への教訓となる。 |
4日 | 91. 月を見て思うこと |
人の月を看るは、皆徒らに看るなり。須く此に於て宇宙窮り無きの概を想うべし。 |
岫雲斎 日本人は鑑賞的に月を眺めるが、一斎先生は、宇宙の果てしない事に思いを致せという。先進的なものが秘められており流石である。 |
5日 | 92. 花 |
已むを得ざるに薄りて、而る後に諸を外に発する者は花なり。
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岫雲斎 |
6日 | 93. 自然の妙 |
布置宜しきを得て、而も按排を仮らざる者は山川なり。
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岫雲斎 |
7日 | 94 地道三則 その一 |
人は須らく地道を守るべし。 |
岫雲斎 |
8日 | 95. 地道三則 その二 |
耳・目・口・鼻・四肢・百骸、各々其の職を守りて以て心に聴く。是れ地の天に順うなり。 |
岫雲斎 身体の各部分は、夫々自己の職務に忠実に必死に働いて心の指図を受ける。 |
9日 | 96. 地道三則 その三 |
地をして能く天に承けしむる者は、天之を使しむるなり。身をして能く心に順わしむる者は、心之を使しむるなり。一なり。 |
岫雲斎 地が天の命をよく聞くのは、天が上で地を支配するからである。 |
10日 | 97 百物皆来処あり |
目を挙ぐれば百物皆来処有り。躯殻の父母に出ずるも、亦来処なり。心に至りては、則ち来処何くにか在る。余曰く、躯殻は是れ地気の精英にして、父母に由って之を聚む。心は則ち天なり。躯殻成って天焉に寓し、天寓して知覚生じ、天離れて知覚泯びぬ。心の来処は乃ち太虚是れのみ。 |
岫雲斎 全てのものは、大元がある。心は何処から来たのか。 |
11日 | 98. 気は自然の凝縮 |
気に自然の形有り。結んで体質を成す。体質は乃ち気の聚れるなり。気は人人異なり。故に体質も亦人人同じからず。諸其の思惟・運動・言談・作為する所、各々其の気の凛くる所に従って之を発す。余静にして之を察するに、小は則ち字画・工芸より、大は則ち事業・功名まで、其の迹皆其の気を結ぶ所の如くして、之が形を為す。 |
岫雲斎 人間の気は天・大自然より夫々が別々の形で受けている。 |
12日 | 99 性と質 |
性は同じゆうして質は異なり。質の異なるは教え由って設くる所なり。性の同じさは、教の由って立つ所なり。 |
岫雲斎 |
13日 | 100. 人倫は重し その一 |
人君は社稷を以て重しと為す。而れども人倫は殊に社稷より重し。
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岫雲斎 |
14日 | 101 人倫は重し その二 |
或ひと疑う。成王、周公の三監を征しなば、社稷を重んじ人倫を軽んぜしに非ずやと。予謂う、然らずと。三叔、武庚を助けて以て叛けり。是は則ち文武に叛きしなり。或王、周公たる者、文武の為に其の罪を討せずして、故らに之を騙して以て其の悪に覚せんや。則ち仍お是れ人倫を重んぜしなり。
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岫雲斎 成王、周公は聖人と言えるが、三監を討伐した。 |
15日 | 102. 上より禍が起きる |
諺に云う、禍は下より起こると。余謂う、是れ国を亡ぼすの言なり。人主をして誤りて之を信ぜしむ可からずと。凡そ禍は皆上よりして起こる。其の下より出ずる者と雖も、而も亦必ず致す所有り。成湯之誥に曰く、爾、万方の罪有るは予れ一人に在りと。人主たる者は、当に此の言を監みるべし。 |
岫雲斎 禍は上より起きる、大名はこれを信じてはならぬ。 |
16日 | 103 .井田の法 |
征、十が一に止まれば則ち井田なり。経界、慢にせざれば則ち井田なり。深く耕し易め褥れば則ち井田なり。百姓親睦すれば則ち井田なり。何ぞ必ずしも方里九区に拘拘として然る後井田と為さんや。 |
岫雲斎 征は税、井田は殷・周時代の田制。田を九等分して井の形とし、周囲を八軒に分ける。税金が収穫の十分の一であれば井田法の原理に適う。則ちお上の管理が行き届き田地区画も明快で乱れていない。田をよく耕し、十分除草しておればそれで十分。 |
17日 | 104. 世禄の法 |
夏后氏而来、人君皆子に伝う。是れ其の禄を世にするなり。人君既に自ら其の禄を世にして、而も人臣をして独り其の禄を世にすることを得ざらしむる者は、斯れ亦自ら私するならざらんや、故に世禄の法は天下の公なり。 |
岫雲斎 皇帝が地位を子に譲り、臣下には禄を伝えさせないならそれは私であり、公ではない。 |
18日 | 105. 無用の用 その一 |
天下の事物、理勢然らざるを得ざる者有り。学人或は輒ち人事を斥けて、目するに無用を以てす。殊に知らず、天下無用の物無ければ、則ち亦無用の事無きを。其の斥けて以て無用と為す者、安くんぞ其の大いに有用の者たらざるを知らんや。若し輒ち一概に無用を以て之を目すれば、則ち天の万物を生ずる。一に何ぞ無用の多きや。材に中らざるの草木有り。食うべからざるの禽獣虫魚有り。天果して何の用有ってか之を生ずる。殆ど情量の及ぶ所に非ず。易に曰く「其の須を賁る」と。須も亦将た何の用ぞ」。 |
岫雲斎 人間は簡単に、無用と物を考えてはならぬ、自然の趨勢と言うものがあるとの趣旨。 |
19日 | 106 無用の用 その二 |
凡そ年間の人事万端、算え来れば十中の七は無用なり。但だ人、平世に処り、心寄する所無くば、則ち間居して不善を為すことも亦少なからじ。今貴賎男女を連ね、率ね無用に纏綿駆役せられて、以て日を渉れば、則ち念い不善に及ぶ者或は少なからん。此も亦其の用ある処なり。蓋し治安の世界には然らざるを得ざるも、亦理勢なり。 |
岫雲斎 一年間の仕事の七から八割は無用、人間は平和な時代には、心を寄せるものが無いと小人閑居して不善をなすものである。 |
20日 | 107 本性と躯殻 その一 |
性の善なるを知らんと欲せば、須らく先ず悪を為すの由る所を究むべし。人の悪を為すは、果して何の為ぞ。耳目鼻口四肢の為に非ずや、耳目有りて而る後に声色に溺れ、鼻口有りて而る後に臭味に耽り、四肢有りて而る後に安逸を縦にす。皆悪の由りて起こ所なり。設し躯殻をして耳目鼻口を去り、打して一塊の血肉と做さしめば、則ち此の人果して何の悪を為す所あらんや。又性をして躯殻より脱せしめば、則ち此の性果して悪を為すの想有りや否や。蓋ぞ試に一たび之を思わざる。 |
岫雲斎 性善説の解明を試みておられる。 |
21日 | 108. 本性と躯殻 その二 |
性は諸を天に稟け、躯殻は諸を地に受く。天は純粋にして形無し。形無ければ則ち通ず。乃ち善に一なるのみ。地は駁雑にして形有り。形有れば則ち滞る。故に善悪を兼ぬ。地は本と能く天に承けて以て功を成す者、風雨を起して以て万物を生ずるが如き是れなり。又時有りてか、風雨も物も壊れば、則ち善悪を兼ぬ。其の謂わゆる悪なる者、亦真に悪有るに非ず。過不及有るに由りて然り。性の善と躯殻の善悪を兼ぬることは亦此くの如し。 |
岫雲斎 人間の本性は天から、身体は地から受けたもの。 |
22日 | 109. 本性と躯殻 その三 |
性は善なりと雖も而も躯殻無ければ、其の善を行うこと能わず。躯殻の設け、本心の使役に趣きて以て善を為さしむる者なり。但だ其の形有る者滞れば、則ち既に心に承けて以て善を為し、又過不及有るに由りて悪に流る。孟子云う「形色は天性なり。惟だ聖人にして然る後に以て形を践む可し」と。見る可し。躯殻も亦本不善無きことを。 |
岫雲斎 本性が善であるにしても身体が無ければ善を行えない。 |
23日 | 110 聖人は欲を善処に用いる |
人は欲無きこと能わず。欲は能く悪を為す。天既に人に賦するに性の善なる者を以てして、而も又必ず之を溷すに欲の悪なる者を以てす。天何ぞ人をして初より欲無からしめざる。欲は果して何の用ぞや。余謂う、欲は人身の生気にして、膏脂精液の蒸ずる所なり。此れ有りて生き、此れ無くして死す。人身の欲気四暢し九竅毛孔に由りて漏出す。因りて躯殻をして其の願を熾ならしむ。悪に流るる所以なり。凡そ生物は欲無き能わず。唯だ聖人は其の欲を善処に用うるのみ。孟子曰く「欲す可き、之を善と謂う」と。孔子曰く「心の欲する所に従う」と。舜曰く「予をして欲するに従い以て治めしめよ」と。皆善処に就きて之を言うなり。 |
岫雲斎 人間に欲は本源的なものだ。だが、欲が人間を悪くする。天は本性に善を与えている。 |
24日 | 111. 人身の生気 |
人身の生気は、乃ち地気の精なり。故に生物必ず欲有り。地、善悪を兼ぬ。故に欲も亦善悪有り。
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岫雲斎 |
25日 | 112. 欲を漏らすな |
草木の生気有りて、日に暢茂するは、是れ其の欲なり。其の枝葉の長ずる所に従えば、則ち欲漏る。故に其の枝葉を伐れば、則ち生気、根に反りて、幹乃ち大なり。人の如きも亦躯殻の欲に従えば則ち欲漏る。欲漏るれば則ち神耗して、霊なること能わざるなり。故に欲を外に塞げば、則ち生気内に畜えられて心乃ち霊に、身も亦健なり。 |
岫雲斎 草木に生気あり日々伸張するは草木に欲があるからだ。 |
26日 | 113 欲を塞ぐ |
鍋内の湯、蒸して烟気を成す。気、外に漏るれば則ち湯減ず。蓋を以て之を塞げば、則ち気漏るること能わず。露に化して滴下し、湯乃ち減ぜず。人能く欲を塞げば、則ち心身並に其の養を得るも亦此の如し。 |
岫雲斎 鍋の中の湯が蒸発し湯気となる。 |
27日 | 114. 孝子の表彰 |
近代孝子を賞するに、金帛粟米を賜いて之を旌わす。頽俗を風励するの意に於ては則ち得たり。但だ其の之を賞するには、当に諸を孝子の心に原づくを可と為すべし。孝子の心は、親を愛するの外に他念無し。其の身の艱苦すら、且つ甘んじて之を受く、況や敢て名を求めんや。故に金帛粟米の賜、宜しく其の親に厚くして其の子に薄くすべし。蓋し、其の子に薄くするに非ず。其の親に厚うする所以の者は、則ち其の子に厚うする所以なり。親を賞するの辞に曰く、「庭訓、素有り」と。子を賞するの辞に曰く「能く庭訓に従う」と。此くの如くなれば則ち孝子の素願足る。 |
岫雲斎 要するに孝行の子供の表彰に金銭物品を与えるが、それは親にした方がよいという一斎先生の主張である。 |
28日 | 115 孝名ある者 |
孝名の著わるるは、必ず貧窶、艱難、疾病、変故に由れば、則ち凡そ孝名有る者、率ね不幸の人なり。今若し徒らに厚く孝子に賜うて、而して親に及ばざれば則ち孝子たる者に於て、其の家の不幸を資として以て賞を博り名を徼むるに幾きなり。其の心恐らくは安からざる所有らむ。且つ凡そ人の善を称するは、当に必ず其の父兄に本づくべし。此くの如くなれば、則ち独り其の孝弟を勧むるのみならずして、あわせて以て其の慈友を勘む。一挙にして之を両得と謂うべし。 |
岫雲斎 孝行の評判の子供は大概にして不幸な境遇から生まれている。 |
29日 | 116
舜の大孝の名を喜ばず |
古今、舜を以て大孝の人と為せり。舜は固より大孝なり。然れども余は舜の為に此の名を称するを願わず。舜果して孝子たらんか。其の此の名有るを聞かば、必ず将に竦然として瑞懼し、翅に膚に?刺を受くるのみならざらんとす。蓋し舜の孝名は、瞽そうの不慈に由りて顕わる。瞽そうをして慈父たらしめば、則ち舜の孝も亦泯然として迹無からん。此れ固と其の願う所なり。乃ち然るを得ず。故に舜只だ憂苦百端、罪を負い慝を引き、父の為に之を隠くす。思う、己れ寧ろ不幸の謗を得んとも、而も親の不慈をして暴白せしめじと。然り而して天下後世の論已に定り、舜を推して以て古今第一等の孝子と為して、瞽?を目して以て古今第一等の不慈と為す。夫れ舜の孝名、摩滅すべからざれば、則ち瞽?の不慈も亦摩滅すべからず。舜をして之を知らしめば、必ず痛苦に勝えざらん者有り。故に曰く、「舜の為に此の名を称することを願わず」と。 |
岫雲斎 舜は大孝の人には間違いない。 |
30日 | 117 国家の発生 |
上古の時、人君無く、百官有司無し。人各々其の力に食み、以て生を為す。殆ど禽獣と等しきのみ。是の時に当たり、強は弱を凌ぎ、衆は寡を暴し、其の生を遂ぐるを得ざる者有り。其の間、才徳の衆に出ずる者有れば、則ち人必ず来り控ぐるに情を以てして宰断を請う者あり。是に於て往いて為に之を理解す。強き者、衆き者、其の直に屈して、而も其の義に服し、敢えて復た陵暴せず。 弱き者、寡き者、因りて以て其の生を遂ぐるを得たり。此くの如き者漸く多く、遂に群然として来り控げ、自ら其の力に食む能わざるに至れば、勢之を拒絶せざるを得ず。是に於て衆必ず相議して曰く、「是の人微かりせば患復た作らん。蓋ぞ各々衣食を出し以て之に給し、是の人をして復た力に食むの労無からしめざる。則ち必ず能く我が為に専ら之れに任ずることを肯んぜん」と。衆議乃ち諧う。是を以て再び請いしに、才徳の者果して之を諾せり。是れ則ち君長の始にして、而も貢賦の由りて起こる所なり。是くの如き者、彼此之れ有り。其の間、又才徳の大に衆に卓越する者有らば、次なる者も亦皆来りて命を聴き、推して之を上げ、第一等才徳の者を以て諸を第一等の地位に置く。乃ち億兆の君師是れなり。孟子の謂わゆる「丘民に得て天子と為る」と。意も亦此れと類す。 |
岫雲斎 国家とか、指導者の発生過程を記したの。 かかる事件が増えると才徳者は自分で働けなくなり裁きを断る。 |