易と人生哲学 I 安岡正篤先生講義

平成19年9月度  第六講(昭和53年5月16日)続き

六十四卦・図解図ーーー常にこの卦を参照しつつ研究の要がある。

 1日 理のある配列の卦

勢力ができ人望も集まり、万事順調に進みますと人々が魅力を感じて、つき随ってくる、あの会社は立派だ、社長もよく修省努力するから業績も非常にあがっておるという具合に人々は安心してついてくる。そこで雷地豫(らいちよ)の次に(たく)(らい)(ずい)の卦をおいております。
これを進めていくと六十四卦の説明になりますが易はこのように漫然と並べてあ

るのではなく、その配列には深い意味の内面的連鎖があります。六十四卦を一々やるのは大変だなあと思うのは、漫然と雑駁に見るからでありまして、少し立ち入ってこれを見るといかにも良く出来ております。だから、どれか一つを掴むと、その前後は自然に、理が通っておりますから、そう苦しまなくてもよく理解でき、覚えることもできますので、六十四卦というものは決して面倒なものではありません。
 2日 大有(たいゆう)の卦の例

そこで先程申しましたようにこの近鉄で申しますと、幹部社員の皆さんが大有で謙譲の徳を発揮され、和気藹々に行動して仕事を企画される。そうすると社員一同が皆さんについてくる。そうなると世間も近鉄は立派であると言ってついてく

る。本当の行動力、勢力というものは、つまりこれだけの段階が要るわけであります。それを少し集まったら大有だと思って、すぐついてこさせようと考えるのはいけません。反撥をくらったり、とんだ抜け穴、失策があったりするものだということを易学は教えているのであります。
 3日 山風(さんぷう)()

世間の人々がついてくると、又天狗になりやすいものです。然し、この時期が一番勢力も充実し、諸事隆盛に向かうのでありますが、この頃になると必ず虫がつきます。これは個人でも団体でも同じであります。そこで、(たく)(らい)(ずい)

の次に、木皿に虫がついておるという山風(さんぷう)()の卦をおいております。この時に大事なのは、事を(おさ)める者であります。木につきやすい虫に関連して、事を処理する働きを幹の字で表し、よくす、とか、おさむ、と読み、幹事という語はここから出たのであります。
 4日 抜萃(ばっすい) このように内容の連鎖、因果関係を明らかにしますと、易の卦の配列は、容易に覚えられます。処が、単に機械的に学生の受験勉強のようにやりましても、とても覚えられるものではありません。また、別の卦の配列を例にとりますと、皆さんが集まって研究し実験される。集まるのですから、(すい)の卦、 即ちも澤地萃(たくちすい)がこれであります。本当に物事を推進していこうという時には、やはり有為(うい)有能(ゆうのう)の人材を(あつ)めなければなりません。これが萃という字の意味で、抜萃(ばっすい)するという熟語がありますが、これはエリート、最良のものを、雑然と在るものの中から抜いて(あつ)めるということであります。
 5日 地風(ちふう)(しょう)

人材を抜萃(ばつすい)して仕事を任せますと、仕事の能率はあがり、会社の成績も進歩向上します。その進歩向上を(しょう)と言って、澤地萃(たくちすい)の次に、地風(ちふう)(しょう)の卦をおいております。この卦は、木が次第に成長して大きくなる形で向上発達

を表します。処がそういう時に思いがけなく色んな難問が起こってくる。物事というものはすらすらといかぬもので進歩向上すればする程厄介な問題が起こってきます。苦しまなければ、本当の意味の安定確立は出来ません。そこで、地風(ちふう)(しょう)の次に、澤水困(たくすいこん)の卦をおいております。
 6日 水風(すいふう)(せい)

色んな難問題、あるいは行き詰まりに直面して困窮することにより、始めて反省、内省して自己を深めますので、これを井戸を掘るのに譬えて、澤水困(たくすいこん)の次に、水風(すいふう)(せい)の卦をおいております。井戸を掘ってある所まで行くと、清水が滾々(こんこん)と湧いてくる。

これが(せい)の卦の特徴であります。つまり難問題にぶつかって始めて自分というものを掘り下げ、真理、悟りを得て、新たな活力、自信が湧くのであります。寒泉という言葉がありますが、昔からよく雅号に使われております。これはここから取ったものであります。また書斎にも(かん)(せん)精舎(しょうじゃ)などという有名な名がありますが、何れもこの井の卦から出たものであります。
 7日 (たく)()(かく)

こういう過程を経て、始めて自己改革、或いは政治改革が出来るのであります。そこで水風(すいふう)(せい)の次に、(たく)()(かく)の卦おいております。これは革命の原理、経過を明らかにした卦であります。処が、革は破壊です、古いもの邪魔なものを破壊す

るだけで、建設的な意味はありません。建設は(かなえ)であります。(かく)(てい)をまって始めて新たな創造となるのであります。つまり革命だけでは駄目で建設しなければなりません。そこで、(たく)()(かく)の次に、火風(かふう)(てい)の卦をおいております。
 8日 内面的理法 こういう風に、易の六十四卦というものは、ただ漫然と並べてあるのではなく、乾坤(けんこん)から始まって内面的に統一した原理原則がありまして、それを(じょう)(きょう)()(きょう)に分けて分類しておるのであります。 そういう内面的理法というものがわかれば、極く自然に納得し首肯(しゅこう)しながら進むことができるのであります。そういう事を知らないで、単に知識的に理解していこうとしますと、これはとても煩瑣(はんさ)で何ともなりません。
 9日 内面的な変化の理法 こういう内面的な変化の理法というものをよく知って易経をやりますと、実に自然で、痛切に、我々の存在、我々の生活を本当にダイナミックに悟ることの出来る実に生きた学問であります。易学をやりますと我 々人間は、惑う、誤るなどということは無い筈であります。
そこで昔から、人間が出来てくればくる程、また色々の問題と取り組めば取り組む程、この易の学問に深い魅力と悟りを得ることが出来るのであります。
10日 真理探究の学問 ここに至ると、易は変わるだけでなく、変える、おさめる、あらためる、等という注釈が成る程と首肯されるのであります。世間で通俗に考えておる易などと全く異り本当に徹底した我 々の存在及び生活に関する基本的、本質的な真理探究の学問であることが理解できるのであります。皆さんのような人生体験の豊かな方々には、尽きざる興味を覚えることの出来る学問であります。
11日 易の本義を 処がこれは非常に難しく取り組み難い。世間の易者の著書を読んでも殆ど雲をつかむようで、その上通俗であります。なるべく早く占うことを覚えて、算木(さんぎ)筮竹(ぜいちく)をもってやってみたい等というたあいもない興味本位では、易学に なりません。
易の本義をよく理解した上で、占うということは改めて研究しなければなりません。本日は、易の本義というものの大事な原理原則をご紹介しまして、第六講を終わることと致します。
(昭和53年5月16日講、於近鉄本社)
第七講
12日 易経本文の解説 この講座は、一応十回で解説を終わる予定でおりますが、既に六回に達しまして、今回は七回目となりました。余り道草を食っておるわけには参りません。本当は、道草が面白いのですが、そういう楽しみをしておりますとケリがつきませ なので、あと四回を能率よく進めて、目鼻をつけたいと思っております。
そこで今回は、六十四卦から成り立っております、易の本卦の解説と申しますか、眼目というものに入りましてお話を進めます。
13日 乾坤(けんこん)から既済(きさい)未済(みさい)

つまり、陰陽相対()原理と、それに基づく「(ちゅう)」の理論、これが易理の主眼であります。そその易は、天地の創造進化である万物生成化育の原型というものを六十四の種類に分け、それを「(じょう)(きょう)」と

()(きょう)」に二つにして、
上経に三十卦、下経に三十四卦をおき、乾坤(けんこん)の二卦、これは一家で言えば父母に該当する、此れより始めて、既済(きさい)未済(みさい)に終わる六十四の卦を配列しております。
14日 糸口が大切 これを夫々細かに解説しておりますと、限りなく興味がありますが、そんな時間もありませんから、この六十四卦を一応残りの時間内に解説と申しますか、それも主眼を指摘しまして、あとは皆さんのお好きなように勉強される機会、契機というものを開いておきたいと思います。 易の入門は、糸口がほころびませんと中々進めないものですが、一旦糸口を見つけてそれに入りますと、あとは興味と努力で何とか自分でやれるものです。つまり一番入門が大切です。その為に既に十回のうち六回を費やしたわけであります。この六回に亘って申し上げたお話をよく玩味して頂くと、此れから先は非常に楽だと思います。
15日 (けん)は男性、(こん)は女性

そこで、上経三十卦の劈頭(へきとう)にありますのが乾坤(けんこん)の二卦、(けん)は男性、(こん)は女性。(けん)は父、(こん)は母であります。

これが六十四卦を代表する大本であります。
そして、乾は、陰陽相対(待)原理で言いますと、陽性の代表でありますから、乾坤あわせて陰陽、そこに(ちゅう)の道(無限進歩)が開けるのであります。
16日 卦辞(けじ)

また各卦には、冒頭に総論、これを卦辞(けじ)あるいは、卦辞(かじ)と申しますが、それが出ております。

そして最後に、それを要約する言葉がついておりまして、これを大象(たいしょう)、卦に対する結語、と申します。(しょう)に曰く、というのは大象(たいしょう)のことであります。

(じょう)(きょう)

17日

(けん)

天上(てんじょう)天下(てんか) 
(けん)為天(いてん)

乾の卦は、その総論の冒頭、即ち卦辞に、有名な「元亨(げんきょう)()(てい)」という言葉があります。これは書を読む人は、誰知らぬ者のない有名な言葉でありまして、これを乾の卦の四徳と申します。

宇宙、人生、天地、人間というものの存在、生活、活動を四つの徳目に要約したものであります。それに色々と解説がありまして、最後の締めくくり、いわゆる大象に、「(てん)(こう)(けんなり)君子以(くんしもって)自彊(じきょうして)不息(やまず)」、天行健なり、君子自彊(じきょう)やまず、という名言が書いてあります。 
18日 元亨(げんきょう)()(てい)

この元亨(げんきょう)()(てい)の「元」の字が更にその代表で総括であります。この字は大変面白い字で、「二」と「儿」から出来ておりますが、二は上という字の古文字、儿は人間が歩く、活動を表しておりまして、元の字は、自然と生物とを要約した文字であります。万物一元に帰す、などと申しまして、時間的に言えば「はじめ」、立体的に言えば「もと」であります。

それから、部分的に対する全体的、従って小に対する大、万物を創造しこれを育成していく大きな力、これを元という字で表します。元気という言葉は、人間の分析、分解を超越した総合、統一、全体的な活力、生育の力をいうわけであります。その最も究竟(きゅうきょう)的なもの、即ち「(たい)(きょく)」これが「元」であります。これに気をつけて元気と言いますが、これは易から出た言葉であります。元気がなければ何も出来ません。 

19日 無限の生成化育 そこで、元の働きは、無限の生成化育でありますから、これを亮という字で表し、とおる、と読みます。どんな障害にも負けないで、どこまでも進化していくという意味であります。よく、この字に一をつける人がありますが、これは()けるという字であります。古い漢学の先生は、貞に(よろ)し、と読みますが、そう読んでは面白くありません。 元亨(げんきょう)()(てい)の一つ一つが独立して夫々特殊の意味を持っております。これは元亨の働き、作用、その生命力、行為力が躍動する(しょう)であります。だから、とし、とも読みまして、鋭いという意味であります。利の字は、(のぎへん)―稲・作用りっとうへん刃物からなっております。切れ味がよいと能率があがるので、きく(効がある)、とし、と読みます。 
20日 休止の無い天地の化育 天地万物を通ずる生成(せいせい)化育(かいく)の働きは、どこまでも進行して、停滞休止するものではありません。即ち、(とお)るであります。 そして何事があっても一貫して変わることのない不変性を持っておりますから、貞であります。つまり天地万物生成化育の働きは、言い換えると、元亨(げんきょう)()(てい)であり、一言で申せば「(けん)」であります。
21日 (てん)(こう)(けん)なり

その創造進化、即ち「(てん)(こう)」は健やかである。天の歩み、万物生成化育の働きは止むことなく行われて、その徳をうけて人間の代表である君子は自彊(じきょう)()まずー自から修養努力するという意味であります。

元亨(げんきょう)()(てい)自彊(じきょうして)不息(やまず)、という語は、古より最も人口に膾炙(かいしゃ)しておりまして、随分多くの中国人や日本人の名前や雅号に使われております。 

22日

(こん)
地上(ちじょう)地下(ちか) 
 
(こん)為地(いち)

(けん)の卦は、各爻(こう)すべて陽であるのに対して、の卦はすべて陰であります。また乾のに対するであります。

これを要約する言葉は、君子、厚徳戴物(こうとくたいぶつ)―徳を厚くし、物を戴す、とあります。これは(けん)の徳、即ち天地創造のエネルギー、力をうけて、万物を生成し、これを包容する。これが(こん)の卦の特徴であり、本当の意味であります。
23日 乾坤(けんこん) そこで、乾坤の両卦で、天地万物の生成化育の実体と原則、本質というものが要約されておりまして 乾坤の二卦を十分に研究し解明すればそれで全体的には易経の根本精神、根本要旨というものが把握出切るわけであります。
24日

(ちゅん)
水上(すいじょう)雷下(らいか) 水雷屯(すいらいちゅん)

屯はよくトンと読みますがチュンであります。天造草昧(てんぞうそうまい)と、卦辞(けじ)に書いてありまして、天地創造万物生成の始まりという意味であります。同時に、生みの悩み、苦しみにも通じます。この屯の締めくくりの言葉に、小貞(しょうてい)(きち)大貞凶(だいていきょう)

小貞(しょうてい)はよろしい、大貞(だいてい)は凶である、と書いてあります。つまり天地万物創造の始まりの卦であるから、これを人間で申しますと赤ん坊であります。だから、そっとしておかなければなりません。余り性急にやってはいけません。赤ん坊の時から少年や青年のような育て方をしたら、これは間違いで時には死を招くこともありますから、大貞は凶であります。
25日

小貞吉、大貞凶

また非常に苦難の中に事業を始めたというような時も、これに当ります。そこで、そっと育てなければなりません。余り過大な注文をしたり、色んなことに手 をつけたりすると必ず失敗する。だから、屯難(とんなん)という熟語もあります。小貞吉、大貞凶とは大変味のある言葉であります。  
26日

(もう)
(さん)上水下(じょうすいか)
 
山水(さんすい)(もう)

(もう)は、人間で言えば、赤子の時代を終え、児童少年の時代であります。それで童という字をつけて(どう)(もう)という言葉があります。この時代になると、もう小貞ではいけません。そこで大象(たいしょう)には、果行育(かこういく)(とく)という言葉を使っております。

果は、結果の果でありまして、きびきびした実践を表します。つまり小学校時代になると、甘やかしてはいけません。きびきび活動させて徳を育てなければなりません。果という字は面白い文字であります。果物ですから、その栽培を考えるとよくわかる。必ず間引かなくてはなりません。鈴なりにしておくと木が弱ってしまう。従って果物も駄目になります。
27日 果断・果結 そこで適当に間引かなければならんのです。これを果結(かけつ)、あるいは果断(かだん)という。花もそうであります。上手に摘花(てっか)しなければ、よい花になりません。然し、この果結、果断あるいは摘花というものは大変難しい。時期を外したり、やりそこなったりしますと、とんでもないことになる。 果物や花でもそうであります。まして人間の少年教育は、その意味において大変大事でありまして難しい。これは()(ぎょう)によって徳を養うことができるので、少年時代は出来るだけ雑駁(ざっぱく)にならぬように引き締めて、きびきびと躾け、つまらぬものを省いて、よい生活習慣、よい癖をつけるようにすることこれが蒙の卦の根本精神であります。
28日 人間の本質的要素 徳というものは、人間の本質的問題であります。人間には、本質的要素と、附随的要素があって、徳というものは、その本質的要素であります。これに対し知能とか才能というものは、附随的要素であります。この知能、才能、或いは技能というものは、なくてはならぬ大切なものであるけれ ど、人間の要素としては、派生的なもの、附随的なものであります。また、躾、習慣というものがありますが、これは、徳というものを育てる上において大切なものであり、本質的要素の中に入れるのが普通であります。これは東洋人間学の基本的な問題の一つでありますが、易は明確にそれを教えております。
29日

(じゅ)
水上(すいじょう)
天下(てんか)
 
水天需(すいてんじゅ)

子供が成長すると、内在しておった人間性の要求が発達してきます。つまり色々の要求を持つようになる。

これが(じゅ)(もとむ)であります。人間の生理でいうと血液、リンパ液のようなもので、我々の人格、頭脳をうるおす働きをするものであります。
30日 精神的飲食 そこで需の字に、?(さんずいへん)をつけると、(うるお)うという字が出来、また、(にんべん)をつけると、(じゅ)という字であります。

これは発育盛りの子供達に、旺盛な食欲を満たすばかりでなく、大いに精神的な飲食を盛んにして満足させなければならないということであります。需の卦は、成長とこれに伴う教育を表す卦であります