安岡正篤先生の言葉  平成2592

政治は人物 学問文化が栄えて、文明は人は衰退の影を長くし、世界の人類は滅亡の脅威にさらされている。政治はいかにすれば人を救うことが出来るであろうか。法律や機構や政策だけではどうなるものでもない。結局は人物である。衆生病む故に我病むというような、人類の悩みを己に抱いて、世の救いを祈る熱烈深刻な魂を持った政治家が輩出して、そういう人々が各国の政権の座に就いて、互いに誠を尽くして協議するようにならねば世界は治まらないであろう。                    (百朝集)

伝記を読め  人物に私淑せよ。現代にいなければ故人でもいい。それには伝記を読め。伝記を読むのはいいが、伝記を書いた人によっては、あまり良くない伝記もあるから、その人の著書を学べ。書いたもの、作った詩・和歌を読まなければいけない。まず原典を読むことを心がけなければいけない。一部を抜粋したようなものではいけない。大部の書を通読しなければいけない。 (人物学)

人間味のない政治 この頃の政治を見ると、つくづく思うのは人間味が無さ過ぎる。あまりに理屈っぽく、機械的で、人間味が乏しい。常識があるなら承知の出来ないようなことが平気で行われる。今の日本くらいそういう意味で出鱈目な、人間味のない、道に合わぬことが公々(こうこう)(ぜん)として行われている国は、文明国にあまりないのじゃないかと思う。   (東洋学発掘)             

政治家の道徳的使命         日本の政治家も、この日本をどうするのだ、我々の祖宗をわれわれの代になって辱かしめるようでは、死んで祖宗に顔向けが出来ない、国民に相すまぬ、という天命と、それに基づいた道徳的使命を有する人でなければダメであります。自分さえ良ければよい、どさくさに乗じて巧くやろう、と言う者ばかりでは、どうもいかぬのであります。      (偉大なる対話)

耐え難い政治家の頽廃  政治家の頽廃は、民衆の耐え難いものであるが、まず以て、政治家自身が、心ある者ほど耐え難いことであろう。これを恐れて政治家たることに躊躇している人々も少なくない。私はそういう多くの人々を知っている。これの人々が信念と勇気とを養って、政治の権威と名誉とを回復することがどうしても必要である。              (東洋宰相学)