日本あれやこれや その29

 1日 国字 明治の先覚者は英語を、現代人のようにそのまま使用せず、バンクBANKを銀行、メイルMAILを郵便、エレクトリック、ELECTRICを電気、とハイカラぶる軽薄な舶来主義を取らず、どこま でも日本語でアイデンティティを主張したのである。これが明治人の見識というもので、常に和魂というバックボーンで裏打ちされていた。このように日本語に自信を持ち日本文化を貫いたから明治以降の発展が得られたのである。
 2日 インド、
フィリピン
インドや東南アジアの植民地民族は、母国語を捨てさせられ、宗主国の言語を優れたものとして公用語としてきた。フィリピンは母国語のタガロイ語を忘れ、英語はペラペラだが、世界有数の貧しい国になった。 日本人はアジアで一番英語を話すのが下手な民族だったから世界一豊かな国になった。従って、これからの日本の国際化とは英語が外国人のように話せるようになることでなく、世界の人々にいかに日本語を普及させてゆくかの過程でなくてはならない。
 3日 国際化 戦後の日本は国際化という言葉が舶来、上等、一流を意味する枕言葉として軽々しく流行していた。英語普及度が国際化の尺度になつていたがこれは植民地民族的段階です、 二千年の歴史ある日本が採用すべきものではない。欧米に追いつき追い越せの時代は過去のものである。経済や文化で突出した日本これからは日本文化(和魂)、文明(和才)を輸出すべきである。
 4日 英語と日本語 英語という世界の田舎言葉が世界語になったのは英国が七つの海を武力で支配して世界の富を独占したからである。 世界中の人々は争って英語を学び英国に接近せねばならなかった。今その金は日本にある。世界で1000万人以上が日本語を学んでいる。
 5日 リツプン・チェンシン

台湾では、「リツプン・チェンシン」という言葉が流行しているという。これは日本精神ということで、含まれる意味は「清潔、公正、誠実、勤勉、信頼、責任感、規律順守、滅私奉公」というものである。

日本精神とは、戦後日本人が台湾から引き揚げた後、台湾の国民の間から自然発生的に生まれた言葉だという。
 6日 国力とは 経済力()、国防力()と精神力()の「積」である。A×B×C、ABを幾ら強くしても、青年の国を守る愛国心、精神力が0だとすべての「積」の国力は0となる。日本の現状はそれに近い。

砂漠のような酷した環境の国でも、自国に生まれたことを感謝し、国民としての自信と誇りを持つように導くのが教育の目的でなくてはならぬ。日本の戦後は大誤謬をしてきた。偽善に満ちた教育の荒廃のツケが至る所に現れ、日本の現状は亡国寸前の末期的症状を呈している。

 7日 日本人の覚醒をどうするか

前日述べた日本の惨憺たる亡国寸前の現状から目覚め抜け出す為には、遠まわしではあるが、正しい日本の歴史や地理、文化の姿を学び知ることから始めなくてはならない。

父祖が血と涙で築いた日本の歴史伝統の素晴らしい事跡・事実を知って感動し日本に矜持を抱くようになる。
 8日 世界史の奇跡「日本」 ヨーロッパから見れば、日本は極東、ファー・イーストで極西のヨーロッパも、どちらも突ぱなれた辺境の島国である。 日本は150年前まで鎖国した閉鎖国家だったからその存在は認められていないのと同然であった。
だが、日本は世界史上に輝かしい奇跡を残して羨ましがられた国である。
 9日 @13世紀、アジア大陸の中央に興ったジンギスカンで有名な蒙古民族の元帝國が、西はヨーロッパの奥深く、東は朝鮮半島、南はインドに至る諸民族を侵略、征服し尽くしたが、日本だけは二度も襲来されながら終に征服されなかった。(蒙古襲来、文永弘安の役、元寇、1274年―1281)。この世界史上の奇跡は神風では説明できないものがある。 A江戸時代300年近く国内に全く戦争のない平和な時代が続いた。これは世界史の奇跡である。その間、武士は武士道と学問を収め一般の民百姓も寺子屋で勉強し、日本の特殊な歌舞伎、芸能文化が育つ。これが明治維新に一度に開花し以後の発展の原動力となった。
10日 日本の世界史的奇跡2

B明治維新の奇跡。明治の御代の初めの僅かな期間に、西洋文明の科学技術、近代制度を学び、非西洋世界で唯一、日本のみアジア諸民族に先駆けて欧米並みの近代国家に成長、忽ち世界五大列強国の一つになった。

C15世紀から20世紀前半まで続いた白人の世界植民地侵略の犠牲に全世界の有色人種が陥ったが、極東の小国日本のみその毒牙を免れ自主独立を維持し続けた。その理由は明日。

11日 日本の世界史的奇跡3. D理由は、日露戦争の大勝利にある。鎖国を解いてすら僅か半世紀足らずの間に「富国強兵」策が実り当時世界最強の軍事大国ロシアの侵略を、名もない日本が決然と立ち上がった。 陸海軍ともに大勝利を収めたことは世界中をアット言わせた。これこそ世界史の奇跡中の奇跡というに相応しい事件である。
12日 日本の世界史的奇跡4. E次は大東亜戦争を独り戦い抜いたこと。英米を初めとする白色植民地主義国の全てを相手に、有色人種の代表として独り戦いぬいたこと。 これが世界の最終戦争となり、この戦いを契機に世界植民地民族のすべてが解放され、それぞれ独立。地球の地図を塗り替え、終に日本が理想とした人種差別撤廃の理想が実現した。つまり日本は負けて、目的に勝っていたのである。
13日 日本の世界史的奇跡5. F大東亜戦争で日本は人類最初に原爆を受け、113の都市が焼け野原になる悲惨な敗戦を迎えた。再起は200年くらい不可能と思われていた。 処が僅か40年足らずで不死鳥のように蘇えり忽ち世界第二の経済大国に踊り出て先進国サミットに入る。これは世界史の奇跡と言える。日本が世界で初めて資源小国で経済大国になるシステムを開発したのである。
14日 日本の世界史的奇跡6. G戦後には日本は短期間で健康長寿世界一大国に踊り出でた。その国の平均寿命の伸びは国の経済力、衛生力、文化度などの国力の総合指標である。 日本が世界に誇って良い最高の宝はこの長寿大国の地位を得たことにある。
15日 日本の世界史的奇跡7.

H最後に日本民族が世界に最高に誇り得ることで、世界中が羨む制度文化は、神武天皇の建国から今上天皇陛下までの百二十五代、2660余年、連綿とした皇統として絶えるこ

となく、君民一体の国体の精華を維持し、平和で安定した世界唯一の天皇国家を形成してきたことである。これこそ世界の識者が羨む世界史上の奇跡でなくてなんであろうか。
16日 文明と文化

文明とは、物理化学、数学の定理公理のように、地球上どこでも通用する原理原則を言う。これは科学技術に応用されて人類の幸福に貢献してきた。

文化とは、人間が生み出した貴重な創造現象だが、文明と違い、ある民族の置かれた環境・風土により少しづつ異なる。各民族はその民族を特色づける固有の文化を形成している。日本文化、支那文化、東洋文化、西洋文化のように明瞭な違いがある。
17日 文化 文化はその民族を取り巻く環境に決定的に支配される。また民族の辿ってきた歴史条件も加わり、民族ごとに風俗習慣、思想心情に著しい違いが生ずる。 文化は英語でカルチャー(耕作)というように、その住む風土で永い間にその民族が耕しとったカルティベイト(耕作)したものだから、その土地、土地固有の性格を強く帯びるものだ。
18日 文化は空気 文化は民族が普段の日常生活に溶け込んでいるので、特に指摘されなければ有難いと気がつかぬ空気のようなもので ある。しかも、文化は一代で絶えることなく、民族の続く限り連綿と先祖から子孫へと伝承される。
19日 日本の文化 日本固有の文化は、日本という特殊な国と日本人を創造してきたものと言って間違いない。先述の日本が世界史に奇跡を生んだ原動力はこの日本 文化の中に謎が隠されていることになる。外国になくて日本にしかない固有の文化現象を分析し考察すれば日本発展の謎や、日本文化の真実が解るのではないか。
20日 日本の文化の特殊性

@日本を取り巻く風土環境。A神道。B天皇制。C元号制。D日本語。

E家族制度。F手の文化。
G道の文化。H長寿文化。
I武士道精神。
21日 風土 自然環境の文化的表現が風土である。風土は模倣できない、日本的なものを突き詰めてゆけば風土に突き当たる。 空気の有り難味を感じないように毎日浸かっている風土の恩恵を忘れ勝ちになる。
22日 日本の風土の特色 海外旅行から帰国した日本人が異口同音に述べる感想は、「外国と比べて日本の自然の緑多き豊かさ、細やかさ、美しさに感動し、改めて母国の自然のよさを初めて知った」である。

日本の自然の特色は、次の概念に要約できる。
豊饒(ほうじょ)(豊かなこと)」「繊細(こまやかなこと)
多彩(たさい)(四季の移り変わりがあり変化に富む)
生気(せいき)(生命力が満ち、生き生きしている)
湿潤(しつじゅん)(瑞々しくうるおいがある)
「温暖
(寒暖の差が少なく温室のような温かさ)」である。

23日

「光」「水」「土」「緑」は生命の源である。日本の風土にはこれらの要素が充満している。

この為、海も山も平野も生気が漲っている。季節の変化も多様、地勢も小刻みで多彩な美しい風景が随所に見られる。
24日 日本の風土の特色3. 中近東などの乾極(ドライの極)と砂漠の国々から見ると日本は湿極にあって、独特なウエットな文化を創り上げる原因となっている。だから英語に訳しても無意味な又表現不能な、「風流」「風情」 「幽雅」「無情」「物のあわれ」「はかなさ」「潤い」のような情緒に満ちた言葉が無数に生まれている。このような風土に多年、住み浸かっている間に日本人の精神生活、心の文化を生んできたのである。
25日 他国の風土との比較 外国は大平原、大草原、大高原、大砂漠、大樹林というような、単調で平板で、大雑把な風景が主役である。汽車でも何時間、何日間走っても樹林や草原や砂漠の連続。 日本では鉄道唱歌のように「今は山中、今は浜、思う間もなくトンネルの闇通って広野原・・」。
26日 絵になる日本の風土 変化に富むから、どこを捉えても絵になる。外国人の中に「箱庭」「盆栽」の発想が生まれないのは平原や砂漠の風景ではいくら縮めても素っ気もないからである。 日本人は明治になり欧米人に教えられるまでパーク(公園)とかオアシス(泉集落)という概念、言葉さえ知らなかった。それは日本列島すべてが水と緑に恵まれて公園やオアシスの連続だつたからで特別に区別する必要はなかったのである。
27日 日本人の情緒 英語でレインとかシャワー、雨のことです。フォールは滝。味気ないものである。日本で雨は、時雨(しぐれ)五月雨(さみだれ)春雨(はるさめ)梅雨(つゆ)氷雨(ひさ)村雨(むらさめ)(みぞれ) (かすみ)(あられ)など無数に表現する。
風でも、
東風(こち)南風(はえ)北東風(やませ)木枯(こがらし)空風(からかぜ)など独特な文字で区別する。
28日 日本人の情緒2. 「梅一りん、一りんほどの暖かさ」などと自然の移り変わりの僅かな微妙な変化を捉えてニュアンスの違う言葉を創造し情趣を歌いあげる。 朧月夜(おぼろづきよ)に、梅にウグイス、春雨だ濡れて行こう、などの表現は砂漠や草原の風土で絶対に生まれない感性である。
29日 季節に敏感な日本人 山川草木」「春夏秋冬」「山紫水明」「風光明媚」と日本人は自然を愛してきた。 また風土から学んだ感覚であり、心情を「()び」「()び」「(しぶ)さ」「(いき)」「(あじ)な」「(ゆか)しい」「かなし」で現す。
30日

日本人の「道」とは

日本人の自然観はすべて日本の伝統芸能に生かされている。それらはいずれも、書道、華道、茶道、芸道、武道と言う独特な「道」の思想に高められてきた。 これらの「道」を楽しむ「道楽」こそ民族最高の知的楽しみになり今日まで伝わっている。日本の「・・の道」とは西欧の学問、科学技術とは違う、精神的な高いレベルの「求道手段」である。