中国、あれやこれや そのN

平成18年3月

 1日 日本の歴史教科書

1980年代半ばから日本の歴史教科書には、中国の歴史認識がそのまま導入され、或いはそれに輪をかけたほど自虐的になっている。属国ではないのだから、中国の指導監督

を受ける必要は皆無、然し、文部科学省は中国とそれに呼応する国内反日勢力の攻勢を常に受け、中国の意向を忖度しなければ独自に教科書の検定作業ができなくなっており主権国家と言えず実に嘆かわしい。
 2日

その中で最大の問題は、日本が侵略者、加害者であり、中国がその一方的被害者であるとの前提のもとで歴史が語られていることである。

それは過去の一時期に限らず、それより遥か以前の唐時代の白村江の戦いから日清戦争に至るまで、日本は一貫して侵略者だったとの記述の仕方である。

 3日 なぜ日本人は中国の歴史捏造根性を糾弾しないのか。 元来、中国は歴史捏造の国である。どこからどこまでが史実かは、ある程度の歴史知識と冷静な洞察力がなければ分からない。 中国人は史実を纏めた三国志より、フィクションの三国志演義を好む。現代では、中国共産党の歴史決議の決定が歴史の重要要素となつている。中国に従うことは共産党の配下になることなのである。
 4日

例えば、南京大虐殺の殺害数などは、共産党により決定されたものだ。対日外交上の判断によるものである。

一時百万人虐殺説まで流布されたが、当時の南京の人口に照らし合わせると荒唐無稽であるということで、現在の30万人が確定されたに過ぎない、いい加減なものである。
 5日 ウソ見破る発想の無い日本 中国では有史以来、「偽書」「偽経」等の偽作が数千年に亘り史書、経書の捏造を繰り返してきた為に、偽物を見破る為の「弁偽学」が発達した。 日本では、古来、中国史研究が行われたが、その入門書というべき「弁偽学」の書だけは無く、元々根が善良な日本人は中国史のウソを見破るという発想が持てないできた悲劇がある。
 6日

明末、清初から経書捏造に関する考証学が流行、そして弁偽学が発達、数百もの偽書を考証した本もある。

日本人には、中国は歴史を大切にする国だと敬意を表する人が多いが、中国とはこのように、歴史は捏造するものと考えている国である。
 7日
歴史創作の国
歴史教科書の編集方針は、生徒に「祖国を熱愛させ、共産党を熱愛させ、社会主義事業を熱愛させ、四つの基本原則を堅持させ」ることである。 中国政府は、権威と魅力がすっかり失われてしまつた共産党指導体制の最終防衛のため、歴史教育を通じて国民の引き締めに躍起なのである。そのためには共産党の栄光の歴史を強調しなければならない。そこで行われるのが日本の中国侵略の「歴史創作」である。
 8日 都合いい歴史を強要する中国 正しい歴史認識と中国が言うのは、教科書の内容が正しいかどうかでなく、ただ中国の意向に沿う ものにしろ、ということだけである。史実を二の次ぎ、三の次ぎに考える中国、どうして正確に歴史を検証いる筈もない。
 9日 日本の歴史観 日本人には、歴史というものは絶対捏造してはならないという「常識」がある。研究者の主観を少しでも入れることは、許されるという極論すら珍しくない。 その日本人から中国を眺めたら、中国の歴史捏造は絶対許されるものではないが日本人に過去の一時期への贖罪意識が非難の手を緩めている。
10日

右翼・左翼・軍国主義

中国は良識とバランス感覚のある人から正確な歴史認識を突きつけられると直ちに「右翼」「軍国主義者」「戦争賛美」のレッテルを貼り黙らせようとする。 それは、突きつけられた歴史的事実の前では彼らは自分が余りにも無力である事を知っているからである。
11日 歴史事実を怖がる中国

日本の学者から南京大虐殺のウソを指摘され、議論を要求される時、中国が取る態度は「軍国主義復活」のヒステリックな罵倒のみである。もし自分の歴史認識に自信があるなら、堂々と議論に応じればよいのだが、

中国人の感情を傷つけたとの道徳論で迫り、逃げきろうとし或いは、中日友好の基礎を破壊するなどと外交問題にすり替え日本人の口封じにかかる。絶対に勝ち目のない相手には訴訟に持ち込み、中国に逆らうとこうなる、つべこべいうなと威嚇してくる。中国は騒ぐほど墓穴を掘る。
12日 扶桑社の新しい歴史教科書 この内容に関して、中国は、抗日戦争、満州国、南京事件、日中戦争、盧溝橋事件、大東亜会議、大東亜共栄圏、極東軍事裁判の八項目に関する「覚書」を日本につきつけてきた。それはこの教科書が皇国史観を基調とし中国侵略の歴史を美化するものだと激しく非難し日本に修正要求するものであった。それは中国の 独善的な歴史観の押し付けであり、捏造された歴史を無理やり史実として承認させようというものである。 だが、学術レベルでこれを捉えると、どれも取るに足りぬものである。「歴史は客観的に見るべきた」と主張する日本人は「贖罪」という「主観」意識の為に、中国の歴史捏造の共犯者になつてはならない。官民こぞつて歴史の真実を堂々と中国に主張すれば、それだけ中国は「歴史カード」が切りにくくなる、黄文雄氏は言う。
13日 江沢民 中国の社会は実に滑稽である。鶴の一声のみに斉唱する社会である。清算闘争の激しい中国だから、闘争で勝利した最高指導者から一言があれば、人々はそれに支持、賛美 の姿勢を競って見せなくてはならないのだ。中国では、これを表態(ぴゃうたい)と言う。最高指導者に表態していさえすれば、暫くは失脚する心配はないのである。中国はそういう社会である。
14日 江沢民 江沢民は、中国史上で最も「日本軍国主義」を吹いて回った男である。日本に対する被害者妄想や日本恐怖症からだけではなく、権威が欠如して政権安定の難しい彼の、周 囲の政敵,李鵬、李瑞環喬石、朱溶基等に対する警戒心による反日の狂奔である。故に1990年代後半は、中国で出版される日中関係の書物の多くは、日本軍国主義復活という現実性の無いテーマとなった。
15日 江沢民と中国の文人たち 江沢民の指令で彼らの発言は「日本軍国主義の復活」、「アジア最大の脅威は日本だ」、「一つの幽霊は大地を徘徊している!これが日本軍国主義の復活だ」「日本の軍事力は中国より強大だ」「日本の空軍も海軍もアジア最大の攻撃力を持つ」

「日本軍国主義の軍事予算はアメリカについで世界第二だ」「世界最大の潜在的核保有国日本は、すぐにでも五万発の核爆弾を生産できる能力を持つ」「日本は軍隊を有する国家ではないが、国家自体が軍隊だ」「日本人は新大東亜共栄圏を構築しようとしている」「日本の軍事大国化は間近である」「靖国神社は軍国主義招魂の施設だ」といった荒唐無稽のレベルである。

16日 中国文人の結論 「中国は永遠に世界平和を維持する国家だ」「気をつけろ!日本はふたたび中国を侵略しようとしている」「中国は警告する!軍国主義は日本の破滅への道だ」となるのである。 この論調にあわてふためくのが愚昧で不見識な日本人である。日本の政府・国民が慌てふためくのは無残極まりない。日本人は日中間の近代戦争の本質・真実を知り彼らに官民あげて反論しなくては我々の国家、先人、同胞への侮辱、盟和毀損、青少年の精神汚染、健全な未来を奪われる。
17日 中国の天性は侵略 中国は西洋から「兵営国家」と呼ばれていた。中華帝国の国柄を見事に言い当てている。 なぜなら、中国は典型的な、戦争立国、戦乱大国、三千年の軍国主義国家であり,国家制度自体も兵営そのものだからである。
18日 中国のイメージ 儒教国家と文明古国のイメージが先行していて本質の戦乱・軍事大国が霞んでいる。 中国の特徴は「戦乱国家」「土匪国家」であり何より「恫喝国家」、そして「飢饉国家」である。
19日 易姓革命 中国はナゼ典型的な軍国主義国家であるか、それは有史以来典型的な易姓革命という歴史原則があるからだ。 武力によつてしか政権を樹立できないし維持できない国であるからだ。物理的暴力が立国、建国の原理なのである。
20日 戦乱だらけの中国 現在でも、国家の最高指導者は、政府、党のトップになるだけでなく、党の軍事委員会の主席にならなければ、真の権力者 になることはできない。中国人の弱い者イジメや裏切り癖、内紛、闘争好きの性格は永年の戦乱に基づく、中国の歴史は戦争だらけである。
21日 現中国政府 戦争を望まない台湾に対して「絶対武力行使は放棄しない」「台湾海峡を火の海にする」「台湾に上陸するのは先ず南部からだ。なぜなら南部の人 間は陳水扁を総統として選んだのだから自業自得だ」、「台湾を滅茶苦茶に破壊してから、中華を再建する」等々千回以上もの恫喝や、ミサイル配備の文攻武嚇に余念がない。
22日 中国人の天性 侵略こそ中国人の天性であろう。中国は世界最強の国家になになくてはならないというのが中国人の信念である。彼らは中国は長い人類の歴史の95 パーセントの期間世界最強国であり、たまたまここ数百年その坐が西夷に奪われただけと考えて21世紀は富国強兵を果たして中華を振興し、歴史の常態を回復したいと思っているのである。
23日 開疆闘土(かいちゃんぴいとう)

領土の拡大の意味、周辺諸国を征服し、版図の拡大で、漢や唐だけでなく、自民族を征服したフビライさえ憧憬する。征服者の子孫になりたがる。

中国人は戦国時代から、説客が諸国を回り君主たちに、王道、覇道を論じ、合従連衡、征戦を繰り返させた。そして富国強兵を競わせ、夫々の国が中国統一、即ち他国併呑という侵略を国是とするようになつた。日本を訓告主義などというのは詭弁の詐術である。
24日 固有領土のウソ 中国の言うそれは幻想で、彼らのいう伝統的固有領土なるものが誇大膨張していったに過ぎない。 中国人には古来、天下観はあっても国家観はなかった。そして世界は凡て中国のものという「王土王民観」があった。華夷の二元世界の区分である。
25日

中国には伝統的固有領土はなかった。歴代王朝の版図は一定していない。国力の差や栄枯盛衰に応じて拡大し縮小している。伝統的固有の原郷といえば、中原の地、或いは中土の地や中国の地とい

われる流域だが、中原の地にしても時代により変化している。春秋時代には黄河の中、下流域を指すだけで、揚子江流域の楚は越は楚蛮や百越の地とされ、中国の地とは認められなかったものの、やがてはそこも中原に組み込まれた。
26日 中華民国以降 満州王朝である清朝を打倒しも中華民国を樹立した漢民族勢力は、もともとは満州、新疆、チベットと言った非漢民族の土地には関心がなかったが、革命達成後は清の旧版図を凡て欲しくなりそれ らを中国伝統の固有領土だと主張するようになった。満州が建国されると、それまで殆ど関心もなかった中国人学者たちは、満州が中国固有領土論を展開したものの、日本学者の非中国領土論には全く太刀打ちできなかった。
27日 中国固有領土 敢えて、中華世界の領域、或いは中国の伝統的な領土と言えば、文化文明的に見ても、明帝国の版図がほぼそれに当たるとされる。 面積は日本のほぼ十倍、360万平方キロ、だが現在の中国の領土は既にその三倍に達している。しかも中国人はそれに満足せず国境紛争を周辺諸国と頻発させている。
28日 不吉な世界まで かつては異域として見向きもしないし、不吉な世界として進出すら拒否してきた海の世界に対しても、今ではスプラトリー(南沙諸島)に、 恰も昔の中国人が上陸して建てたかのように古碑の偽造までして、不可分の神聖な固有領土だと強弁し、領有問題の平和解決を望む東南アジア各国を苦しめている。
29日 台湾 台湾は中国固有の領土と主張しているが、1895年に日本に永久割譲された後は、蒋介石も毛沢東も 台湾が中国領土だと考えていない。蒋介石が、台湾は中国領と言い出したのは、大東亜戦争後に日本からそれを奪いたくなってからである。
30日 中国は倣岸不遜な反平和国家 1960年代後半、尖閣諸島海域に石油資源が埋蔵されていると可能性が指摘されてから問題化した。 ウソで固まった中国の領土の主張といざとなれば武力行使も辞さないとする理不尽極まる態度にアジア諸国はいつまでも振り回されている、中国は倣岸不遜な反平和国家である。
31日 侵略の文字 中国の歴史は版図拡大の歴史であり、周辺諸国への侵略の歴史である。 だが、この国の歴史教科書では、一切侵略の言葉し使用されていない。侵略とは日本を糾弾し、外交カードとして使う言葉であり、決して自国の侵略の歴史を教えることはない。