中国、あれやこれや その9

平成17年9月

 1日 中国人の天性は戦争 それは「侵略」である。西洋人から兵営国家と呼ばれていた。中国は典型的な、戦争立国、戦乱大国、軍国主義国家である。

中国の本質は「戦乱国家」「土匪国家」「恫喝国家」「飢饉国家」「易姓革命」「革命国家」であることは歴史を知れば一目瞭然である。

 2日

中国人の信念は

中国は世界最強国家にならなくてはならぬということ。

中国人は長い人類の歴史の95パーセントの期間に於いて世界最強国で、たまたまここ数百年間その座が西夷に奪われただけだと考えている。
 3日 中国の尊敬する人物

漢の武帝とか唐の太宗という「開疆闢土」、カイチャンピイトウ。領土を拡大する、つまりは周辺諸国を征服し版図を拡大して侵略者である。

武帝とか太宗は周辺諸民族への武力征伐が盛んで、侵略戦争に明け暮れ人口の半分が戦死した。その「武功」が評価され今日では民族の英雄になっている。
 4日 侵略の遺伝子

中国は現在、「核保有大国」である上に太平洋の覇権に挑戦する軍事力拡大中である。

日本など自衛隊に過ぎないのに日本を軍国主義復活という詭弁を使う。この国の詭弁本質を知らなくてはならぬ。
 5日

固有領土の嘘

現実を無視した幻想的「伝統的固有領土」などと嘘をいいだしている。そんなものは無かった。

中国人には古来、天下観はあっても国家観はなかった。
 6日

中国の世界観

世界はすべて中国のものという「王土王民観」があった。それでも実際に全世界を支配していると考えてはいなかった。

華夷の二元世界、中華世界と非中華世界の区分だけは明確にしていた。

 7日 ベトナムの高校教科書

中国は伝統的侵略国家だと教えている。ベトナム人の原郷は揚子江流域の百越の地であり、中国の南侵により越人はインドシナ半島まで追い詰められたと記載されている。これは史実である。

周恩来首相は、かって、ベトナムが統一解放されたら海南島をベトナムに返却するとまで語った。
 8日 チベット

清朝の崩壊後、チベットはイギリスの勢力下に入ったが、戦後の中国はそれを奪還する形で占領した。

中国は清の版図だけでなく、韓国、ベトナム、ビルマ、沖縄など、清時代の属国をも再び属国化し更に元の版図だった地域をも回復したいと考えている根っからの侵略国である。
 9日 これぞ中国人の本質
中国人の台湾人
加虐・略奪

敗戦した日本が撤退した後、中国の蒋介石の軍隊と役人は、イナゴの大群のように日本の官民の財産を接収の名の下に略奪し中国に持ち込んだ。

台湾は有史以来未曾有の飢饉、悪性インフレが昂進して経済は崩壊、中国から持ち込まれたペスト・コレラの疫病が大流行した。
10日 これぞ中国人の本質
中国人の台湾人
加虐・略奪

台湾人と中国人との文化摩擦、文明衝突の中で1647年の2・28事件とそれに伴う台湾人大虐殺である。

犠牲者数は約3万人、長期にわたる恐怖政治で無数の台湾人が荒唐無稽な罪で投獄・拷問・処刑された。
11日 これぞ中国人の本質
非文化

日本統治下の法治社会で安心して暮らしていた台湾人は、中国人の持ち込んだ人治社会に困惑した。

中国人は法の観念を知らない、役所は賄賂とコネで動き近代社会は機能停止した。
12日 これぞ中国人の本質

中国社会とは詐欺社会でありキツネとタヌキの化かしあいの社会であった。これは台湾人が告白している。

日本に学んだ「誠」「正直」が仇になったのである。

13日 これぞ中国人の本質

中国人が台湾に上陸するや直ちに虐殺を開始し、約束をした処理委員会の知識人を根こそぎ殺した。

元日本兵の台湾人たちが嘉義飛行場で中国軍に猛攻を浴びせた時、中国軍は白旗を立てて降伏したと見せかけて台湾人を逆襲し多くを殺害した。中国とはこんな策略の民族性がある。
14日 中国の王朝

中国、漢民族は自分の周辺国を軽蔑して東夷西戎北荻南蛮と言いながら支配を受けている。

それは契丹人、女真族、モンゴル人、満州人などである。漢人が天下を取ると必ず苛斂誅求が行われている。
15日 中国の原理

地方の人的、物的、財的資源がすべて中央に収奪されるために、地方が崩壊し、それとともに中央も崩壊するという状況が周期的に繰り返されてきた。

これが「統一と崩壊の中国の歴史原理である。中央に収奪されまいとする地方の遠心力と中央の政治的求心力が常に拮抗することで「一治一乱の歴史原則」が作り出されてきた。
16日 易性革命

中華帝国の歴代王朝にしても、現在の人民共和国にしても「馬上天下を取る」「政権は銃口から生まれる」の易姓革命によって確立されたものである。

つまり物理的力により生まれ、物理的力によるしか守られない国である。だから政権は人民の動きを監視し、次なる易姓革命の防止に全力を傾けなくてはならぬのである。
17日 謀反が怖い中国

中国の政権にとり一番怖いのは自国民からの異議をつきつけられることである。

中国の軍拡は、軍国主義の復活や帝国主義の侵略が怖いからというより人民の謀反が怖いのである。
18日 中国の軍拡

冷戦崩壊後、欧米は軍縮に向かったが逆に中国は軍事拡大へ猪突猛進である。なぜか?

世界の覇権競争に参画するということである。それは共産主義体制の最終防衛の意図でありパックスアメリカーナへの対抗であり世界覇権への挑戦である。
19日

中国の軍拡2.

その仮想敵国が、アメリカ覇権主義、台湾分離主義、日本軍国主義と称しているのである。迷惑なことだ。

民衆を日本憎しで結集できるからである。伝統的大国志向が覇権主義を生んでいる。
20日 中国人の世界観

中国人の「天に二日なく地に二王なし」である以上、「天下帰一統」を理想として他者との対等な共存、並存を認めない。

中国は平和共存ではなく「一存独存」でなくてきならず、決して「大同社会」は実現しない。世界平和は中国にとり口だけだ万国平等なんて心中にない。
21日 中国の侵略的野心

尖閣、石油油田、沖の鳥島、そして原子力潜水艦の領海侵犯。

この事実だけで中国には侵略的意図が十分の警戒すべき国である。
22日 中国の言う正しい歴史認識とは

これは中国の独善的歴史認識に基づくものである。

寧ろ内政、外交上の必要に応じて捏造したものである。「南京大虐殺」「三光作戦」然りである。
23日 中国の虐殺の伝統

虐殺は中国の歴史に欠かせない主役だから南京大虐殺とか三光作戦を持ち出すのである。

中国では大虐殺は「大屠殺」と呼ぶ。春秋戦国時代の築城技術が発達してから発生した。敵に攻略された城内での屠、屠城である。
24日 城内の住民に略奪、暴行、殺害は中国の一般的な戦争様式と言える。 中国の戦争は住民虐殺は常識なのである。
25日 中国の恫喝言葉

中国政府が言う「台湾海峡を血の海とする」「台湾を血で洗う」の恫喝。

北朝鮮の「ソウルを血の海、火の海にする」と凄むのも伝統的中国の虐殺文化である。
26日 中国戦乱の歴史

全人類史に照らしても中国の戦乱は残虐極まりないものである。統計学的計算では中国人一人の人生の三分の一は戦乱の時代で占められているという。

これでは中国人は戮民である。このような世界に生きてきた中国人の民族性、生命観は実に殺伐たるものがあるのだ。

27日 中国人民共和国の殺戮者数1.

これまでに断行した運動闘争でどれだけの民衆を粛清し餓死させ虐殺したのか。

共産主義黒書は6千万人、ル・フィガロ紙は6700万人、モスクワ放送は3500万人、米国上院は5千万人と数字を提示している。
28日

香港誌「争鳴」によると、犠牲者総数は7894万8千人としている。内訳は、大躍進2215万人、抗日戦争時代の内部粛清は600万人、

反革命分子一掃では87万4千人、長征は9万2千人、整風運動は7万6千人、AB団は4万人、三反五反運動は1万6千人である。
29日 戦乱と殺戮の歴史

中国史は戦乱と飢饉に彩られている。昔から飢饉の国として世界に知られている。「三年一小飢饉、十二年一大飢饉」

飢饉の度に噴出するのが流民である。この流民が易姓革命の原動力になるとの「歴史鉄則」がある国。
30日 日中戦争の最中

満州事変から日中戦争の間、水害・旱魃が襲い、被害者は億単位、1930−32年の西北飢饉は餓死者1千万人、飢民間で共食い発生。日本の救援隊は日中戦争の最中に戦場を駆け巡って各地の深刻な大飢饉への救援活動をしていた。

人民共和国になると階級闘争となり大躍進政策が失敗し2千万から5千万人を餓死させている。社会主義の失敗で遺族に責任のある共産党であるが、中国の不幸は全て日本の「侵略」の為だとして懸命に責任転嫁の日本叩きに邁進しているのである。