塩尾寺 兵庫県宝塚市
ある晩(ばん)のこと、観音様が夢枕(ゆめまくら)にお立ちになり、
「お前は生まれ替(か)わる前は長者(ちょうじゃ)の娘であった。しかし、何の不自由(ふじゆう)もない暮らしであったにもかかわらず、心が狭(せま)く我(わ)がままで、思いやりを持たない娘であった。あるとき家で働いていた娘が、ちょっとした失敗(しっぱい)をしたのをなじり、いじめて死に追いやった。その吹き出物はその娘のたたりじゃ。しかし、そなたの永年(えいねん)の信心(しんじん)が罪(つみ)をつぐなった。鳩ヶ淵(はとがぶち)の下手(しもて)に大きな柳の大木(やなぎのたいぼく)がある。その木の下を掘ると、塩からい水が出てくる。その水を沸(わ)かして入ると、その吹き出物は治(なお)ってしまう。」
と言うと観音様の姿(すがた)はスッと消えてしまいました。
夜(よ)が明けるのを心待ちにし、急いで鳩ヶ淵(はとがぶち)にかけつけ、柳の大木の下を一心に掘っていくと、間もなく水がコンコンと湧(わ)き出ました。なめてみると確(たし)かに塩からいのです。
急いでその水を沸(わ)かして入ってみると、あれほど苦(くる)しんでいた吹き出物の腫(は)れも引き、熱(ねつ)っぽさも取れました。
二度、三度と続けるうちに、観音様の御利益(ごりやく)のすばらしいこと、吹き出物はすっかり治っていました。
女は観音様に深く感謝(かんしゃ)しました。そして前世(ぜんせい)での自分の行いを反省(はんせい)して、その柳の大木で、観音様の像(ぞう)を彫(ほ)り、荒れ寺(あれでら)になっていた塩尾寺(えんぺいじ。注3)にお祀(まつ)りしました。
この観音様が塩尾寺の御本尊(ごほんぞん)の十一面観音(じゅういちめんかんのん)です。
塩尾寺には、この御利益(ごりやく)に授(さず)かろうと、その後大勢(おおぜい)の人々がお参りに訪(おとず)れました。また、この時湧き出た(わきでた)「塩からい水」が宝塚温泉の元湯(もとゆ)となり、長い間病(やまい)に苦しんでいた人達が大勢、湯浴(ゆあ)みに訪れるようになりました。
その上、品物を売る人達の店が連(つ)らなり、里は「伊孑志千軒(いそしせんげん)」と言われるほどのにぎわいを見せたということです。