再び「奥の細道」C
平成17年9月
1日 | 敦賀 |
漸、白根が嶽かくれて比那が嵩あらはる。あさむづの橋をわたりて、玉江の芦は穂に出にけり。鶯の関を過て湯尾峠を越れば、燧が城、かへるやまに初雁を聞て、十四日の夕ぐれつるがの津に宿をもとむ。 |
その夜、月殊晴たり。 「あすの夜もかくあるべきにや」といへば、「越路の習ひ、猶明夜の陰晴はかりがたし」と。 |
2日 |
あるじに酒すすめられて、けいの明神に夜参す。仲哀天皇の御廟也。 |
社頭神さびて、松の木の間に月もり入たる、おまーの白砂霜を敷るがごとし。 |
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3日 |
往昔―このかみー、遊行二世の上人大願発起の事ありて、みづから草を刈、土石を荷ひ泥渟―でいていーをかわかせて参詣往来の煩なし。 |
古例今にたえず、神前に真砂を荷ひ給ふ。「これを遊行の砂持と申侍」と亭主のかたりける。 月清し遊行のもてる砂の上 |
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4日 |
としたためさせ、僕―しもべーあまた舟にとりのせて、追風時のまに吹着ぬ。浜はわづかなる海士−あまーの小家にて、侘しき法花寺あり。 |
爰に茶を飲酒をあたためて、夕ぐれのさびしさ感に堪えたり。 |
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5日 | 大垣 |
露通も此みなとまで出むかひて、みのの国へと伴ふ。駒にたすけられて大垣の庄に入ば、曾良も伊勢より来り合、越人も馬をとばせて如行が家に入集−いりあつまるー。前川子―ぜんせんしー・荊口父子、其外したしき人々日夜とぶらひて、 |
蘇生のものにあふがごとく、且悦び且いたはる。旅の物うさもいまだやまざるに、長月六日になれば、伊勢の遷宮をがまんと、又舟のりて、 |
6日 |
室八島 |
糸遊に結つきたる煙哉 |
あなたふと木の下暗も日の光 芭蕉 |
7日 | 室八島 |
入かかる日も程々に春のくれ |
鐘つかぬ里は何をか春の暮 入逢の鐘もきこえず春の暮 |
8日 |
奈須余瀬翠桃を尋て |
まぐさおふ人を枝折の夏野哉 芭蕉 |
青き覆盆子こぼす椎の葉 翠桃 村雨に市のかりやを吹とりて曾良 |
9日 |
秋草えがく帷子−かたばりのこーはたぞ曾良 |
尋るに火を焼付る家もなし 曾良 |
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10日 | 雲岩寺 |
木啄も庵は破らず夏木立 芭蕉 |
物いはで石にいる間や夏の勤 芭蕉 |
11日 | 雲岩寺 |
山も庭もうごきいるるや夏ざしき |
田や麦や中にも夏(の)時鳥 |
12日 | 黒羽光明寺行者堂 |
夏山や首途を拝む高あしだ 芭蕉 |
汗の香に衣ふるはん行者堂 |
13日 | 黒羽光明寺行者堂 |
蚕する姿に残る古代哉 曾良 |
賎の女が上総念仏に茶を汲て芭蕉 |
14日 | 立石寺 |
山寺や石にしみつく蝉の声 芭蕉 |
まゆはきを俤にして紅の花 芭蕉 |
15日 | 出羽三山 |
雲の峰幾つ崩れて月の山 芭蕉 |
涼風やほの三ヶ月の羽黒山 芭蕉 |
16日 | 出羽三山 |
月山や鍛冶が跡とふ雪清水 曾良 |
語れぬ湯殿にぬらす袂哉 芭蕉 |
17日 | 最上川周辺 |
涼しさや海に入りたる最上川 |
象潟や雨や西施がねむの花 |
18日 |
夕晴れや桜に涼む浪の花 |
象潟や苫やの土座も明やすし 曾良 |
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19日 | 日本海 |
荒海や佐渡に横たふ天河 |
小鯛さす柳涼しや海士がつま |
20日 | 山中の湯 |
山中や菊は手折らじ湯の薫 |
秋の哀入かはる湯や世の気色 曾良 |
21日 | 連歌 相楽伊左衛門宅にて |
風流の初やおくの田植歌 芭蕉 |
水せきて昼寝の石やなをすらん 曾良 |
22日 |
有時は蝉にも夢の入りぬらん 曾良 |
樟の小枝に恋をへだてて |
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23日 | 仏頂和尚旧庵 |
山も庭にうごきいるるや夏ざしき
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無常野 知田川 いづな山 つくば山 |
24日 | 岩瀬の郡 |
隠家やめにたたぬ花を軒の栗 |
畔づたひする石の棚はし |
25日 | 石河の滝 |
さみだれは滝降りうづむみかさ哉 |
旅衣早苗に包食乞ん 曾良 |
26日 | しら河 |
卯花をかざしに関のはれぎ哉 曾良 |
いたかの鞁あやめ折すな |
27日 |
市の子どもの着たる細布 曾良 |
日面に笠をならぶる涼して |
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28日 |
秋来にけりと布たぐる也 曾良 |
西か東か先早苗にも風の音 |
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29日 |
関守の宿をくいなにとをふもの |
笠島やいづこ五月のぬかり道 |
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30日 | 羽黒坊 |
有難や雪をかほらす風の音 |
川船のつなに蛍を引立て 曾良 |