日本人の「心の古典」3. 神話伝説

平成17年1月

 1日 「口承伝説」

文字のない古代は口から耳への口承で奈良時代に編集された「古事記」や「日本書紀」はその伝説の一部である。

奈良時代に漢字を駆使してその口承を「古事記」は和化漢文変体漢文「日本書紀」は漢文「万葉集」は万葉仮名で編まれた。

 2日 「神話」

古事記の八雲立つでスサノオが暴れる八俣の大蛇を退治するのは荒れ狂う河川の氾濫を防ぎ民を救った伝承であろう。わが国は農業神話主体である。

この世の驚異的な現象を神の超人的な行動として語るものであろう。民族の感性高い情緒として捕らえるべきではないか。

 3日 「祝詞のりと」

祭りの儀式に唱える祝福の言葉である。延喜式巻八に収められている。
祈年ーとしごひーの祭りの祝詞

「集―うごなーはれる神主―かむぬしー・祝部―はふりーら、諸―もろもろー聞こしめせ」と宣−のーる。神主・祝部ら、共に唯―ををーと申―まをーす。ほかの宣るといふもこれにならへ。

 4日 現代語訳

「ここに集まっている神主・祝部たち、皆々よくお聞きなされよ。」と宣べる。この時、神主・祝部等が一斉に

「おお、承知しました。」と申し上げる。ほかの「宣べる」という箇所も、これに準じて「おお」と言え。
 5日

「高天−たかまーの原に神留―かむづーまります、皇睦神―すめむつかむーろぎの命―みことー・神ろみの命もちて天−あまーつ社・国つ社と称−たたーへ辞竟―ごとをーへまつる皇神―すめがみーたちの前に申さく。

今年二月―きさらぎーに御年―みとしー初めたまはむとして、皇御孫―すめみまーの命のうづの幣帛―みてぐらーを、朝日の豊栄登―とよさかーりに称へ辞竟へまつらく」と宣る。
 6日 現代語訳

「高天の原においでになる、尊くむつまじい、神ろきの命・神ろみの命の託宣によって、天つ社・国つ社としてお祭り申している、皇神たちの前に申すことは、皇御孫の命が今年二月に、

穀物を作り始めなさろうとするに当たって、皇御孫の命の貴いお供え物をお供えし、朝日が勢いよく輝き昇るように、称えことを行い申すことです。」と宣べる。
 7日

「御年の皇神たちの前に申さく、皇神たちの依さしまつらむ奥つ御年を、手肱―たなひぢーに水沫掻−みなわかーき寄せて、取り作らむ奥つ御年を、八束穂の茂−いかーし穂に、皇神たちの依さしまつらば、初穂をば、千頴八百頴―ちかひやほかひーに奉り置きて、みかの上に高しりねみかの腹満て双べて、汁にも頴−かひーにも称へ辞竟へまつらむ。大野の原に生ふる物は、甘菜・辛菜、

青海―あをみーの原に住む物は、鰭−はたーの広物・鰭の狭物、奥つ藻菜・辺つ藻菜に至るまでに、御服―みそーは明るたへ・照たへ・和−にぎーたへ・荒たへに称へ辞竟へまつらむ。御年の皇神の前に白き馬・白き鶏、種種―くさぐさーの色物を備へまつりて、皇御孫の命のうづの幣帛を称へ辞竟へまつらく」と宣る。
 8日 現代語訳

「御年の皇神たちの前に申すことは、皇神たちが皇御孫の命にお寄せ申す御稲を、手の肱に水泡をたらし、向かいの股−ももーに泥をかけ寄せる苦労をして作る御稲を、ふさふさと実った稲にして、皇神たちが皇御孫の命にお寄せる申すならば、初稲を、たくさんの稲穂でたてまつりおいて、さらに、酒にかもし瓶−かめーの縁までなみなみともり、瓶いっぱいに満たして、その瓶をならべ、お酒にしてもご飯にしても、さし上げお祭り申しましよう。大野原に生えるものは、

甘い菜・辛い菜、青海原に住むものは、大きい魚・小さい魚・沖の藻・岸辺の藻にいたるまでにとりそろえ、お召し物は、色美しくつやのある織物、やわらかい織物、ごわごわした織物と、さし上げお祭りしましょう。御年の皇神の前に、白い馬、白い猪、白い鶏、その他さまざまの色の物を調え申して、皇御孫の命の貴いお供え物を供え、称えごとを行い申すことです」と宣べる。」
 9日

王朝時代の歌集・歌謡・物語
古今和歌集1.


本ホームページで連続掲載しているので背景のみに留める。

万葉集の時代以降衰退していた和歌が復活してきた。九世紀後半から宮廷に国風文化が起こってきた。十世紀初頭、天皇の命により和歌集を編むという最初の勅撰集である。

10日 古今和歌集2. 古今集の歌々は、事柄をそのまま直接に表さず、この時代特有の優美な美意識の枠組みのなかに再構 成しながら表現する。それが理知的で優美繊細な歌風と言われる所以である。
11日 古今和歌集.3

時間の流れへの意識が強く、自然をも、人の心をも、推移していくものの相として捉える。

人々の心の動きを、自然景物の変化に託して詠む歌が極めて多いといわれる。
12日

古今和歌集4.

紀貫之
春立ちける日よめる

袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つけふの風やとくらむ

13日 古今和歌集5.

伊勢
帰る雁をよめる

春霞立つを見捨てて行く雁は花なき里に住みやならへる

14日 古今和歌集6.

素性法師
花ざかりに京を見やりてよめる

見わたせば柳桜をこきまぜて都ぞ春の錦なりける

15日

後拾遺和歌集

曾弥好忠
題知らず

なけやなけよもぎが杣のきりぎりす過ぎゆく秋はげにぞ悲しき

16日 金葉和歌集

源俊頼
水風暮涼といへることをよめる

風吹けば蓮の浮き葉に玉こえて涼しくなりぬひぐらしの声
17日

王朝時代の歌謡1.―神楽歌

本―この篠ーささーは いづこの篠ぞ天−あもーに坐す 豊岡姫の 宮の御篠ぞ 宮の御篠ぞ

末―篠分けば 袖こそ破れめ 利根川の 石は踏むとも いざ川原より いざ川原より

18日

王朝時代の歌謡2.―催馬楽
東屋

男―東屋の 真屋のあまりの その雨そそぎ 我立ち濡れぬ 殿戸開かせ

男―かすがひも 錠―とざしーもあらばこそ その殿戸 我鎖−さーさめおし開いて来ませ 我や人妻

男―東屋の軒先の 真野の軒先のその雨だれで 外に立っている私は濡れてしまった、お宅の戸を開けてくださいな。

女―かすがいも錠もあるならば、それをこの家の戸にさしておこうが・・・、さっさと開いていらっしゃい、私を人妻とでもお思いなのかしら。
19日

和漢朗詠集
秋夜

秋の夜長し 夜長くして眠−ねぶーることなければ天も明けず 耿々−こうこうーたる残−のこーんの燈の壁に背けたる影 粛々―せうせうーたる暗き雨の窓を打つ声

秋の夜は長い、とりわけ幽居の身には夜が長く、眠ることもないので、中々夜が明けない。かすかに光る残りの灯火が、その影を背後の壁にうつす、もの寂しく暗い雨が窓を打つ音よ。
20日

梁塵秘抄1.

我が子は十余になりぬらむ。巫―かうなぎーしてこそ歩−ありーくなれ。田子の浦に潮踏むと いかに海人集ふらむ 正しとて 問ひみ問はずみなぶるらむ いとほしや

わが娘はもう10余才になっているだろう。噂では歩き巫女とかになって諸国をめぐり歩いているようだ。田子の浦でさすらっているとか。どんなに大勢、漁師たちが集まっていることだろう。娘の占いを、当たっているよと言って、あるいはあれこれさんざん言ってなぶり者にしていることだろう。痛々しいことよ。

21日

梁塵秘抄2.

阿弥陀仏と申さぬ人は淵の石 劫は経れども浮かぶ世ぞなき

阿弥陀仏と唱え申さぬ人は、川淵の石と同じこと、どんなに長い年月が経っても、遂に浮かび上がって救われることがない。

22日

竹取物語
―最終章

今はとて天の羽衣着るをりぞ君をあはれと思ひ出でけるとて、壷の薬添へて、頭中将呼び寄せて、奉らす。中将に、天人取りて伝ふ。中将取りつれば、ふと天の羽衣う

ち着せたてまつれば、翁を、いとほし、かなしと思しつることも失せぬ。この衣着つる人は、もの思ひなくなりにければ、車に乗りて百人ばかり天人具して、昇りぬ。
23日

伊勢物語四段
月やあらぬ1

昔、ひんがしの五条に、大后―おほきさいーの宮おはしましける、西の対に住む人ありけり。それを、本意―ほいーにはあらで心ざし深かりける人、行き訪−とぶらーひけるを、

正月―むつきーの十日ばかりのほどに、ほかに隠れにけり。ありどころは聞けど、人の行き通ふべき所にもあらざりければ、なほ憂しと思ひつつありなむ。
24日 月やあらぬ2

またの年の正月に、梅の花盛りに、去年―こぞーを恋ひて行きて、立ちて見、いて見、見れど、去年に似るべくもあらず。うち泣きて、あばらなる板敷きに月の傾−かたぶーくまで臥せりて、去年を思ひ出でてよめる。

月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして

と詠みて、夜のほのぼのと明くるに、泣く泣く帰りにけり。

25日

大和物語
鹿の声1.

大和国に、男女−おとこおんなーありけり。年月かぎりなく思ひて住みけるを、いかがしけむ、女を得てけり。なほもあらず、

この家に率−いーて来て、壁を隔ててすえて、わが方にはさらに寄り来ず。いと憂しと思へど、さらに言ひもねたまず。
26日

現代文

大和の国に、男と女が住んでいたのだった。長い年月の間にこのうえもなく思いあって住んでいたが、どうしたことであろうか、ほかに女を得てしまったのだった。

それだけでなく、この家に連れてきて、壁を隔てて住まわせて、自分のほうにはさっぱり寄りつかない。本妻は実に辛いと思うけど、決して口に出して妬みもしない。
27日

大和物語
鹿の声2

秋の夜の長きに、目をさまして聞けば、鹿なむ鳴きける。ものも言はで聞きけり。壁を隔てたる男「聞きたまふや、西こそ」と言ひければ「何ごと」と答―いらーへければ

「この鹿の鳴くは聞きたうぶや」と言ひければ「さ聞きはべり」と答えけり。男「さて、それをばいかが聞きたまふ」と言ひければ、
28日 現代文

秋の夜長に、目をさまして聞くと鹿が鳴いたのだった。ものも言わずに聞いていたのだった。壁を隔てている男が「お聞きになりましたか、西隣さん」と言ったので「何ごとですか」と答えたところ、

「この鹿の鳴くのをお聞きになりましたか」と言ったので、「はい、聞いています」と答えた。男は「それでは、それをどのようにお聞きになりましたか」と言ったので、
29日

大和物語
鹿の声3

女、ふと答へけり。

われもしかなきてぞ人に恋ひられし今こそよそに声をのみ聞け

と、よみたりければ、かぎりなくめでて、この今の妻―めーをば送りて、もとのごとなむ住みわたりける。
29日 現代文

女はすぐさま答えたのだった。われもしか=わたくしもあの鹿のように、以前はないてあなたに恋い慕われました。いまではよそで、あなたの声だけを聞くばかりですけれど。

と詠んだので、男はこのうえもなく感心して、この今の女を送り出して、以前のようにこの本妻と暮らしつづけたのだった。
30日

物語について1.

十世紀初めに最初の物語は「竹取物語」である。仮名文であり漢文の素養にない女性にも歓迎された。当時第一級の文学といえば、漢詩であり漢文であった。

物語の内容は虚構である。「伊勢物語」の主人公は在原業平のようで、そのものではない。
31日 物語について2.

「大和物語」十世紀中頃、作者は未詳。

当時、ほかには「たけくらべ」「堤中納言物語」「はいずみ」がある。