金剛峯寺境内(こんごうぶじけいだい) 和歌山県高野町 

816年の創建以来、真言密教の根本霊場として信仰を集めてきた。高野山上には現在もなお117もの寺院が密集し、およそ1,200年の信仰の山の歴史を秘めた山上宗教都市は、峻厳な山嶺と深遠なる樹叢とも一体となった信仰に関連する文化的景観を形成している。「伽藍地区」・「奥院地区」・「大門地区」・「金剛三昧院地区」・「徳川家霊台地区」・「本山地区」の6つの地区からなる。

伽藍地区(がらんちく)
空海が山岳における修行の道場として創建した当初から高野山の中心となる地区。地区内には、推薦資産を構成する記念工作物のほか、真言密教の教義に基づく創建以来の旧規に従い近代に再建された「根本大塔」や「金堂」、空海の肖像を安置する「御影堂」などが建ち並び、「壇上伽藍」あるいは単に「伽藍」と呼ばれ、常に厳かな雰囲気を保っている。特に、真言密教の教義に基づき本堂と多宝塔を組み合わせた独特の伽藍形式は、全国におよそ4000ヶ寺ある日本の真言宗寺院の建築形式の規範となっている。

金剛峯寺山王院本殿は地区の西部にあり、1523年に再建されたものである。金剛峯寺の創建期に鎮守として勧請された丹生・高野明神を神殿二棟に、気比・厳島明神、十二王子、百八十伴神を総社一棟に祀り、鳥居と透塀で囲んでいる。
金剛峯寺不動堂は1198年に鳥羽天皇の皇女・八条女院の発願によって創建され、14世紀前半に建て直されたもので、住宅風の外観は意匠的にも優れており、内部には本尊・不動明王像とその眷属である八大童子像を安置するための仏壇や参籠のための小部屋が設けられている。皇族が建立・寄進した山上祈願所のうち中世にまで遡る数少ない遺構として貴重。