美しい日本の歌・歌・歌・歌 ふづき、文月--7月
七夕様に詩文を作るので文月というらしい。日本人は実にやさしい感性のある民だなと痛感してしまう。草木の実の熟するはふくみ月の略ともいう。夏の到来であり、夏の名歌を選んで見たい。
7月1日 | 春過ぎて夏来るらししろたへの衣ほしたり天の香具山 持統天皇-万葉集 |
女性天皇、昔も今も夏は白の衣類である。藤原宮からの望見、香具山は神聖な山、香具山のあたりの意か。 |
7月2日 | 山高み白木綿花に落ち激-たぎ-つ滝の河内-かふち-は見れど飽かぬも 笠金村-万葉集 |
離宮のあった宮滝のこと。昨年夏ここの淵で泳いだ。清潔感ある。 |
7月3日 | 盧原-いほはら-の浄見-きよみ-の崎の三保の浦の寛-ゆた-けき見つつ思-も-ひもなし 田口益人-万葉集 |
駿河の浄見崎、のの連続美は技巧無き技巧だ。心豊かな歌。 |
7月4日 | 島隠りわが漕ぎ来れば羨-とも-しかも倭-やまと-へ上る真熊野の船 山部赤人-万葉集 |
故郷に上る熊野船をみての耐え難い旅愁であろう。 |
7月5日 | 塩津山うち越え行けば我が乗れる馬そ爪づく家恋ふらしも 笠金村-万葉集 |
峠を越えて故郷が見えると馬が躓いた、旅愁の歌。 |
7月6日 | 藤波の影なす海の底清み沈著-しづ-く石をも珠とそわが見る 大伴家持-万葉集 |
湖底の底が清く澄んで沈んでいる小石が藤の花の影が木々とともに映っていたのであろうか、唯美的とも言える現代感覚。 |
7月7日 | わが背子が捧げて持てる朴--ほう-がしはあたかも似るか青ききぬがさ 恵行-万葉集 |
大伴家持に対しての歌。あたかも似るかを私を私は好む。 |
7月8日 | 万代-よろづよ-と心は解-と-けてわが背子がつみし手見つつ忍びかねつも 平群女郎-万葉集 |
いついつまでも変わらないとお互いに心がうちとけて、あなたがつねった手を見ながら、恋しい思いに堪えかねています。 |
7月9日 | ほととぎす我とはなしに卯の花の憂き世のなかに鳴きわたるらむ 凡河内躬恒-古今集 |
ホトトギスにかこつけて生きがたいわが身の悲しみを歌う。ホトトギスにはそのような響きがある。古くから歌われている。 |
7月10日 | 存明のつれなく見えし別れより暁ばかりは憂きものはなし 壬生忠峰-古今集 |
恋の歌。 |
7月11日 | さつきやみくらはし山のほととぎすおぼつかなくも鳴きわたるかなな 藤原実方-拾遺集 |
清々しい感じの歌。ホトトギスでも鶯でも若鳥は覚束ない鳴き声をする。 |
7月12日 | 聞きつとも聞かずともなくほととぎす心惑はす小夜の一声 伊勢大輔-後拾遺集 |
実感がある。夜更けかすかに鳴きわたるホトトギスを彷彿とさせる。 |
7月13日 | 起き明かし見つつ眺むる萩の上の露吹きみだる秋の夜の風 伊勢大輔-後拾遺集 |
物思う歌。様々に揺れ動く心を歌う。 |
7月14日 | 夕暮は待たれしものを今はただ行くらむ方を思ひこそやれ 相模-詞花集 |
癖のない、正直な歌。 |
7月15日 | あかなくも散りにし花の色々は残りにけりな君が袂に 源経信-新古今集 |
繊細で感情感覚が巧みに織り込まれている。 |
7月16日 | 早苗とる山田のかけひもりにけり引くしめなはに露ぞこぼるる 源経信-新古今集 |
山田の風景の清々しさよ。 |
7月17日 | 浅みどり野辺の霞のたなびくに今日の小松をまかせつるかな 後拾遺集 |
直接的表現もいい。 |
7月18日 | 待つ宵に更けゆく鐘の声聞けば飽かぬ別れの鳥はものかは 小侍従-新古今集 |
せつない女心の歌。 |
7月19日 | あのくたらさんみゃくさんぼだいの仏たちわが立つ杣そま-に冥加あらせ給え 伝教大師-新古今集 |
全知全能のおん仏たち、私の入り立つこの杣山に冥々の加護を垂れさせ給え。伝教大師の気迫を感じる。 |
7月20日 | みな人の知りがおにして知らぬかな必ず死ぬるならひありとは 慈円-新古今集 |
分かりきったことだが、忘れている。 |
7月21日 | 昨日見し人はいかにとおどろけどなほ長き夜の夢にぞありける 慈円-新古今集 |
無常観を歌ったもの。この時代は無常を感じる事が多かった。 |
7月22日 | ありそ海の波間かきわけてかづく海士の息もつきあへず物をこそ思へ 二条院讃岐-八雲御抄 |
水中深く息もつかぬ様に潜ると同じに貴方を思う。 |
7月23日 | 夕づく日さすや庵の柴の戸にさびしくもあるかひぐらしの声 藤原忠良-新古今集 |
ヒグラシ蝉の声と残照に晩夏の寂しさの歌。 |
7月24日 | ながめつつ思うもさびし久方の月の都のあけがたの空 藤原家隆-新古今集 |
夜明けの白い月に想像した風景か。 |
7月25日 | 幾夜われ浪にしをれて貴船川袖に玉散るもの思うらむ 藤原良経-新古今集 |
洛北の貴船と浪に濡れたのをかけている。 |
7月26日 | 奥山にたぎりて落つる滝つ瀬の玉ちるばかり物な思ひそ 藤原良経-新古今集 |
この風景が好きだし素直な歌。技巧的な歌は嫌い。 |
7月27日 | 時によりすぐれば民のなげきなり八大龍王雨やめさせたまへ 源実朝-金塊集 |
源実朝の歌にも記載したが私の好きな歌。ひたすら民を思う心、稀有の傑作と思う。 |
7月28日 | 萩の花くれくれ迄もありつるが月出でて見るになきがはかなさ 源実朝-金塊集 |
現代人に通じるし人生のはかなさにも通じる。 |
7月29日 | 月残る寝覚の空のホトトギスさらにおき出でて名残をぞ聞く 京極為兼-玉葉集 |
言いようのない清清しさを覚える歌。朝の余情か。 |
7月30日 | 急がずば濡れざらましを旅人のあとより晴るる野路の村雨 太田道灌-慕景集 |
いい歌だなあ。旅や登山する者には身にしみる。 |
7月31日 | 富士のねにのぼりてみればあめつちはまだいくほどもわかれざりけり 下河辺長流-晩花集 |
ご来光を高山で迎える前は天と地のけじめがつかない。夏山本番の実感がある。 |