徳永の世界史 近世五百年 幕末日本 その115
5年3月17日
最後の将軍、徳川慶喜の大局観を賛美しなくてはならぬ!
彼は水戸出身であっつた。国家観を身につけていた。外国では慶喜はギロチンであろう!
先走るが日本の対米敗戦時、飢餓に瀕した日本、
昭和天皇はマッカーサーを訪問、自分の一身は貴殿、マッカーサーに預けると言い、財産目録を渡し国民に食料の給付を依頼された!
外国元首なら逃亡している、
これに感動したマッカーサーはここで初めて紳士の態度となり天皇を崇敬しただから日本人は飢餓から救われたのだ!
徳川慶喜も、流石は日本人であった!!!
勝利者の西郷隆盛、敗者の勝海舟、徳川慶喜共に、
流石は日本人てあった!欧米とかロシア、
ましてシナなどとは、所詮、民族としての資質が断然異なる!!21世紀の日本人よ!!これに気がつかぬか!
たわけ者め!!喝!!!!!