スタバでの書き下し徳永の世界史 近世五百年 その135

  5年46

日露戦争で満州とか遼東半島で負けてきたロシアは、当時の西欧で最強と言われたバルティック艦隊を極東に回航させることとなった。世界は固唾をのんで見守った。日本海海戦だ。日本の聯合艦隊東郷平八郎司令長官、ほぼ互角の戦力であつた、日本は急速に追いついていたのだ。

ロシアは宗谷、津軽、対馬のどの海峡かは大問題たったが東郷平八郎は対馬に凡てを懸けると決断した。

覚えてる明白に、527日、敵艦は予想通り対馬海峡に姿を見せた、

皇国の興廃、この一戦にあり!各員一層奮励努力せよ!

天気清朗なれど波高し!の Z旗を掲げた!

海戦は東郷平八郎の見事なT字戦法により、半日で完全勝利した。ロシアウラジオストックに逃げたのはたった二隻、残りは海の藻屑か捕獲された。勝因は戦術の巧妙さ。

日ごろの猛訓練、日本が発明した下瀬火薬があげられる!