大台ケ原、大杉谷-日本の秘境

大杉谷は日本の秘境と言える。観光客は入れぬので自然そのままが残る。大台ケ原山頂は往年の面影もない。観光客と野生の鹿の繁殖である。然し、西の岩頭で見る大蛇嵒とか蒸篭嵒には圧倒される。


大杉谷は日本の秘境である。滝と (ぐら)と呼ぶ絶壁が連なり原始的景観を擁している。四半世紀ぶりに去る六月初旬遡行した。三重交通は四人でも直通バスを手配してくれ二時間乗車後宮川村のダムで船に乗る。水が少なく最下流の第四船付場で下船。[大杉谷は明るい豪快な渓である。この谷はまた直線的に流れている。・・両岸の山壁は頗る急峻で、この谷へ落ち込む支河の多くは吊懸谷になっている。・・これは青壮年期の谷の特色であり高山風景の雄深さ示すものである。渓を覆う原生林の美しさ、それは幽遂を極めた針活混淆の喬木林だ]と山岳人の冠次郎は言った。大杉谷のもう一つの特色は降水量が多く年間四八〇〇ミリに及び屋久島と並ぶ日本一の豪雨地帯である。大杉谷の本流に注ぐ支谷の出会いは殆ど懸谷になっており例外なく落差の大きい滝が存在する。峡谷には静と動が混在して基調は男性的だが女性的なものも伺える。絢爛豪快と華麗さもあり浸食の激しさを物語る。シシ淵は大杉谷の取りつきにあるが、ここら辺にはカシ類など常緑広葉樹を主林木とする低山特有の森林が繁茂。苔むした水成岩の屏風が両岸にそそり立ちその上流には滝が幽かに見られて幽玄、幽遂の風流が心にしみる。淵の水は魅惑的な瑠璃色。ここで谷の風と樹林の囀りや水流の奏でるシンフォニーを聞きながら大杉谷の水を汲みコッヘルで沸かしカプチーノコーヒーをつくる。一服したら岸の断崖や絶壁の上の岩場を慎重に登り続ける。シシ淵から山頂の日出ケ岳一六九五米へ高低差約一三〇〇米である。大杉谷には二〇米クラスの巨石、岩巨が谷に溢れんばかりにゴロゴロして豪快である。谷幅は広くて五〇米程度。この谷にはが連続して感動と圧倒を呼ぶ。高さ三〇〇米の、谷底から見上げるばかりの平等の毅然とした威容に敬意。シシ淵を過ぎると絶壁の垣間に見えたニコニコ滝が明るく滔々と流れている。落差一八〇米。谷底からの高度は益々高くなり六〇−七〇米であろうか。振り返ると平等 が夕日に映えて新緑と苔むした岩壁を際立たせツツジが長く枝を延ばして気品を高めている。鳥の声が聞こえる、ウグイス、ホトトギス。やがて谷間に赤い屋根の桃の木小屋が見え吊り橋を渡り到着。雑魚寝に近く窓から入る皓々とした月光と渓谷の音で三時に目覚める。朝は六時出発、小屋の裏から途端に急峻の岩場を登る。努めて足下に注意して汗の乾く間が無い。先ず大杉谷最大の見所の七ツ釜滝だ。数百米あろうあの峻烈な山の岩場を越えねば前に進めない。壮大な七ツの壷をかかえた滝に圧倒された。大自然の妙は筆舌に尽くしがたい。節理という岩の割れ目にそって浸食形成された滝壷が連続している様は圧巻である。ここから一時間で光滝、虹が美しい。次々と個性ある滝の変化の妙に痺れる。八時に大杉谷遡行最終滝の堂々たる堂倉滝に着く。ここは海抜七八〇米でここから日出ヶ岳迄一気に登るのだ。急峻であり高低差約一〇〇〇米。山地帯となるとホンシャクナゲなどの低木類やミズナラ林が見られる。土地的極相林としてはモミ、ツガ、コウヤマキ、ヒノキなどの針葉樹林が優先している。ルリビタキの囀りも。日出ヶ岳山頂でラーメンを作り昼食。上半身裸となりシャツ類は木の枝に干して乾くのを待つ。更に約一時間西へ、正木ケ原牛石ケ原を通り先端を目指す。大台ヶ原は四半世紀前に比して考えられない程自然が荒れて退化しており失望した。野性の鹿が多く樹皮を食用としているからであろう。大蛇ーは高さ五〇〇米以上の絶壁で人気抜群。上から見る恐怖と感動と神秘。一陣の風で瞬時に霧が晴れて谷向こうの蒸篭 が見えると感動的歓声があがる。終日登り続けて終着点に到着、時は午後三時。帰途高度一五〇〇米にある自動車道から見える紀伊半島の背骨山脈、八経ヶ岳、弥山等々の魅惑的山並みは更なる登山意欲をかき立てる。

日本の秘境  大杉谷

平成11年7月28日 日本海新聞潮流に寄稿

大杉谷は日本の秘境である。滝とー(ぐら)と呼ぶ絶壁が連なり原始的景観を擁している。四半世紀ぶりに去る六月初旬遡行した。三重交通は四人でも直通バスを手配してくれ二時間乗車後宮川村のダムで船に乗る。水が少なく最下流の第四船付場で下船。

[大杉谷は明るい豪快な渓である。この谷はまた直線的に流れている。・・両岸の山壁は頗る急峻で、この谷へ落ち込む支河の多くは吊懸谷になっている。・・これは青壮年期の谷の特色であり高山風景の雄深さ示すものである。渓を覆う原生林の美しさ、それは幽遂を極めた針活混淆の喬木林だ]と山岳人の冠次郎は言った。

大杉谷のもう一つの特色は降水量が多く年間四八〇〇ミリに及び屋久島と並ぶ日本一の豪雨地帯である。大杉谷の本流に注ぐ支谷の出会いは殆ど懸谷になっており例外なく落差の大きい滝が存在する。峡谷には静と動が混在して基調は男性的だが女性的なものも伺える。絢爛豪快と華麗さもあり浸食の激しさを物語る。シシ淵は大杉谷の取りつきにあるが、ここら辺にはカシ類など常緑広葉樹を主林木とする低山特有の森林が繁茂。苔むした水成岩の屏風が両岸にそそり立つその上流には滝が幽かに見られて幽玄、幽遂の風流が心にしみる。淵の水は魅惑的な瑠璃色。ここで谷の風と樹林の囀りや水流の奏でるシンフォニーを聞きながら大杉谷の水を汲みコッヘルで沸かしカプチーノコーヒーをつくる。

一服したら岸の断崖や絶壁の上の岩場を慎重に登り続ける。シシ淵から山頂の日出ケ岳一六九五米へ高低差約一三〇〇米である。大杉谷には二〇米クラスの巨石、岩巨が谷に溢れんばかりにゴロゴロして豪快である。谷幅は広くて五〇米程度。この谷には巨岩、岩巨が連続して感動と圧倒を呼ぶ。
高さ三〇〇米の、谷底から見上げるばかりの平等ーの毅然とした威容に敬意。シシ淵を過ぎると絶壁の垣間に見えたニコニコ滝が明るく滔々と流れている。落差一八〇米。谷底からの高度は益々高くなり六〇−七〇米であろうか。振り返ると平等ーが夕日に映えて新緑と苔むした岩壁を際立たせツツジが長く枝を延ばして気品を高めている。鳥の声が聞こえる、ウグイス、ホトトギス。やがて谷間に赤い屋根の桃の木小屋が見え吊り橋を渡り到着。雑魚寝に近く窓から入る皓々とした月光と渓谷の音で三時に目覚める。
朝は六時出発、小屋の裏から途端に急峻の岩場を登る。努めて足下に注意して汗の乾く間が無い。先ず大杉谷最大の見所の七ツ釜滝だ。数百米あろうあの峻烈な山の岩場を越えねば前に進めない。壮大な七ツの壷をかかえた滝に圧倒された。大自然の妙は筆舌に尽くしがたい。節理という岩の割れ目にそって浸食形成された滝壷が連続している様は圧巻である。ここから一時間で光滝、虹が美しい。次々と個性ある滝の変化の妙に痺れる。八時に大杉谷遡行最終滝の堂々たる堂倉滝に着く。ここは海抜七八〇米でここから日出ヶ岳迄一気に登るのだ。急峻であり高低差約一〇〇〇米。山地帯となるとホンシャクナゲなどの低木類やミズナラ林が見られる。土地的極相林としてはモミ、ツガ、コウヤマキ、ヒノキなどの針葉樹林が優先している。ルリビタキの囀りも。日出ヶ岳山頂でラーメンを作り昼食。上半身裸となりシャツ類は木の枝に干して乾くのを待つ。更に約一時間西へ、正木ケ原、牛石ケ原を通り先端を目指す。
大台ヶ原は四半世紀前に比して考えられない程自然が荒
れて退化しており失望した。野性の鹿が多く樹皮を食用としているからであろう。大蛇 は高さ五〇〇米以上の絶壁で人気抜群。上から見る恐怖と感動と神秘。一陣の風で瞬時に霧が晴れて谷向こうの蒸篭ーが見えると感動的歓声があがる。
終日登り続けて終着点に到着、時は午後三時。帰途高度一五〇〇米にある自動車道から見える紀伊半島の背骨山脈、八経ヶ岳、弥山等々の魅惑的山並みは更なる登山意欲を掻き立てる。