玉置神社 和歌山県十津川町
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玉置神社は杉の巨樹群に抱かれ、霊峰 玉置山の九合目、標高1,000mに鎮座。
玉置神社は近年まで陸の孤島と呼ばれていた大峰山系の南端、奈良県吉野郡十津川村の霊峰
玉置山(標高1076.4m)の山頂直下に鎮座。
この地は古来より,熊野の地であって、神武天皇が熊野に上陸した後、八咫烏に先導され大和に入る際、この霊峰玉置山で兵を休め神宝を鎮めて勝利を祈ったと言い伝えられており,熊野信仰の奥之宮として皇族の行幸や宗教指導者、修験者、霊能者が数多く参籠修行した重要な神体山でもある。神武天皇東遷以前から磐座信仰の地として崇められていたと思われ、日本最古の神社説もある。
紀元前、崇神天皇によって王城火防鎮護と悪魔退散のため早玉神を祀り、以来玉置と名づけられました。7世紀後半、役小角(役の行者)が修行、大峰山を開いて修験道の地として栄え修験者の往来、修行が増え神体山・玉置山の名を高めた。
高野山を開いた空海も修行に 訪れたのではないかと言われる。858年には天台宗の三井寺(園城寺)を開いた智証大師が修法加持して本地仏を祭り、以後神仏混合が続き、玉置神社には最大で2〜300人前後の神官や僧侶が修行していた。
明治時代に入り廃仏稀釈が行われ十津川村の郷社となりました。創建以来江戸時代の元禄年間までの十数回の造営修復は全て国費で賄われた由緒ある古社、現在は神社本庁が包括する宗教法人玉置神社。