善通寺本山ー香川県善通寺市

弘法大師ご生誕の寺として名高いが金毘羅さんには幾度かお参りしたのに不思議とご縁が無かった。石鎚山登山の前日、私の気持ちを覚えてくれていた心友が車で運んでくれた。在り難いことであった。こじんまりとした境内だが、弘法大師の頃からの樹齢千年近い楠の大木が祭られていた。私は大樹を好む。平成15年10月20日


空海(弘法大師)の誕生の地。
空海自身の遺談をもとにした『御遺告(ごゆいこう)』の第一条に書かれいる。「わが父は佐伯氏にして、讃岐国多度郡の人なり。むかし敵毛を征し、班土を被れり」とある。東国の毛人の征伐に功をなし、讃岐の土地を貰った家系で、華やかな豪族であったらしい。空海は18の時、国の役人になるために当時の都である奈良の大学にはいる。そこを卒業すれば
多少なりとも官史として栄達が望めなくはなかったが、もとより習う国学は、彼が求めて止まなかった
大宇宙への求道の理解には何の役にも立たなかった。そして、19歳の時に、大学を止め、四国の険しい山野に身を投じて、密教の道を求めたのであった。やがて、飛鳥の久米寺に求める経・大日経があることを知り、大日経、華厳経を読破するが、最後の「仏陀との交感」のことが理解できずにいた。
時は唐に天台宗祖最澄を遣唐使として赴かせる時に、一介の学僧として同じ船団に乗る。45日間、東シナ海を漂い、苦労して長安に入った。2年経て、唐より帰り、真言宗を開くことになる。善通寺は真言宗の三大本山にひとつである。札所としては第七十五番だが西院(御影堂)と東院(薬師堂、五重塔)とがあり、大きな寺だ。