タンゴとブロッコリー

                                        森本  担子

 秋草のざわめきが満ちていた。

 透明な外気を分けるように芒穗がなびいて、そこだけ霊的な雰囲気が漂っている。菜穂はいま、過ぎ去ったひと夏の出来事を、確かなこととして頭の中で思い巡らせていた。

 

 菜穂は生後一年半で母と死別、父とは小学校六年生のときに、父が再婚したため生き別れした。菜穂は父の再婚に素直になれず、父方の祖母に育てられて成長した。

 十数年前に祖母が亡くなって以来、一人で社会の中で生きてきた。スーパーマーケットで経理を任されて、遮二無二働いているうちに、二十二年の歳月が流れて、菜穂は人並みの結婚もしないまま、三十九歳になっていた。

 

 菜穂が岡山に住む野沢義人と付き合い始めたのは、祖母が亡くなってから、一人でアパートに移って半年ほど過ぎた頃だった。

 義人には岡山に家庭があり、妻と、二人の子どもの父親でもあった。商用のため、月に二、三回程度菜穂の勤めている会社に出入りする営業マンであった。

 ある日、集金に来社した野沢に小切手を渡し、領収書を受け取るのを忘れてしまった。退勤時間まぎはに思い出した菜穂は、時間をのばして野沢が行きそうな場所へ次々と電話をしていた。

 いくつもの商店に連絡をしたが、どこも行き違いになり野沢とは話ができず

夜になり、菜穂は心細さとうっかりした自分に悔しさがわき、ひとりだけ残っている広いオフィスを見渡して涙が出てきそうになっていた。

 そのとき、事務所のドアのあたりで音がしたと思うと、野沢が飛び込むようにして入ってきた。

「忘れ物でした。重要なことを忘れて、ほんとうに申し訳ありません。領収書を探していたのでしょう」

 と野沢は泣きそうな表情の菜穂を見て気の毒そうに言った。

 菜穂はその言葉にほっとして、思わず涙が溢れてしまった。

 領収書を受け取り、ファイルに閉じこんでいる様子を見ている野沢は、立ち去ろうとはせず、

「遅くなってしまってほんとうにすみません。送っていきましょう」

 と言った。

 菜穂は、秋という季節と今日の出来事ですっかり落ち込んでいたこともあり、

「ありがとうございます」

 と、救われた思いで応えた。

 野沢の車はグレーのスカイラインで乗り心地が良さそうな車だった。

 菜穂ははじめ、助手席に乗ることを躊躇ったが、道順を告げなければと思い野沢の隣に座り込んだ。

 野沢はべつに話しかけることも無く、ただ道順だけを質問して菜穂のアパートまできた。

「遅くなっているのに、送っていただいて有難うございます。これから岡山に帰るのですか」

 という菜穂に

「ええ、だいじょうぶ慣れていますから。まだ早い方ですよ」

 と笑顔で言って車を発進させた。

 小さくクラクションを鳴らして出て行く野沢の車のテールランプが菜穂の目にはにじんで見えた゚

 ワンルームのアパートに戻り明かりをつけた。誰もいない部屋の中を見渡したとき、菜穂はこれまでに感じることがなかった寂しさを感じた。

 部屋の中は今朝出て行ったままである。朝食に使った食器は洗い上げてある。

ベッドの横にある小さな食卓にはコスモスが二輪、細い花瓶から長い茎を出して揺れている。

 食卓の前に置かれた座布団は一枚だけで、真ん中が少しへこんだままだ。その後に小さなラブチェアーを置いている。形が気に入って買ってきたばかりのもので、そこには何も置かれてはいない。縫いぐるみとか、可愛いクッションとかを置く趣味はない。

 菜穂は家族がなかった。祖母と二人きりの暮らしを今まで続けてきたのだ。自分の周りの世界はあまりにも狭かった。

 今日までは気づくこともなかった寂しさが、きゅぅにわいてきて、それは恐怖のような寂しさとなっておそってきた。

 さっき、野沢と車の中で三十分ほど一緒だったというだけで、菜穂は父親を思い出していた。小学校六年生まで父親と暮らしていたのだ。たくさんの思い出があった。父の体臭や体温を野沢によって思い出してしまった。

「おばあちゃん、淋しいわ。あたし、いつまで一人でいるの。このまま一人きりで年をとっていくのかしら。ねえ、助けて、おばあちゃん」

 菜穂は祖母の写真を手にとって語りかけた。涙が頬を滑り落ちた。

 

 それからも野沢は定期的に来社した。菜穂は社長や係りの社員と商談している彼にお茶を出し、自席で仕事をしながら彼の様子を観察した。

 菜穂は次第に野沢義人に惹かれていく自分を感じていた。

 ある日、ちょうど昼前に来社した野沢に、商談が終わるころを見計らって菜穂は声をかけた。

「前から思っていたのですが、タイミングが悪くて。すみません、この前送っていただいたお礼もできなくて。もし、よかったら今日これからランチに出ませんか。近くにおいしいキッチンがあるのです。ご馳走させてください」

 菜穂の言葉に驚いた様子であったが野沢は菜穂の気持ちを察したように、

「あんなことなんでもないんです。僕が悪かったのですから。でも、せっかくですから、一緒にランチをしましょう」

 と気軽に応えた。

‘岡山はやはり都会だ。この鳥取の男ならこうではないなあ゛

 などと考えながら外へ出た。

 会社から歩いていけるところにキッチンというレストランがあった。バイキング方式で好きなものを取って食べるのだが、和洋中食が揃っていて味も良い。

菜穂は昼食はだいたいこの店でとっていた。朝食がトーストと紅茶だけなので昼は少し栄養をつけるのだ。菜穂はおふくろの味を知らない。だからおばあちゃんの味で、ほとんどが甘辛の醤油味が好きなのだ。

「どうですか。ここの味は野沢さん好みでしょうか」

「ええ、まあ。僕はあまり味には拘らないですよ。なんでも食べます」

「お仕事ではこの鳥取県だけでなく他にもいらっしゃるのでしょう」

「行きますねえ。だいたいは山陰ですが、山口、広島は担当ですからね」

「そんなに広いのですか。外国は行かないでしょう」

「仕事ではね。でも、ときどき仕事まがいのことで行きますよ」

 その日はそんな会話で終わった。

 だが、それから数日後に野沢から誘いの電話が入った。

「お礼のお礼というのもおかしいですが。実は時間が空いたのです。今夜はこちら泊とまりとなりますので」

 六時に会う約束ができた。

 菜穂はこの日、仕事が残ってはたいへんと、昼休みもとらず仕事を片付けていた。だが、

「きょう、少し残業してもらえませんかね。急ぎの書類を作って欲しいのですが」

 と営業の担当から声がかかった。営業が使う書類は別の担当がいるのだが、パソコンが使える菜穂を安易に利用する者もいたのだ。

「だめなんです。今日は約束があって。ごめんなさい」

 これまで、仕事を断るなどということがめったになかった菜穂なので、部屋にいたものが数人菜穂の方を見た。

「あら、野沢さんとデイトなんですか」

 とひやかす声も聞こえたが菜穂は黙ったまま部屋を出た。

 その日野沢は駅に近いホテルに宿をして、近くの居酒屋に菜穂を誘った。

 店内は勤めを終えた者たちが家路に着く前に虫押さえのいっぷくをするような感じでやはり男性の客が多かった。

 つまみといっても家庭で出す料理と変わりなく、さんまの焼いたものや肉じゃがなどもあった。

「やはり普通の家庭料理が好きなのですね。外で食べる方が多いのでしょう」

 菜穂は野沢が何歳でどんな暮らしをしているのか、妻がいるのか子があるのか。両親と暮らしているのか、色々尋ねたいと思ったがやはりできなかった。

「楽しい話がありますか」

 野沢が意表をつくように言った。突然の質問に菜穂は答えが見つからないようで黙っていた。

「僕は仕事がうまくいかなくてね。以前と違って商売も難しい」

 呟くように言う野沢に、ようやく意味が分かった菜穂は、

「みんなそうですね。でも、良くなる時もありますよ」

 と慰めるように言った。

 しばらく二人は黙って飲んでいたが、いざとなってみれば男とする話の話題は難しいことが分かった。菜穂はあまり話題を持たない方だ。知識は持っているのだが相手に問われないと自分からは話せない。場違いなことを話してしまうようで不安なのだ。

「あまり遅くならないうちに帰った方がいいですよ。車を頼みますから乗って帰ってください。僕はもう少しここにいますから」

 話題もなく食べていることに気まずくなったのか野沢はそう言ってタクシーを頼みに席を立った。カラオケがある店にでも行けば良かったと思いながら言い出すことも気がひけて、菜穂は言われるとおりに外に出た。

「ごめんね、追い返すようで。また会いましょう」

 という野沢の言葉が強大きな慰めとなって菜穂は素直な気持ちでアパートに戻った。

 

 ふたりきりで会いはじめて三回目のある日。野沢は自分が三十八歳で、妻と二人のこどもがあることを打ち明けた。

 菜穂はだいたい予想していたとおりであったので、驚くことはなかった。むしろ普通の男性であることに安堵の気持ちであった。

 ただ、野沢に好意を持ち始めている自分を考えると、これからどう対応すべきか、少し悩みになることは確かなことだと思った。

「今のあなたを見て独身だとは考えないわ。仕事をばりばりしているのですもの。こどもさんがいることも想像していたわ。でも、鳥取に来たときだけはふたりで過ごしもいいでしょう。あなたのあいている時間だけでいいわ」

「それは、僕がいうことですよ。この頃、あなたがいると思うと、鳥取にくるのはとても楽しみで仕事もうまくいくのです。他の県より仕事に元気がでるのですよ」

「ほんとうですか。うれしいわ」

 

 それ以来二人は互いの仕事に無理のない程度につきあいを続けて言った。

 野沢が來鳥する日は、会社で会う前に一時間ほどモーニングをしながらおしゃべりをしたり、菜穂が休暇をとり、野沢の仕事についてまわったりした。米子や松江の仕事にはドライブ気分で付いて行った。

 駅前にある花時計のそばの公衆電話ボックスの陰で、野沢の車を待つことが、菜穂の数少ない喜びのひとときだった。

 赤いサルビアの花が炎天に燃えるような夏の日、小さなスプレー菊がカラフルで綺麗だった秋の日、正月前の葉牡丹の風格を感じる冬の一日、そしてパンジーの薄い花びらが名のみの春に揺れていた日、と十数年の季節の巡りを花時計で感じながら、菜穂は十三歳年上の彼を愛していた。

 小学校の頃の優しかった父の面影を野沢に重ねながら、菜穂の愛は大人の愛情へと育っていった。

 だが、菜穂の愛が大きく育ってしまってからも、野沢の愛は冷静であった。どんなに逢いたいと願っても彼は商用が無いときには来鳥することもなく、岡山に誘うこともなかった。

 菜穂は逢いたくてあいたくて、一人寝の寂しさをどうすることもできず、一晩中一睡もせずに夜が明ける日が続いた。

 受話器の前で、押しかけたダイヤルを見つめて押し切れず、美しく賢い妻の姿を想像してその場を離れることもあった。

 野沢は自分の妻について話すことをさけていて、彼の口から妻の姿を想像することはできないが、菜穂はかってに、自分より美しく賢い妻と決めていた。そんな妻が電話口にでてきたらと思うと、電話をかける元気もなかった。

 野沢は仕事が終わると、出来る限り菜穂と過ごした。県境にある漁火ラインをドライブしたり、河合谷高原の雄大な自然の中、海中に突き出た長尾鼻灯台で風の音を聞いたり、湯村温泉の土産物屋の店先で、土鈴の響きに二人で耳を寄せ合った。城原海岸では岩場の陰でしっかりと抱き合い、永遠に離れることはないのだと互いに心の中で誓い合った筈だ。

 十数年の二人の思い出は、菜穂の肌に馴染んだ彼の体臭とともにそだっていった。菜穂は彼から受ける愛を信じ、菜穂もひたむきに彼を愛し幸せな日々を送っていた。肉親との縁に薄かった菜穂は、野沢に強く抱かれるとき、この男

は私の命なんだとさえ考えるようになっていた。

 

 あの日は山陰特有の灰色の空から雪が舞うように降っていた朝だった。花時計のパンジーが春の雪に震え、公衆電話ボックスの青白い光が、まだ明けきらぬ駅前の白い靄に包まれていた。

 なんとなくその日はぼんやりとした気持ちのまま立っていた菜穂の横に一台の車が音も無くすべるようにして止まった。

 止まった車の中には野沢の横顔があり、フロントガラスを見つめたままハンドルを握っている。

「どうしたの」

 菜穂が声をかけても、彼は黙ったまま車から降りてきた。そのまま菜穂をうながして花時計の淵に腰を下ろした。

「家内が、亡くなった・・・」

 彼はそれだけ言うと顔を伏せた。

「ほんとう・・・?」

 菜穂は信じられない思いで野沢の顔を見た。これまでに、妻が病気だとか、怪我をしたとか聞いたことがない。

「葬式を済ませてきた。僕も信じられない思いだが・・・」

 菜穂は複雑な気持ちであった。野沢の気持ちよりその妻のことより、妻の死がどういう意味を持つようになるのかということが頭の隅をよぎった。

「一年前から肺水腫の治療をしていたのだ、急に呼吸困難になり亡くなった。僕がいたときであったのがせめてもの救いだ」

 彼はまだ本当のこととは思えないように、遠くを見つめる目で言った。

「今日は一ヵ所だけどうしても訪問しなければならない商店があるのだ。それが済みしだいアパートに行くから」

 というと、寒そうに肩をすぼめて車に乗ってしまった。

 冷たい朝、冷えた心で菜穂は花時計の短針を見つめていた。

「終わりになるのかもしれない」という思いがどうしてこんなにはっきりしているのか、菜穂にも分からなかったが、野沢の今朝の別れ方を考えるとそんな風にしか思えなかった。

 なんとも重い心のまま勤務していることが辛くなった菜穂は早退をして午後アパートに戻った。

 野沢はすでに部屋にいて、

「お帰り、はやかったな」

 と炬燵に入ったまま顔を向けて言った。その表情は今朝のものとは違い、かなり落ち着いた感じがした。

「鳥取の営業販路を他の社員に替わってもらった。もうこちらにはこられないと思う。菜穂と別れることにも心を決めようと思う」

 と言う彼の表情は淡々としているが、菜穂を見つめる目は菜穂の反応を気づかっているようだった。

「あなたがそう決心したのなら仕方がないわね。私も今朝、奥さんの死を聞いたときそんなことになるのではないかって思ってた」

 菜穂は下を向いたままで言った。

「でも、ほんとは、ほんとは私ひとりのものになるかもって、思わなかったことではないわ」

 自分でも思いがけないほど、強い口調で言うと、菜穂は野沢の目をじっと見た。もちろん、その瞳からは涙が溢れ、野沢の表情を読み取ることはできなかった。

「家内が亡くなってから、いつも身の回りに家内の姿がある感じがして仕方がない。子供二人も今一番大事な年齢だし、家を留守にしないようにしたい。県外営業を替わったのもそのためだ」

 彼の顔には苦渋の表情があった。

「菜穂のことは今でも好きだ。仕事のためだが、鳥取に来る楽しみは菜穂に逢えることだった」

 いまさら言って欲しくない言葉だった。別れが辛くなる。菜穂は思いながら流れて止まらない涙をそのままに、唇をかみ締めていた。

「菜穂のことは忘れない」

 彼は突然そう言うと菜穂を強く抱きしめた。菜穂は彼の確かな鼓動を聞きながら、別れたくないと激しく思っていた。しかし彼は菜穂の体を胸から離して、

それ以上体を求めることもなく、静かに立ち去っていった。

 

 菜穂は十六年間勤めた会社を退職した。人を愛することの意味、そして何より、生きていくことの意味に疑問を感じて、仕事をする意欲も失ってしまった。

 どこか遠くに行って、人里離れたところでひっそりと暮らしたいと思い、野沢との思い出多いアパートを引き払った。

 千代河原の土手の下にある小さな一軒屋に移ったのは、四月に入って間もない春たけなわの頃だった。土手の上を入学したばかりの新一年生達が、リュックを背負って楽しそうに遠足している様子が窓からよく見える。その列に光があたり、菜穂はまるで銀河のような列をまぶしく眺めていた。

 そしてふと思った。そうだ、一年生になろう。四十歳になる前に、もう一度人と触れ合ってみよう。

 菜穂は銀河のような子供たちの列を見て、生きる力を得たのだった。

 それからしばらくして、菜穂は駅前の繁華街を歩いていて「ダンススタジオ・カトレア」という看板をみた。

 そこはビルの三階にあるようだ。看板を見上げていた菜穂は急にスタジオをのぞいてみたくなった。

 菜穂はビルに近づき、三階をめざして上り始めた。一段一段ゆっくりと上って行き「カトレア」という文字が書かれたドアーを開いた。

「いらっしゃい。どうぞ。どなたでもよろしいのですよ。どうぞ、お入りください」

 愛想の良い声がして、一人の女性がカウンターから出てきて菜穂の前にスリッパを揃えた。

 なんとなく気が引けてためらっていた菜穂も、女性の積極的な応対に、引き込まれるように出されたスリッパを履いた。

「踊ってみる?」

 その女性はこのスタジオの教師のようで、優しく言うと、カウンターの後からダンスシューズを出して菜穂の足元に置いた。

「サイズは合うかしら」

 と女性は言ったが、菜穂が履いて見るとぴったりだった。

「まるであなたのシューズみたいね」

 ふたたび優しく言うと女性は靴を履き終わって、まだ荷物を持ったままの菜穂を軽く引き寄せるとブルースのステップを踏んだ。

 菜穂はバッグを手の先に持ったままその女性のステップに合わせてブルースを踊った。手の先で揺れているバッグのことなど忘れていた。

「習ったことあるの?」

 また、優しく聞いた。

「はい。少しだけ」

「なら、入りなさいよ。楽しいわよ」

 菜穂は会社勤めを始めた頃、少しだけダンス教室に通ったことがあった。仕事が忙しくなって止めてしまったが、今もあの時のステップを忘れていない自分が嬉しかった。

「はい、お願いします。明日からでも通います」

 菜穂は、その女性がこのスタジオの教師の一人であることが分かり、さっそく入会した。

 入会手続きが終わると、その教師が続けて相手になって踊った。

「軽いのねえ。まるで相手がいるって感じないわ」

 それは、ブルースとワルツだけなのだが、菜穂が習ったころそれだけに限って習ったからだった。たいていのステップなら踏めるのだ。

 音楽に乗って体を動かす躍動感に心の翳りが薄らぐ思いがして、菜穂は毎日スタジオに通いつめた。

「カトレア」に通ってくる人々は、男性も女性も、さまざまな人生を越えてきた人達で、菜穂は自然に溶け込んでいった。

 菜穂はこのスタジオでタンゴを練習したかった。若い頃にダンスを習った頃はタンゴにまでいかずに止めてしまっていた。だが、そのころからタンゴの曲は大好きだった。

 就職して間もない頃、アルフレッドハウゼ楽団の「タンゴ名曲集」のLPを買ったことがあった。アルゼンチンのブェノスアイレス地方の民族音楽が源流と言われるタンゴのバンドネオンの響きに、菜穂は胸を圧倒されるような感動を覚えたものだった。

 ある日、ダンスを終えて無意識のうちに花時計の前に立っていた。野沢のことを思い出し、胸が疼くような一瞬を感じてみたかったのかもしれない。彼が別れようと言ったとき、「あっ、冗談、冗談だよ」と言って、肩をだき寄せてくれることを期待したが、現実は冷たいものだった。それでも彼を求めている自分を知ったとき、菜穂は花時計の短針を見つめて泣いた。

 菜穂は街はずれにある静かな畑の中の小さな家から、毎日バスで「カトレア」に通った。過去の恋に引きずられている菜穂の心が、ブルースやジルバを踊ったり、タンゴの曲を聞くことで少しずつ立ち直って心が明るくなっていた。

「カトレア」に通い始め二ヶ月が過ぎようとしていたある日、「カトレア」の窓から表通りを見ていた菜穂の目が、横断歩道を渡ってこちらに近づいてくるひとりの男に止まった。

 農林専門学校に通う学生の道田孝という男だった。孝は、秋の文化祭にダンスパーティをするので、それまでにうまく踊れるようになりたいのだと言って十日ほど前から「カトレア」でジルバをおもに習っていた。

 菜穂と同じで、毎日休むことなく通うので、たまには菜穂が相手になって踊ることもあった。

 その彼が歩いてくる姿を見たとき、若い頃、出合ったばかりの野沢の姿を重ねてしまった。

 孝と付き合いたい。一度お茶を飲むだけでもいい、と思った。

 孝はいつも、タンゴの曲がかかると、自分は踊れないので、足で床をたたいて調子をとり、フロアで踊る人達を嬉しそうに見ていた。

「タンゴが好きみたいね」

「好きです」

 菜穂が声をかけたとき、孝はそっけなく答えた。

 数日後、ダンスの後菜穂は最近よくいく喫茶店「リメンバー」に寄った。

 この店ではタンゴの曲がよくかかっていた。偶然入った店だったがダンス曲が多いのでたびたび寄り道をするようになっていた。

 菜穂が店に入って、いつもの席が空いているのを確かめ、進もうとしたとき、

ふと目を落としたところに孝がいた。菜穂はいつもの席にいかずに

「ここ、座っていいかしら」

 と言った。

「どうぞ」

 孝は本を読んでいた。いきなりの声に菜穂を見上げた目は意外に大きな瞳で優しさをたたえていた。

「おばさんもタンゴが好きなんですか」

 孝の言葉は自然であった。当然の言葉だが菜穂は「おばさん」と呼びかけられたことにびっくりした。

「そうね、おばさんだわね。でも、嫌だわ。ねえ、菜穂って名があるの、「菜穂さん」とか呼んでくれないかな。あなたとお友達になれないかな」

 菜穂は小さな抵抗をさりげなく言った。孝はそれに頷いて言った。

「タンゴには、向こう脛を蹴飛ばすような強い響きがあるでしょう。僕はそれが好きなんです。移民のもつ望郷の念や挫折から生まれる怒り悲しみがタンゴの曲にはいっぱい詰まっている」

 孝はいっきに話し始めた。彼も話し相手を探していたのかもしれない。

「同じタンゴでも「ジーラ・ジーラ」や「ラ・クンパルシータ」のような懐古趣味を満足させるだけではつまらない。僕は「アストル・ピアソラ」の「ロコへのバラード」が好きですネ。あれは現代の狂気を歌っている。闘いを感じるタンゴがいい」

 と話は止まらない。疲れたのか、前に置かれたグラスを持ち上げ、透明な気泡にゆれるレモンスカッシュをストローで吸い上げた。

 純粋な感覚を持つ若者の気を間近に感じて、菜穂は圧倒されていた。

 その日の思い出は、レモンスカッシュに浮いていたチェリーの朱色が残像となり爽やかな甘いものとなった。

 

 五月に入ると陽ざしが急に夏めいて、まわりに家並みのない菜穂の家は太陽の強い光をまともに受けた。ついこの間のように思える野沢との別れから三ヶ月がたった。あのとき、花時計の花はパンジーで、春の雪に震えていた。今は赤いサルビアに変わっていることだろう。まだ野沢との思い出を捨てかねている菜穂は、そんなことを考えながら土手を上っていた。夏草が伸び、木々の若葉の間を翔け抜ける風が緑の匂いを運んでくる。

 菜穂は「カトレア」に行くために国道に出てバスに乗った。

 車窓から見る家のまわりの田園風景が、穏やかなさわやかさに包まれていて、菜穂はここに住み始めたことをほんとに良かったと思った。

 バスに揺られながら孝のことを考えた。きょうも来ているだろう。「リメンバー」でタンゴについて熱っぽく語る姿に、若々しい男性のさわやかな雰囲気を感じて菜穂は好感をもち、いつか孝の姿を見ることが楽しみになっていた。

 菜穂の視界から野沢が消えて、ポッカリ空いた大きな穴に、孝の姿は、ジグゾーパズルのひとつひとつのピースをはめこむように菜穂の心を埋めていった。

 

 ビルの三階にある「カトレア」までの階段を一段一段と上っていくのが今日は辛い。足が重く、体もなんとなく力がはいらない。珍しく暗い気持ちでドアーを開けた。

 ドアーを開けながら素早く孝の姿を探すのはいつもと同じだった。

 思いがけず孝の目と目が合った。他には誰もいなかったのだ。

「今日は土曜日で、僕は休みだし、早く来たらまだ誰もいなくて、僕が一番だった」

 と言いながら孝が近づいてきた。

 そのとき、ドアーが開いて数人の会員が賑やかに入ってきた。二人はそれとなく離れ、フロアーはみるまにいっぱいになり、菜穂は孝と話すチャンスを失った。孝はまだ個人レッスンの段階で、自分からレディを誘うわけにはいかないのだ。先生クラスの会員が相手になることはあったが、菜穂にはまだできないことだった。

 少し頭痛がして気分が乗らず、菜穂は途中で「カトレア」を出た。体の調子が良くないときは、強い寂寥感に襲われる。その孤独感は涙さえ出てはこない。

 菜穂は花時計の所に行った。今すぐにでも岡山の彼のところへ行きたい。あのとき、意地を張って簡単に別れに応じたことを後悔した。

 このまま列車に飛び乗りたいという思いを抑えて、菜穂は「リメンバー」に行った。

 孝がいることを予想したわけではなかった。ただ寂しすぎて、このまま家に戻る気がしなかったのだ。だがそこに孝がいた。

 数人のダンス仲間と一緒だった。

「今日は早く出たでしょう。どうしたのかなって心配していたんだ。何か用事があったんだね。でも、顔色が良くないようだよ」

 仲間から離れて近づいてきた孝は言った。

「ダンスにも真剣というわけでもなく、いつも寂しそうな顔しているんだね。そこがおばさんの魅力でもあるけれど」

 孝の遠慮ない言葉に菜穂は苦笑しながら、自分をのぞきこんで見ている孝の瞳に十九歳の輝きを感じた。

 店内に流れる曲がタンゴになった。孝の目が菜穂の瞳に大きく見開いて映った。二人の目が頷きあう。

「古いけど。僕の好きな曲だよ」

「碧空」という名曲だった。バンドネオンのダイナミズムな響きと、エレガンスさを巧みに融合させた拍動のあるこの曲は菜穂も大好きだった。

 

 だが、この日以来菜穂は「カトレア」に行けなくなった。

 体調をくずしてしまったのだ。孝と「碧空」を聞いて戻った翌朝だった。激しい目まいに襲われた。天井が大きく回り、体が沈みこんでいくようだった。起きようにも、頭が枕から離れない。目を閉じてただ体がばらばらになっていく感覚に耐えていた。

 起きれば辛い吐き気に、ただ、洗面所に葛折れていた。少し落ち着き寝たり起きたりして数日を過ごしていた。たった一人で暮らすということは、こういう風に生きるしかないのかと、悲しくて叫びだしそうな思いをしていた。

 そんなある日、河原からそよいできた夏めく風と共に、突然孝が菜穂の住む小さなこの家にやってきたのだった。

「こんにちは」

 いきなり声をかけられた菜穂は驚きで言葉が出なかった。

「そんなにびっくりしないで。僕の学校はこの川の向こうにあるのです。昨日自転車でここの土手を走っていたら、おばさんの姿を見たのです。ここにいたのですねえ」

 菜穂は昨日数日ぶりに外に出たのだ。そのとき彼が通りかかったのだろう。

「そう、あの向こう側にある学校がそうだったの」

 菜穂は喜びがこみあげてきて、急に元気がでた。縁があるのだ。久し振りに外に出た、そのひとときに孝が通りかかり菜穂の姿を見つけたのだ。偶然とは運命のことなのだと思った。

「ここは良いところです。僕はここが好きだったのですよ。この川にそって建っている家並みが太陽の光で銀色に輝くのです。そのときまるでエーゲ海の町に見えるのです。青い海と白い家並み。美しいながめです」

 菜穂は目を輝かせて言葉を続ける孝を見て、「カトレア」や「リメンバー」では分からなかった孝のもう一つの面を見た思いで、それもまた素敵に思えて、

「よかったら上がらない。コーヒーをいれるわ」

 と誘った。

 孝は、嫁にいった姉の家にでもあがるように素直に靴を脱いだ。

「ギリシャって、行ったことありますか。僕はたった一度だけ外国に行ったのです。そこがギらリシャでした。エーゲ海ってそんなに青くないのですよ。でも美しい色なんです」

「私は、どこにも行ったことはないのよ。この地から出たこともないわ」

「でも、ダンスや音楽が好きでしょう。ダンスも音楽もルーツは外国ですよ。

外国へ行って見たいと思いませんか」

 青年の夢の話だった。菜穂は孝の口元をまぶしいと思った。

「明日も来ていいですか。僕、明日から夏休みなんです。学校にこなくなったらこの景色を楽しめないから」

 突然孝は話を変えた。

「ええ、いいですとも。ゆっくりここで楽しんでちょうだい」

 菜穂はうれしくなった。最近の寂しい毎日が生まれ変わるのだ。

 孝は一時間ばかりいて帰っていった。自転車を押しながら土手を上がると、発車の合図のようにチリーンと一つベルを鳴らし、元気よくサドルにまたがり走っていった。

 翌日孝はナイロン袋を下げてやってきた。

「おっはよう!」

 勢いよく孝は自転車からおりると窓にまわって顔を見せた。

「ほんとに来たのね。いらっしゃい」

 半信半疑で孝の言葉を聞いていた菜穂は、喜びを隠しきれず大きな声で言った。孝はそんな菜穂の顔をいたずらっぽい目で見つめながら、ナイロン袋から中のものを取り出している。

「こんなに広い庭があるのだもの、野菜を作ろうよ。少し遅いのだけれども、ブロッコリーを育ててみよう」

 孝が持ってきたものは、ブロッコリーの苗だったのだ。

「学校の菜園で色々作っているんです。年に一度の農業祭には店を開いて地元の人達に売っているんですよ。安くて新鮮だと、評判が良くて一時間で売れてしまいます」

 と言いながら孝は手際よく畝をつくり、ブロッコリーを植えていく。見ているだけで心が安らいでくる。

「種子でも苗でも撒いたり植えたりした後は必ず水をたっぷり与えて土を締めることが大事なんだよ」

 孝は菜穂に聞かせるように言いながら、バケツの水をたっぷり苗の根元にかけた。

「さあ終わった。今度はダンスをしようよ」

 手を洗っていた孝が突然言った。

「まあ、あきれた。少し休みましょうよ。コーヒーにしましょう」

 菜穂は若いエネルギーに苦笑しながら孝を部屋にいれ、作っておいたアイスコーヒーを出した。

「ああ、おいしい。ごちそうさまでした」

 汗をぬぐった陽に焼けた額にしわを作って孝は菜穂を見た。菜穂は可愛いと思った。なんて可愛いのだろう。少年のようだ。弟のいない菜穂にとって二十歳も年下の男性を間近に見ることはない。こんな子と暮らしていたらどんなに楽しくやすらぐことだろうと思った。

 菜穂がぼんやりしていたのか、急に音楽が聞こえた。しかも賑やかなジルバの曲である。

「ああびっくりした。どうしたの」

「これ、持ってきたんだ」

 孝はラジカセを持ってきていたのだ。そこからジルバの曲が流れていた。

「ねえ、踊ろう。はやく、菜穂さん、こっちへ来て」

 菜穂の手を取り、孝はステップを踏み始めた。なかなか上達している。

「夏休みが終わればすぐ文化祭なんだ。ぐずぐずしていられないんだ」

「大丈夫。とてもうまくなっているわ」

 孝のステップはかなり種類が多い。

「上達したじゃないの。立派なものだわ」

 話しながら踊るのも息が切れる。孝の早いステップにはついていけないようだ。やはり年の差があることを実感した。

「さあ、休みましょう。お昼の仕度をするわね。ダンスをしていると何もかも忘れて楽しいけれど。力がなくなっちゃった。もう、「カトレア」には行かないわよ。何をする気にもなれないでいたの」

 昨日までの自分を思い出すと、また涙がこみあげてくる。

「僕は花を育てたり、野菜を作ったりして、土と親しむことが好きなんだ。家でも、母と自給自足で自然のものを食べているんだ。秋の文化祭にはダンスパーティのあと、野菜をたっぷり使ってバーべキューでもしようと思っているのだけれど、菜穂さんが手伝いに来てくれるとうれしいなあ」

 孝は菜穂を励ますように言葉を選んでいる。菜穂の悲しみを感じているのだ。

 

 から梅雨といわれるほど雨の少なかった梅雨期も過ぎて、よく伸びきった夏草の匂いが家の中まで入ってくる本格的な夏がきた。

「夏休みをここで過ごさせてください。母にだけここにいることを言ってきました。緑がいっぱいと、海の見える友達の家だからと言うと母は賛成してくれて、米と梅干と野菜を持たせてくれました。学校に近いのもいい。時々学校の菜園に水をやりに行けるし、よろしくお願いします」

 と孝が大きくふくらんだリュックを背負って玄関に立ったのはその翌日のことだった。

 リュックの中から

「これは朝鮮あさがおの種子で、赤くて可愛い小さな花が咲きます。これはコスモス」

 などと言いながら黒い粒の種子やコスモスの苗を取り出した。

 夜になると、降るような星空の下で、二人はブルースを踊った。孝は楽しそうだった。愛をなくし、夢も消えて、頑なだった菜穂の心は、いつも前向きで夢を持ち続けている孝の心に触れて、少しづつやわらいでいった。

 昼間はブロッコリーを育てたり、ラジカセから流れるタンゴの曲やアップテンポのジルバの曲を、木陰に寝転んで聴いたりして過ごした。

 青い月の光が流れて、まわりの草原や川面が銀色に染まるとき、菜穂は二つある部屋の窓を開け放して、大きな突き切子硝子のような夏の星座を見上げながら、畳の上で二人はダンスをした。

 あるときは、腰高な出窓を越えて庭に降り、土手を駆け上って夜の河原に寝転ぶ孝に、菜穂はブロッコリーの妖精を感じ、菜穂を励まし力付けてくれる月のしずくのようにも感じた。

 

 道田孝という学生との夢のような生活が始まって幾日かが過ぎた頃、孝の母親から電話がかかった。

「トマトやきうりがよく熟れたから、一度取りに帰ってくるようにだって」

 孝はそう言って、Tシャツ短パン姿で出て行った。

「きっとすぐに戻ってね。気をつけて行ってね」

 心にかかるものがあった。トマトなんかどうでもいい、なぜか、止めなければ、と心にかかった。

 土手の上から手を振り孝は元気よく菜穂の視界から消えて行った。

 その日孝は戻らなかった。菜穂は一睡もせずに孝を待ち続けた。翌朝、嫌な予感と諦めのような感情が菜穂を襲った。

 菜穂はいつも孝が飛び越えて出る出窓の隅に野の花を置いた。

 むこう岸の家並みに太陽が沈みかけ、種火のようになったとき、菜穂の胸がその火を受けたように熱くなった。突然、孝の胸の動悸が菜穂の胸につたわってきた。ジルバのあとにブルースを踊ったときのように。

 孝の身に何かが起こった。

 菜穂はいたたまれずに立ち上がった。そのとき、電話がなった。

 孝だ。菜穂は受話器に飛びついた。

「さあ、今から曲を流すよ。踊ろう。ブルースだから僕にぴったりとくっついてね。スロースロー、そうそう、クイック、クイック。踊っているだろう」

 受話器の向こうで孝が踏むステップの音が聞こえる。

「明日はきっと行くからね。ブロッコリーや花に水をあげてね。朝日が差してからでは水がレンズになって、葉が焼けてしまうんだよ。早朝か夜にしてね」

 そこで少しとぎれた。

「一度しかない人生だよ。楽しく元気に、前向きにね」

 そこで声が途絶えた。

 受話器の向こうの一方的な話に菜穂は不満が残ったが、明日は戻ってくるという言葉を信じて、ぼんやりと待った。

 翌日、ついに帰ることのなかった孝から、夜になって電話がかかった。

「いまから行くからね」

 と言って電話は切れたが、ふと気配を感じて振り返ると、孝はもう隣の部屋に入ってきて菜穂に優しい目を向け、両手を広げて菜穂を迎えた。

 その手に触れたとき、菜穂はびっくりするほど冷たい手に

「つめたいわ。どうしたの」

 と声をかけたが答えはなかった。ただ誘われまま菜穂は孝の胸に頬を押し当て「さらばブェノスアイレス」を踊った。

「さらばって言葉、寂しい」

 呟く菜穂に

「夏休みって、長くは続かないんだよ」

 と孝は応えた。

「ダンスはうまくなれなかったけど。ブロッコリーや花を育てたし。楽しかったよ。ありがとう。明るい未来はきっとあるんだよ」

 と言いながら孝は菜穂の肩に両手を置くと、そっと顔を近づけ菜穂の頬にやわらかな口付けをして、恥ずかしそうに肩をすくめると、菜穂のもとを去って行った。

 切ない心と体を置き去りにされた菜穂は、われに返ると裸足で土手を駆け上った。孝の姿はなかった。菜穂は孝の口つけの感触がのこる自分の頬をそっと撫でた。

 

「孝が死んでしまいました。今日葬式が終わりました。ついさっきあなたのことを知ったのです。あなたに会えずに行かせてしまったこと、申し訳なく思います」

 自転車の事故現場には、トマトやきうりとともにタンゴ曲のテープが数本残されていたという。