真島さんに何と呼ばれたいですか?
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*何も記入しない場合、青山美香になります。



クリスマスキス

「ねえ、真島さんともうキスしたの?」
奈々子が興味津々とばかりに身を出して訊いてきた。
「は?ま、まだだけど……」

私は、底にビールの泡を残したグラスをテーブルに慌てて戻した。横を向くと、壁にかかった鏡に耳まで赤く染まった私が映っている。
「でも、あんたたち、付き合って二ヶ月目だったよね?」
「うん……」

目の前に座っているのは、高校時代から親友の奈々子で、ここは彼女の部屋だった。
私は、もう一杯ビールをグラスに注いで、一気に飲み干すと、テーブルの上にうつ伏せになった。
「ハァ……。私、色気ないのかな」
「それだけ誠実ってことでしょ」
奈々子は、私の頭を優しく撫でながら、クスリと笑った。

「明日はね、真島組の幹部さんやその家族たちとクリスマスパーティーなんだ。イブなのに私よりそっちって感じ……」
上目遣いに奈々子を見上げて、ぽつりと言う。
「組長となると、色々と忙しいんだよ。みんなでパーッと祝えばいいじゃない」
「そうだけど……。奈々子ちゃんはカレシとどうなのよ」
奈々子の目が一瞬で輝く。
「あたしは、横浜でデートしてから、お泊りかな?」
デートの話が延々と続く。羨ましくて仕方がない。私も、そんな二人きりのイブを過ごしたかった。

あくる日、ついにイブの夜になった。
六時過ぎにファーンという音が聞こえて、黒塗りの車が迎えに来たのがわかる。この間買った赤のグロスをリップの上に重ねてみた。唇にそっと指をあてる。少しは色気が出ているだろうか。

玄関を飛び出して車の扉を開けた。
だけど、いつも迎えに来てくれる真島さんの姿がない。私は、ぎこちない笑みを浮かべた西田さんをじっと見つめながら、
「あの、真島さんはどうしたんですか?」
と訊いた。
「親父はちょっと忙しくて……。すいません」
西田さんが申し訳なさそうに下を向く。少しでも早く真島さんに会えると期待していた。がっくりと肩を落として車へ乗り込み、シートに腰を下ろした。車がゆっくりと動き出す。
私は、イルミネーションが流れる景色をぼーっと眺めたのだった。

会場は赤坂にある中華料理店だった。重厚な木製の扉を抜けると、白を基調とした店内は、クリスマスのカップルや家族連れで混み合っていた。
通された個室には、真島さんが五歳くらいの女の子を抱き上げている背中があった。恐らく組員さんの子供だろう。
「また背が伸びたんちゃうか?ええ子やなあ」
真島さんが、またその子を抱き上げ、「ほれ、高いやろ〜」と言っている。彼女がキャキャとはしゃいでいる。小さな女の子相手でも、少し嫉妬してしまう。
(私、ダメかも……)
俯いて壁に身を預けた。

カツン、カツン。
勢いのある足音が近づいて来る。真島さんの靴が見えた。
「おう、。よう来たなあ。寒かったやろ」
そう言った真島さんは、私の顔をまじまじと見てニヤリと笑った。
「なんや今日は、口がよう光っとるのぉ」
頬がかっと熱くなって、慌てて横を向いた。
「べ、別に気合入れたとかじゃないから!」
「ほう。まあ、めっちゃ可愛いけどなあ」

真島さんは、手を伸ばして私の髪をくしゃくしゃと撫でた。
にっこりと笑った真島さんの笑顔に、どきんと心臓が跳ねる。
いつになったらこの人の前でドキドキしていないで済むようになるのだろう。私は、ぐしゃぐしゃになった髪を直しながら、真島さんの顔をちらちらと見ることしかできなかった。

クリスマスパーティーは、隣りにいる真島さんの挨拶で始まった。
「今日は、寒い中、皆よう来てくれた。腹いっぱい食うて、喋って、楽しんでくれや!乾杯!」
「乾杯!」
それぞれのグラスにシャンパンが並々と注がれ、真島さんとチンとグラスを合わせた。皆が一斉に喋り始める。色とりどりの前菜も運ばれてきた。真島さんは、組員さんやその家族一人一人と楽しそうに話している。
(これが組長としての仕事なんだろうなぁ……)
私の知らない真島さん。話しかけたいけど、何だか私が入る隙間がない。

やがて、ウェイターが上海蟹の姿蒸しを持ってきた。目の前にへらとはさみも並べられた。
(ヤバイ……。これどうやって食べるの?)
とりあえず、はさみを持ってみたが、どこを切るのだろう。
「なんや、食わへんのか?」
と、真島さんに訊かれた。
「食べたことがない……」
「貸してみぃ」

真島さんは、さっと蟹を取り上げると、はさみでパンパンと手際よく脚と爪を切り、甲羅を外してくれた。
「これでええ。あとはそのへらで食うたらええでぇ。腹一杯食いや」
にかりと笑った真島さんは、また組員さんと話し始めた。
「ありがとう」
急いでそう言った私は、ぽつんと取り残されたような気持ちになり、きゅっと口を結んだのだった。

料理も全て運ばれ、真島さんは組員さんたちと大声を上げて盛り上がっていた。真島さんが笑う度に肩に手を回してくれても、なんだか居心地が悪い。愛想笑いを浮かべて立ち上がり、「ちょっとお手洗いに」と、真島さんに言い残して部屋の外に出た。

「ハァ……」
気が抜けたように廊下の壁に寄りかかった。
(真島さん、少しは私と過ごしてくれたらいいのに)
ふと見ると、廊下では組員さんの子供たちが楽しそうに遊んでいる。

突然、その中の一人が私の目の前に歩いてきた。真島さんに「高い高い」されていた女の子だ。
「お姉〜ちゃん!」
「私?」
彼女は、大きな瞳で私の顔を見上げて、人懐っこそうな笑みを浮かべている。
「ねえ、サンタさんってね、笑ってる子のとこに来るんだよ!」
「えっ?」
「これあげる!」
そう言うと彼女は、私の手を包み込むように何かを渡し、走り去っていた。手の中には、ピンクの銀紙に包まれたチョコレートがあった。

包み紙を破って、チョコレートを口に放り込んだ。甘くて優しい香りが口の中に溶けていく。女の子の言葉を反芻してみる。
『笑ってる子のとこにサンタさんが来る――』
ハッと我に返った。
(せっかくのイブなんだから、笑顔だ。もっと楽しもう!)
私はバッグの紐をぎゅっと握って、化粧室へと向かった。
メイク直しをして綺麗になって真島さんに笑いかけるんだ。

けれど、化粧室は込み合っていて、なかなか鏡の前へ行けず、メイクをするのに二十分もかかってしまった。

やっとの思いで化粧室の扉を開けた。
思わず目を見開いた。壁にもたれて腕を組んだ真島さんがいる。
「探したで。ケータイも繋がらへんし。帰ってしもうたかと思うたわ」
「え?」

急いでケータイをバッグから取り出すと、着信が十三件も入っている。
「ごめん……気付かなかった」
「ええから行くで!」
腕をぎゅっと捕らえられて、早足で入り口のほうへ連れて行かれる。
「真島さん、痛いっ」
がおれへんからや」
真島さんにぐいぐい引っ張られて、店の外に出ると、黒塗りの車が待っていた。

「ええから乗り」
「う、うん」
車が動き出した。足を投げ出して深々と座っている真島さんは、私の肩にぐいっと手を回してきた。
でも、車内は重苦しい沈黙に包まれている。

「今日は、一人にさせてスマンかったな」
「え?」
ぽつりと言われたその言葉に、思わず真島さんの顔を見上げた。その瞳は、まっすぐ前を見つめている。
「そ、そんなの全然。真島さんの組長姿かっこよかったよ」
ハハッと笑って、首を横に振る。
胸がきゅんと切なくなった。真島さんの優しい笑顔がこちらに向けられた。

「お前はホンマにええ子やなあ」
真島さんは、そう言うと私の頭に頬を寄せた。
私はドキドキを見抜かれないように、真島さんの手にそっと自分の手を添えた。

「さあ、着いたでぇ」
真島さんの合図で車を降りると、そこは超高層マンションの前だった。
「ここどこ?もしかして、真島さんの家?」
「ちゃう。ここは目黒の俺の不動産や」
「不動産?」
と言って私は首を傾けた。
「せや。まあ、極道関係者ばっかりに貸しとるがなあ。ヒヒ」
「ということは、真島さんが大家さんってこと?」
「ま、そういうこっちゃ」

私は、そびえ立つマンションを見上げて、ただ立ち尽くし目を白黒させた。
(嘘でしょ……?)
ヤクザの大幹部とは聞いていたが、やっぱり真島さんはお金持ちだったのだ。
「さあ、行くでぇ」
真島さんは私の手をぎゅっと握って、大股で扉へと向かった。エントランスに入ると、正面には真っ赤なバラで溢れた花びんが飾られいて、微かに甘い香りが漂っていた。

真島さんとエレベーターに乗って、最上階の四十五階へ上った。屋上へと続く扉を真島さんが開けた時だった。凍えそうな強風に吹きつけられた。思わず目を瞑ってしまった私を真島さんが抱き寄せてくれた。
「目ぇ開けてみ?」
「……うん」
瞼を開けると、ライトアップされた庭が広がっていた。大きなツリーに巻きつけられた色とりどりの光で輝く電飾、景色が見えるように敷きつめられたウッドデッキ、その上には、ベンチや観葉植物が点々と置かれていた。

屋上は、ぐるりと高い塀で囲われていた。三百六十度のパノラマが一望できるように、上から下まで窓も設けられている。
私は、塀に向かって駆け出して、両手を窓に押しあてた。
宝石箱をひっくり返したような夜景――。

「真島さーん!すごい!」
眼下にはレインボーブリッジがクリスマスイルミネーションで虹色に輝いている。
「ねえ!向こうに観覧車も見えるよ〜。私、こんな夜景見たことない!」
あまりに嬉しくて、後ろからゆっくり歩いてくる真島さんに向って声を張り上げた。

その時だった。夜空がパッと明るくなった。
「間に合うたようやな」と、真島さんがそう言った瞬間、長い腕がすっぽりと私の背を覆った。観覧車の遠い空高くに、赤、ピンク、黄、青、緑といった華やかな花火が次々に上がり、夜空を彩っては消えていく。
「わぁ、綺麗すぎ……」
「ディズニーランドの花火らしいでぇ」
私の頭に顎をのせた真島さんは、ぎゅっと抱きしめる腕に力を入れた。 私のためにここまで計画を立ててくれていたのか。
なのに、私は文句ばかり言っていた。涙が滲みそうになって、慌てて唇を噛み締めた。

、どないしたんや?」
真島さんの頬が私の頬に触れる。鼓動がいきなり高まった。私の心臓の音が真島さんに伝わってしまうのではないかと思い、必死で息を整える。
「あの、ありがとう……」
「何がや?」
「いろいろ考えてくれて」
「アホか。何言うとるんや。当たり前や」

そう言った真島さんは、ジャケットのポケットからリボンのかかった暖炉の火のような橙色の小箱を取り出した。
「ほれ」
「え……?いいの?」
「早う開けてみ?」
かじかむ指先でリボンを丁寧に解きながら、何だろう、と考える。
やっとリボンが解けた。
箱の中にあったのはネックレスだった。きらめく銀色のチェーンの先に南京錠の形をしたモチーフが光っている。
思わずため息が漏れた。
「わあ、可愛い!ありがとうー」
「ええねん。貸してみ?」
真島さんは、箱からネックレスを取り出すと、私の首に手を回した。首の後ろでカチカチという留め具の音が聞こえる。

「こりゃ、手袋を脱がなアカンな」
私は、ネックレスの両端を持って真島さんを待った。
「よっしゃ。つけたるで」
留め具を持った真島さんの手が首に触れた。温かい指先の感触が伝わってくる。
胸の高鳴りを抑えようと、そこに感じる温度から気持ちを逸らした。

カチッ。

「これでええ。、こっち向いてくれや」
ゆっくりと振り返って、上目遣いでちらりと真島さんを見た。照れ臭くてまっすぐなんて見られない。顔が一気に真っ赤になるのがわかる。
「ど、どうかな……?」
「せやなあ」
真島さんが、じっと首元を見つめているのを感じる。

「なあ、もうちょうこっち向いてくれへんか?」
「う、うん」
おずおずと顔を上げた。
真島さんの瞳と私の瞳が合った。真島さんが私の顔を覗き込んで、にやっと笑った。

「よう似合うとるで」

もう隠せそうにない。
心から溢れ出てしまう嬉しさと高鳴る鼓動を――。
私は、真島さんに向けて腕を伸ばそうとした。

その時、突然、真島さんがぐっと距離を縮めてきた。

(……えっ?)

真島さんが後ろの塀にバンッと手をついて、私を追い詰める。
目の前に迫るジャケットから覗く素肌に脈はどんどん速くなり、思わず目を瞑ってしまった。
真島さんは、私の顎をすくい上げた。

「なあ、目ぇ開けてみ?」
ゆっくり瞼を開くと、さらに近い距離に真島さんの整った顔があった。
灰色がかって見えるときがある瞳が、黒く輝いている。

身体が震える。
心臓が破裂しそうになる。
真島さんの顔が、吐息さえ聞こえそうなくらい近くになった。

「もうどこにも行くなや」

答える隙も与えず、真島さんの唇が私の唇に触れた。
時間が止まった……。
身体から力が抜けていき、立つのが無理になりそうなのを、必死で堪える。
頭が真っ白になった。

唇が離れた途端、魔法にでもかかったように、真島さんを見つめてしまった。力一杯抱き締められた。真島さんの胸の素肌に顔を埋める。

あったかい。
心臓の鼓動が聞こえる。初めて聞く真島さんの音――。
ずっとこうしていたい。

ふと、真島さんが顔を上げた。
「お、雪や」
「……え?」

真島さんにつられて、ゆっくり空を見上げると、雪が舞い降りて来ている。
「わぁ、本当だぁ」
手のひらを広げて雪を受け取った。雪は手の温度ですぐに溶けて、小さなしずくに変わった。
「冷たいやろ」
ふっと笑った真島さんは、私の手を取ると指を絡めて握り締めてくれた。
屋上は、あっという間にうっすらと雪に覆われた。

「なあ、。メリークリスマスやなあ」
「うん。メリークリスマス」

真島さんの優しいぬくもりに包まれて、夜空をじっと眺めた。
(ねえ、私にもサンタさん、来たよ……)

今夜は、雪が降り積もるだろう。
明日はホワイトクリスマス――。


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