真島さんに何と呼ばれたいですか?
苗字:
名前:
   
*何も記入しない場合、青山美香になります。



狙われた初詣

着物というものは窮屈だ。今日は元旦で真島さんと初詣へ行くので、朝イチで美容院で着付けてもらった。

フロントガラスの下に見える時計が、午後二時を知らせる。私は、お腹が締め付けられるように感じながら、真島さんの車の助手席にいた。窓の外を覗くと、家々の玄関にしめ縄が飾られているのがちらほら見え、お正月なんだなと、実感する。

カーナビをちらりと見た。どこを走っているか分からないけど、車は鎌倉の神社へ向かっている。人込みが苦手な私のために真島さんが探してくれたこの神社――。
どんな神社へ行くんだろう。胸が躍るようだ。

「何、黙っとるんや?」
いきなり真島さんが振り向いた。ばちりと目があってどきりとする。
「べ、別に何でもないよ。楽しみだな、って思って」
「何か変なこと考えとったんちゃうかぁ?ヒヒ」
「違うし!」
顔を真っ赤にして真島さんを睨みつける。
「まあ、ええわ。あと、十分くらいで着くで。準備しとき」
にやっと笑った真島さんは、ハンドルを握り締めて車を加速させた。

到着すると、神社の上に広がる灰色がかった雲の所々から青空が顔を覗かせている。
朱色の鳥居が続いている下には見上げるような石段が見えた。百段くらいはあるだろうか。

これ、登るの……?
私は愕然としてしまい、石段から目が離せない。
「何ボーッとしとるんや?ちょっとそこ立ってみ?」
「え?」
背中をポンと押されて、真島さんが指差す方向を見て首を傾けた。
鳥居の前だ。
何だろう。
着物に慣れないので、ひょこひょこと歩いてそこに立つ。
真島さんが、上から下までまじまじと私を眺めた。

「……メッチャええでぇ。、人形さんや。何やエロイわ〜」
大声で言う真島に、一気に顔が火照っていくのが分かる。
「真島さん、もう知らない!」

私は、石段を登り始めた。だけど、着物の裾が足にまとわりついて登りづらい。自然と息が上がってきた。足取りがさらに重くなる。
もうダメ……。
私は、両膝に手をついて肩で息をしながら、止まってしまった。

は情けないのぉ」
ゆっくり顔を上げると、にやにや笑う真島さんがいた。
「ほれ」
黒の皮手袋をはめた手が差し出される。
「上がれるか?」と言った真島さんが、にこっと笑った。
どきんと心臓が跳ねる。私は、真島さんのこの笑顔に弱い。
「う、うん。大丈夫」

口ごもりながらそう答えて、真島さんの手を握ろうとした瞬間、唐突に身体がふわりと宙に浮いた。その危なっかしさに思わず目の前の真島さんの首に手を回してしまった。そんな私を見た真島さんが、満足げに笑う。
「どこが大丈夫や」
そう言った真島さんは、一度身を跳ねさせるようにして、私を抱え直すとそのまま石段を軽い足取りで登り出す。
「降ろしてー!」
絶対耳まで真っ赤になっているだろう。恥ずかしさの余り真島さんの胸に顔を埋める。
そして、私はお姫様抱っこのまま石段を運ばれてしまった。

境内に上がると、年配者が多く見られたが、家族連れもちらほら歩いていた。社務所の前では、参拝者が暖を取れるように、ドラム缶を使った焚き火が赤々と燃えている。
神殿へと進み、ポケットの中から用意していた小銭を賽銭箱の中に投げ入れようとした時だった。真島さんのお賽銭が視界に入った。自分の目を疑ったが、数枚の一万円札。思わず小声で真島さんに尋ねた。
「真島さん、お賽銭、あんなにするの?」
「せや。願い事がぎょうさんあるからのぉ」
ニッと口の端を上げた真島さんは、鈴を鳴らして拝み始めた。

私も手を合わす。
今年も真島さんと一緒にいられますように。真島さんに悪いことが起こりませんように――。
東城会で武闘派と言われる真島組。そんな組の長だったら、危険な目に遭うのではないかと、時々心配になる。
瞳を開けると、真島さんが私の顔をじろじろと見つめていた。
は、何願ったんや?」
「教えないよ〜」
「俺はのことばっかりやで」
「本当?ねえ、どんなこと?」
嬉しさのあまり声を弾ませ、真島さんのジャケットの裾を握っていた。

その時だった。
「真島あーー!」
背後から聞こえる低い声に急いで振り向いた。ナイフを持った男が真島さんに襲いかかってくる。振り返った真島さんは、自分に向けられたナイフを思い切り蹴り上げ、男の腹部を殴りつける。男が地面に叩きつけられて転がった。やっと顔を上げ真島さんを見つめる表情は、すっかり震え上がっている。静かにナイフを拾い上げた真島さんは、男の胸倉を掴み、その顔にナイフを突きつけた。
「どこのモンや?」
今まで聞いたことのない重低音でドスの利いた声に肌が粟立つのを感じる。「ゆ、ゆ、許して下さい」と男が泣き出すうちに、次第に人が集まってきた。これでは警察が来てしまうかもしれない。

「真島さん、止めてー!」
私は、男を睨みつけている真島さんに駆け寄った。
「お前は来んなや!」
「でも、人も集まってるし、その人も怪我してると思うし……」
「コイツから吐かせなアカンのや」
「でも!」

私が真島さんのジャケットをぐいっと引っ張った瞬間だった。男の胸倉から真島さんの手が離れた。「ヒィー!」と悲鳴を上げながら、男がふらふらした足取りで逃げ出してしていく。
「待たんかい!」と叫ぶ真島さんの腕を歯を食いしばって押さえた。
「ねえ、もう十分だよ。止めようよ!」
私は、すがるように真島さんを見上げた。真島さんが男を見つめる目がゆっくり私へ向けられた。

「……がそこまで言うんやったら、しゃあないのぉ」
がしがしと頭を掻いた真島さんが、「帰ろか」と言って私の肩をぐいっと引き寄せた。
私は、真島さんの温もりに包まれた途端、ほっとして全身の力が抜けそうになった。

石段へ向かう途中、二人の間には重い沈黙が流れていた。頭の中には、ナイフを持った男の姿が何度も浮かんでは消えてゆく。
ふと、社務所にいる巫女さんの笑顔が目に留まった。真島さんにお守りをあげるのはどうだろう、と思った。今日みたいな危ない思いを二度としてほしくない。

「……ねえ、お守りがほしいんだけど」
「何のや?」
「えっと、その、真島さんの……」
「俺の?」
真島さんが軽く目を見開いている。
「だって、さっきみたいなのもう嫌だから、私」
真島さんをじっと見つめて伝えた。真島さんがフッと前を向いた。
「ほな、俺も買うわ」
「え?」
「ええから行くで」
そう言った真島さんは、私の肩を抱き寄せる腕に力を入れて、社務所のほうへ大股で歩き出した。

社務所では、色とりどりのお守りが並んでいた。私は真島さんへ紫のものを買い、会計を済まそうとしている真島さんに向かって、大きなスギを指差した。
「あの大きな木の下で待ってるね」
と伝えて、小走りで歩き出した。
「着物なんやから、気ぃつけや」
振り返ると、苦笑しながら真島さんがゆっくり歩いてくる。

スギの下に着くと、真島さんにお守りを差し出した。
「これ、気に入ってくれるといいんだけど」
「ええやないか」
真島さんは、お守りを宙にかざして目を細めて笑っている。
「俺なあ、お守りもらうの初めてやねん」
「え?」
途端に鼓動が微かに音を立てた。

私が「初めて」――。
弾けるような笑顔を見せて、真島さんをじっと眺める。
「これ、いっつも持っとくで」
頬をゆるませた真島さんは、ジャケットのポケットにお守りを入れると、
「これがのや」
と言って、淡いピンクのお守りを渡してくれた。
「お前も、守ってもらわなアカンやろ」
真島さんの手が伸びてきて、私の頭をポンポンと撫でる。その言葉と子どもをあやすようなぬくもりが、とても嬉しくて胸がジンと熱くなった。
上目遣いで真島さんを見上げた瞬間、すっぽりと長い腕に包まれた。

「なあ、……お前のおかげで、俺の災難、全部吹っ飛ぶわ」
「うん」
真島さんの胸に頬を当てて大きく頷いた。葉の隙間から光が柔らかく差し込んできた。
見上げると、一斉に小鳥たちが青空へ向かって飛び立った。
私は、真島さんの腕の中にゆっくりと身を任せると、もらったお守りをそっと握り締めた。


STORIES

HOME

龍如の色々なキャラクターの夢小説がたくさん読めます。
龍が如くランキング