真島さんに何と呼ばれたいですか?
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*何も記入しない場合、青山美香になります。



スイカ

明日は、楽しみにしている真島組の伊豆・海水浴旅行の日だ。だけど、私は会社を休んでベッドの中にいる。脇の下から体温計を取り出した。
「あぁ、三十八度五分もある……」
体温計を枕の横に置いて、天井を見つめた。これでは、旅行に行けそうもない。真島さんに何て言えばいいんだろう。
ベッドの横の時計をちらりと見た。十二時半だった。食欲もないので、私はもう一度ベッドに潜り込んだ。

携帯が震え出した。ディスプレイに真島さんの名前を見て、慌てて通話ボタンを押して携帯を耳に押し当てた。
「おう、。仕事ご苦労さん。昼メシもう食うたか?」
「え、あ、あの……」
「何や。まだ食うてへんのか」
「う、うん。まだ食べてないんだけど……」
私の声はうわずった。
「早う食うたほうがええで。昼休憩が済んでまうからのぅ」
「いや。違うの」
「あん?」
「私、今日仕事休んでるの」
「何やて?どっか具合いでも悪いんか?」
「う、うん……。ちょっと風邪引いちゃって……」
「熱はあるんか?」
「うん……。三十八度くらいかな」
私は間を置いて答えた。
「そないに高い熱で、大丈夫なんか?」
「うん。午前中に病院へ行ったし、寝とけば平気」
「ほんなら、仕事終わったら見舞いに行ったるからな!」

その時、電話の向こうで声がした。携帯に耳を強く当て、会話に耳を澄ます。
『親父、二日目のキャンプのことなんですが、真島組には道具を貸さへんゆう業者がおって、えらい困とるんですわ。どないしたらええんでっか?』
『何やっとんじゃ、ボケ!俺が手ぇ回して探したるわ。お前は他の準備でもしとけ!」
『親父、宿屋からいきなりキャンセルしてほしいと電話があって。他の宿屋をあたってみたんスけど、どこも満員で。どうしたらいいスか〜?』
『ドアホ!何しとるんじゃ!え〜い!俺が何とかしたるから任せとけ!』

「おう、、待たせたなあ」
「何か大変みたいだね……」
「悪いけどなあ、アイツらがしょうもないせいで、午後は俺が色々せなアカンみたいや。せやから、見舞いに行けそうもないわ。堪忍や」
「そんな。風邪引いちゃった私が悪いんだから、真島さんは準備頑張って!」
「そう言ってくれると助かるわ。ハァ〜。メンドくさ。ほな、ええ子にしとくんやで」

電話を切ると、静まり返った部屋で一気にだるさを感じた。風邪で精神が弱まっているせいか、真島さんのことや旅行に行けないことを考えると、泣きたい気持ちになってしまう。だるい体を再びベッドに横たえ、うとうととした。

ふと目を覚まして時計を見ると、八時半だった。額に手を当てた。まだ熱っぽい。
ピンポーン。
インターホンの音が聞こえた。
「誰?あ、宅配便だ。きっとこの間注文した化粧品だ。そろそろ届くはずだった」
いつも来てくれる佐川急便のお兄さんはイケメンだ。私は、急いで鏡の前で髪を整えてTシャツのしわを伸ばした。
そして、だるい体を引きずるように、ふらふらした足取りで玄関に向かった。のろのろしていたせいか、佐川急便のお兄さんは、しびれを切らしたらしく、ドアをドンドンとノックしてくる。
「は〜い」
ガチャリと内ガキを開け、ドアを開いた。その視線の先には、思いがけない人が立っていた。

「真島さん!」
呆然と立ち尽くし、目を白黒させている私を見るなり、真島さんはニヤリと笑った。その手には網のように紐で結ばれたスイカが提げられている。
「ほれ」
「わっ!スイカが丸ごと?」
「せや。ちょっと触ってみ?」
「わっ。冷たい!」
「事務所の冷蔵庫にぶち込んどいたんや」
「あの、仕事もう大丈夫なの?」
私は小声で尋ねた。
「俺の手にかかったら、ンなモン朝メシ前や。そないなことより……」
そう言うと、真島さんは黒の革手袋を脱いで、私の額に手を押し当てた。
「アカン!まだ熱あるやないか。はベッドで休んどき。俺は、台所借りるでぇ」

真島さんは、私の肩をがしっと掴んだかと思うと、スイカをぶらぶら振りながら、キッチンへと消えていった。私は部屋に戻り、ベッドに横になった。真島さん、忙しいのに無理して来てくれたんじゃないだろうか。私は横を向いて、白い壁をじっと見つめた。

「入るで〜」
ガチリとドアが開いた。真島さんが入ってきて、ベッドの足元に腰を下ろした。
「ほれ、食うてみ?風邪の時は冷えたフルーツが一番やでぇ」
勢いよく口元に差し出されたのは、綺麗にカットされた鮮やかで真っ赤なスイカだった。甘い香りがする。私は、運ばれるままにスイカを口に含む。みずみずしい甘さが口いっぱいに広がって、ほてった体がすーっと冷めていく。真島さんの優しさに涙がじわっとこみ上げてきた。そんな私をからかうように、真島さんはぐしゃりと私の髪をかき混ぜて、顔を覗き込んだ。

「何や、泣きそうなんか?」
ヒヒッと笑った真島さんは、ポンポンと頭を撫でてくれた。子供をあやすようなぬくもりと、守ってくれるような強さを感じて、ますます目頭がじわりと熱くなった。涙がこぼれそうになる。
「うっ……。旅行、行けなくてごめんね……」
「何やねん。そないなことで泣いとるんか」

真島さんは、すぐ泣いてしまう私を笑い飛ばすように言うと、私の顔を両手で挟んだ。
「ブサイクやなぁ〜。顔は赤うて、目はパンパンに腫れとるし」
「もう……。しょうがないでしょ……」
私は横を向きたくても、真島さんの手に固定されていて動けない。
「せやけどなあ、今日の、子供みたいでメッチャ可愛いわ」

意外な言葉に目を見開く。真島さんを見つめると、柔らかな笑みを浮かべている。
「なあ、。よう聞き。旅行やったら、いつでも行けるんやで。元気になったら、どっこでも好きな所に連れて行ったるわ!せやから、今日はゆっくり休むんや」
真島さんはそう言うと、私の布団を手際よく整えた。そして、私の隣りに座り直すと、頬からこめかみへと手を滑らせ、もつれた長い髪を指でといてくれた。
「さ、よう眠るんやで、俺の可愛いちゃん。寝るまで傍におったるからなあ」
真島さんが、何度も何度も頭を撫でてくれる。こんなに安心したのは、どれくらいぶりだろう。段々と瞼が重くなっていく。私は、真島さんの手の流れに誘われるように、眠りの世界へと落ちていった。

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