真島さんに何と呼ばれたいですか?
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*何も記入しない場合、青山美香になります。


真島さんの秘密:ホワイトデー編

やかましいアラーム音が、スマホから響いてくる。
俺は、寝ぼけ眼で携帯を探った拍子に、昨夜飲み残した缶ビールをひっくり返してしまった。
「何やねん、もう!」
目をしばたたきながら、手探りで携帯を手繰り寄せ、なんとかアラーム音を消す。
携帯の時計を見ると八時だ。
「せや。に電話するんやった」
携帯のという短縮ダイヤルを押す。

「おう、おはようさん」
「真島さん?朝に電話してくれるなんて珍しい!」
の弾んだ声が聞こえる。
「たまには朝の電話ちゅうのもええやろ」
「うん!でも、どうしたの?」
が不思議そうな声を上げた。
「と、特に何でもあらへんでぇ。今日は幹部会で遅うなりそうやわ。ハァ、めんどくさ〜」
「大変だね〜。でも頑張ってね!」
がそない言うてくれると元気出るでぇ。ほなな」
「えっ?」

一方的に電話を切った。よし、サプライズ作戦大成功だ。これでホワイトデーの今夜、は俺に会えないと思うだろう。
(えらいがっかりしとんのとちゃうか?ヒヒッ)

今日、俺はのためにバレンタインのお返しとしてクッキーを焼く。もちろん今までクッキーなんて焼いたことはない。
だが、準備は万端だ。
仕事の合間に組長室で、Amazonを通して『男子スイーツ塾』というレシピ本やオンナが好きそうなハートや星の型までこっそり買ってある。

勢いをつけてベッドから起き上がった俺は、黒いTシャツと蛇柄のパンツに着替え、リビングヘ向かった。
コーヒーを淹れて、ソファにずっしりと腰を下ろす。
そして、テーブルの上にあるレシビ本をパラパラとめくり、型抜きクッキーのページをじっと眺めた。
がクッキーを頬張って、「美味しい〜」と言っている姿が目に浮かび、思わずにやにやしてしまう。
、待っとれ。ごっつ旨いの作ったるからな!)
俺は、ぱたんと本を閉じると、コーヒーを飲みながら、朝日が降り注ぐ窓の外の景色――神室町を見渡した。

がっつり朝メシを食べて、ついワイドショーを見ていたら、九時半を回ってしまった。
キッチンへ向かって、急いで冷蔵庫の中から、クッキー作りの材料を並べる。
無塩バター 、グラニュー糖 、卵、薄力粉。全て麻布のスーパーで買った一級品。まるで「美味しいクッキーができる」と約束されているかのようだ。
「ほんで、何からすればええんや?」
レシピ本のクッキーのページを開いて、本が閉じないよう真ん中を強く押した。

「材料」と書かれている箇所に視線を落とした。
「せや!まず、材料を量るか」
冷蔵庫の横にある買いたての電子秤を目の前に置く。
「まず、薄力粉二百グラムやな」
薄力粉を秤の上に注いだ瞬間、どさっと薄力粉が秤から溢れてしまった。デジタル数字は二百九八グラムを表示している。
「何してんねん!」
顔をしかめた俺は、Tシャツについていた薄力粉をぱたぱた叩いていたが、その手をぴたりと止めた。
(せやけど、レシピ通りにしても俺らしないなあ……。せや!ここは俺の創作や!)

そう決めた俺は、次に砂糖とバターを少な目に量った。は、しょっちゅうダイエットと言っているからだ。そして、よく混ぜ合わせた材料を生地にして、ハートと星の型で抜き取る。
は、こんがり焼けた両方の形のクッキーをを手に取って、見比べながら喜ぶだろうか。思わずにやけてしまう俺がいた。
型抜きが終わると、鉄板に黄色のハートと星が二十ほど並んでいた。俺は、そっとオーブンの中に鉄板を入れると、「うまく出来きてや」と目を閉じながら扉をばたんと扉を閉めた。

リビングのソファに横になっていると、オーブンの電子音が聞こえてきた。
キッチンに入ると、香ばしいバターの香りが漂っている。急いでオーブンを開いて、鉄板を取り出した。端のほうのクッキーは焼け過ぎてしまっているが、中央に並べられたクッキーはきつね色に焼けている。
「よっしゃあ!大成功や!」
キッチンの中で叫んだ俺は、鉄板を置いた途端、クッキーをひとくち口食べてみた。

「何やこれ……」
固っ……。
味薄っ……。
「何でやねん……」

がっくりと肩を落として、床にしゃがみ込んだ。
(やっぱ創作したのがアカンかった……)
俺みたいなヤツには、クッキー焼くのは、無理なのかもしれない。には、普通に表参道辺りで旨そうなケーキでも買ってやろうか……。

リビングのソファにずかっと腰を下ろした。ふと、テーブルの上にある真っ赤なカードが目に留まった。
それは、沖縄にいる遥ちゃんが、バレンタインデーに義理チョコと一緒に送ってきてくれたものだった。
「桐生ちゃんは、沖縄で元気にしとるかのぉ」
俺は、ソファの背にもたれて、目を閉じて桐生ちゃんの顔を思い浮かべた。
その時――
『しばらく東京にいる』という短い電話を桐生ちゃんから二日前にもらったのを思い出したのだ。
(桐生ちゃんなら今の俺を助けてくれはずや!)

慌てて身を起こした俺は、テーブルの上の携帯に手を伸ばして、着信履歴の中から桐生ちゃんを探し、通話ボタンを押した。
耳に押し当てた携帯から、呼び出し音が聞こえてくる。何度も、呼び出し音が耳に響く。
(何しとんねん、桐生ちゃん!)
携帯を握り締めた瞬間だった。
「兄さんか?」
桐生ちゃんの低く、冷静な声が聞こえた。
「おう、桐生ちゃん!大変なんや。助けてくれや!」
「兄さん、真島組で何かあったのか?」
桐生ちゃんから緊迫した雰囲気が伝わってくる。
「ち、ちゃうねや。桐生ちゃん、クッキー作れるか?」
思わず小声になってしまう。
「何だ。突然」
桐生ちゃんが、怪訝そうな声を上げた。
「ええから、焼けるか?」
「あ、ああ。誕生日会やクリスマスに子供たちと一緒に作るからな」
「ホ、ホンマか!ほんなら、話早いわ。桐生ちゃん、教えてくれへんか?」
「……兄さん、切るぞ。今、大吾と話し中なんだ」
桐生ちゃんは、持ち前のクールな話し振りで話を切り上げようとした。
「頼むて!ピンチもピンチ、大ピンチなんや」
俺の張り上げた声は、部屋中に響き渡る。
「ちょっと待ってくれ」

桐生ちゃんが携帯を置く音が聞こえた。耳を澄ますと、大吾と桐生ちゃんが低い声で話し合っているようだ。
人差し指で膝をせわしなく叩きながら待つ。突然、桐生ちゃんと大吾のどっという笑い声が耳に届いた。
(何がおもろいねん!)
携帯を動かす、がたっという音が聞こえた。
「兄さん、わかった。少し遅くなるが兄さんの家に行く」
「さすが桐生ちゃんや!助かるわ〜。ほな待っとるでぇ!」
俺は携帯を切ると、急いで散らかったキッチンを片付け始めた。

ピンポーン。
三時を回った頃、部屋に来客を知らせるインターホンが鳴り響いた。
モニターを見ると、桐生ちゃんの険しい顔が映っている。急いで通話ボタンを押した。
「待っとったで、桐生ちゃん。今、ロックを解除するわ。早う上がって来てくれや」
「ああ、そうさせてもらう」

それから少し経って、今度は玄関のインターホンが鳴る。ドアを開けると、桐生ちゃんが紙袋を提げて立っていた。
「桐生ちゃん、スマンかったなあ。それ何や?材料ならぎょうさんあるで」
桐生ちゃんは、フッと笑いながら袋から箱を取り出した。「クッキーミックス」と書かれている。
「これを使えば、誰でも簡単にクッキーが作れるんだ」
「何や……そないなモン使うと手抜きみたいで嫌やで」
眉を寄せて、クッキーミックスを見た。
「何を言ってるんだ。兄さんみたいな初心者にはこれくらいがちょうどいいんだ」
「桐生ちゃんが、そこまで言うならしゃあないのぉ」
俺は頭の後ろをガシガシと掻きながら、桐生ちゃんをキッチンへ案内した。

桐生ちゃんのクッキー作りは、箱に書かれている指示通りだった。
例えば、余熱の時、
「桐生ちゃん、オーブンの余熱は要らんやろ?」と俺が訊くと、
「何を言ってるんだ。余熱は料理やお菓子作りの基本だぞ」と桐生ちゃんにぴしゃり言われた。
生地を混ぜる時には、
「桐生ちゃん、もうこんくらいでええやろ」と尋ねてみると、
「全然滑らかになってないぞ」とぼそっと注意された。
「どんだけ細かいねん!」
と大声でつっこんでしまった俺だった。

生地を綿棒で薄く引き伸ばし、型でくり抜いている時だった。
「なあ、桐生ちゃん。今度は上手く焼けるやろか」
「なんだ、兄さんらしくない、弱気だな。焼けるに決まってるじゃねえか」
「せ、せやな。どないしてもにやりたいんや」
「それにしても、兄さんがここまで女に本気になるとはな」

フッと笑った桐生ちゃんが、生地を鉄板に並べる手を止めて、こっちを見ている。
は特別なんや。なんでこないに必死なんかも、自分でも分からへんわ」
が「真島さん」と呼んで笑う顔を想像してみる。頬が緩みそうになって、桐生ちゃんをちらりと見た。見透かしたような笑みを浮かべている。
照れ臭くなった俺は、「なんやねん!」と言って、ふぃっと横を向いて生地を丸めてしまった。

オーブンに入れてから、十分経ったキッチンには、焼き立てのクッキーの甘い香りが広がっていた。
俺は、桐生ちゃんに見守られて、オーブンから鉄板を取り出す。見事にきつね色に焼けていた。
勢い良く一つ口に含んでみた。サクッとして、香ばしさとほどよい甘さが口の中に広がった。
「おお旨い!」
俺は桐生ちゃんと目を合わせて、もう一つ食べてみた。やっぱり旨い。
「桐生ちゃんも食うてくれや」
桐生ちゃんは、くっと笑うとクッキーを口に運んだ。
「うん、成功だな」

桐生ちゃんは、口元を綻ばせると、持ってきた紙袋の中から、透き通るような水色のリボンがかかった白い小箱を取り出した。
「兄さんも準備していたかもな」
「何やそれ?」
「ラッピングだ」
「アカン!忘れとったやないけ!」
そういえば、も、可愛い入れ物にバレンタインケーキを包んでくれていた。
「桐生ちゃんは、よう気が利くのぉ。いっつもオンナに菓子を作っとるんちゃうか?」
「さあな」
桐生ちゃんは、小さく笑うとクッキーをもう一つ口に含む。
窓から差し込むオレンジ色の西日が、柔らかに微笑む桐生ちゃんを照らしていた。

の家に着いたのは、八時半だった。クッキーの入った小箱をジャケットのポケットに忍ばせて、インターホンを押す。
「はーい」
か?」
ドアの前でを呼ぶ。
「えっ?真島さん!?」
すっとんきょうな声がしたかと思ったら、ドアが開いた。

そこにいたのは、大きなフレームのメガネをかけただった。は、日中コンタクトを付けているが、夜はメガネをかけるのだ。
ニヤリと笑った俺は、「お邪魔すんでぇ」と言って、ずかずかとリビングに入り込む。
「真島さん、待って!幹部会は?」
「そなモンとっくに終わったわ」
「散らかってるから!」
という声が背にかかったかと思うと、が、テーブルの上のカップや雑誌を大慌てで片付け始めた。

俺はソファに腰を下ろして、背もたれに身を預けると、
「そないなことはええから、早うここ座り」
と言って、横のソファをポンポンと叩いた。
「えっ?何?」
きょとんとした顔のが首を傾けながら、俺の側につく。俺はジャケットのポケットから小箱を取り出した。

「ほれ」
かたんとの前に小箱を差し出す。の顔がみるみる明るくなっていく。
「わ〜!もしかしてホワイトデー?開けていい?」
小箱を開けた途端、 は不思議そうな顔をした。
「これって……手作りクッキーだよ……ね?」
「せや。俺の手作りやでぇ」
胸を踊らせて、の顔を覗き込む。

「えっ!?真島さん……の?」
「ああ。ま、ホンマは、教えてもろて作ったんやけどなあ。ヒヒッ」
「嘘ーっっ!!」

がハートと星型のクッキーを交互に宙にかざして、「すご〜い!信じられない!」と言って、はしゃぎ出す。
「真島さんが人に教えてもらったなんて!」
クスクス笑ったは、弾けるような笑顔を浮かべて、
「ありがとう!」
と言って、俺の首にぎゅっと手を回してきた。
「おう、おう!早う食うてみ?」
俺は、の背中をポンポンと叩くと、首に回された手にあるクッキーを口元に運んでやった。
は一口食べた途端、
「すごく美味しい!」
と言って、目を見開いて身体を揺すった。
「せやろ?」
俺は得意になって笑ながら、クッキーを一枚取って口に放り込んだ。

目を輝かせたは「何か食べるのもったいないなぁ」と言ってクッキーをしばらく眺めたあと、携帯を取り出して、写真を撮り始めた。
の「もう一枚、もう一枚」という弾んだ声と、かしゃかしゃというシャッター音が部屋に響く。
(作ったモンを好きなオンナが喜ぶんはこないにええモンなんか……)
の仕草に胸の奥から嬉しいという気持ちが湧き上がってくる。
「アホやなあ。もうええやろ。ほれ、早う食べ」
苦笑してみせた俺は、もっともっと食べさせたくて、の口元にクッキーを勢いよく差し出してやった。

半分くらいクッキーを食べたは、
「あとは明日に残しとこ。ねえ、クッキーに合わないけど、ビールでも飲まない?」
と訊いてきた。
「せやなあ。がんがん飲むかあ!」
「うん!」

は大きく頷くと、缶ビールを運んできた。ぷしゅと音を立てて蓋を開けた。一気に飲み干すと、冷えたビールが喉に沁みる。
「ハァー!クッキー作りの後のビールはメッチャ旨いでぇ!」
「ふふ、本当お疲れ様!真島さん、飲むの速過ぎだよ〜!」
は、ぷっと吹き出すと、二缶目を差し出して開けてくれた。
俺はひとくち飲むと、煙草に火を付け、ふぅと煙を吐き出した。ビールをちびちび飲みながら、が身を乗り出して話し始める。

「あのね、今日はバレンタインのお返し結構もらっちゃった」
「何や、俺意外の男にも、配りまくとったんか?」
優しいのことだ。律儀に会社で義理チョコを渡したのだろう。そのお返しだと分かっていても、カチンときてしまう。
「違うよ。ほとんど友チョコ」
「何や、友チョコって?」
「女同士でチョコを交換するの。同僚や後輩からもらって、嬉しかったぁ」
は、抱きつくように、俺の腕に手を回して顔を上げた。
「でも、真島さんのは特別!」

は子犬のようだ。嬉しいと目をきらきらさせる。喜ぶとじゃれるように抱きついてくる。俺はそんなが可愛くて仕方がない。
もうひとくちビールを飲んで、を横目で見た。
「ちょっと酔ったかも」
が髪をすくい上げた瞬間、うなじがちらりと見えた。
(何や、色っぽいやないか……)
スエットの下の胸が息をするたびに、大きく膨らむ。
(、胸、大きなったんちゃうか?)

頬が火照るのがわかる。
(アカン!今日は慣れんことして気ぃ使うたからビールくらいで酔うてきたみたいや)
俺は、ジャケットの端を持って、風を送るように仰いだ。
その時、が俺の顔を覗き込んだ。
「真島さん、なんか顔赤いけど」
「なんや、酔うたみたいや」
「真島さんが酔うの?」
ふふ、と笑うが俺の頬を撫でる。ひんやりして気持ちがいい。

「なあ、。膝枕してくれや」
「えっ?」
俺はの太ももの上にごろんと頭を乗せた。頬に当たる柔らかい感触との体温。ふわりと甘い香りが俺を包んだ。
「ええ匂いやなあ。香水でもつけとるんか?」
「つけてないよ〜。あ、お風呂上がりのボディークリームじゃないかな?」
の指先が俺の髪をゆっくりとすく。
「真島さんの髪ってサラサラだよね」
のほうがサラサラや」
を見上げて、その髪を自分の指に絡めて弄んでみる。
メガネのレンズの奥で大きな瞳が俺を見下ろしている。メガネをそっと外した。

「真島さん……」
の声。の指先。の匂い。
全てが密着している場所から俺の身体に染み込んでくるようだ。
気持ち良くて目を閉じた。不意に、額に唇が落ちてきた。

「真島さん、ありがとう……」
ゆっくり目を開けると、にっこり笑って俺をじっと見つめる顔があった。


ホンマ、お前は最高のオンナや――。

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