真島さんに何と呼ばれたいですか?
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*何も記入しない場合、青山美香になります。


(C-ADDICTの管理人、郁さんからの頂き物)

夜桜ノ落し物

夜桜から
美しい花びらが
ふわりふわりと落ちてくる
夜桜は
他にも何か落としていた
その落し物は
きっとシアワセを届けてくれる気がする……

通りの両脇に植えられた桜は満開で、枝の隙間から見える夜空には雲ひとつない。
真島さんと世田谷のイタリアンでディナーを食べた私は、住宅街で有名な桜並木を歩いていた。
ブルーシートを敷いて宴会をしているサラリーマンや若者は一組も見当たらず、のんびりと桜を楽しんでいる家族連れやお年寄りがちらほら行き交っている。
春の夜風はまだ冷たくて、私は白いトレンチコートの紐をきゅっと結んで、真島さんの手に自分の指を絡めていた。

「真島さん、桜、綺麗〜」
「ホンマやなあ」
「幻想的ってこういうことだよね」
「ああ。せやけど、幽霊が出そうやでぇ。ヒヒッ」
「もう、止めてよ〜!」

真島さんを一瞬にらんで、桜を見上げると、一斉に咲き誇った桜は、通りを覆うようにして枝を伸ばし、まるで薄紅色のトンネルのように見える。私たちは桜をぐるりと眺めては、ただため息を漏らした。

桜のトンネルを抜けて、ゆっくり歩いていると、外灯が児童公園の入り口を照らしていた。
、ちょう休まへんか?」
「うん。ちょっと喉乾いたぁ」

公園へ着いて、自動販売機を探していた時だった。
「助けてほしい……」と言っているような悲痛な鳴き声がどこからともなく聞こえてきた。
「真島さん、今の聞こえた?」
「ああ、犬か猫やな」
「行ってみようよ」
「まあええやないか」
「えっ?でも気になるよ!」

私は、乗り気でない真島さんの腕を引っ張って、鳴き声を頼りに、公園内を探して回った。
すると、大きな桜の下に、ダンボールに入れられた子犬がいた。
「可愛い〜!」
「捨て犬や」
真島さんが吐き捨てるように言った。
「でも、子供たちが皆で飼ってるのかも」

私は、しゃがみ込んで子犬の頭を撫でた。ふわふわだった。
一体生後何ヶ月なんだろう。
まだ片手で持ち上げられそうなくらいの大きさだ。
寒いのか黒い毛で覆われた身体を小さく震わせている。
私は子犬を抱きかかえて、身体についている桜の花びらを掴んで取ってやった。

ふと、ダンボールの中に白い封筒が置いてあるのに気付いた。
急いで中身を取り出し、手紙を開く。

『もう飼えそうにないので、誰か拾ってください……』

やっぱり……。

「真島さん、どうしよう……」
「しゃあないな。行くで」
「えっ?真島さん、放っとくの?」
「コイツのためや」
「でも……」
「せやったら、が飼えるんか?」
「うちは、ペット禁止だから……」
「せやから、しゃあないんや」

私は、子犬をダンボールに戻すと、視線を子犬に向けたまま、ゆっくり立ち上がった。
ごめんね……。
胸がぎゅっと締めつけられる。後ろ髪を引かれる思いだ。

「クゥーン」
子犬が小さく鳴いた。
まるで私たちと別れたくないかのように。黒い瞳は、真っ直ぐ私を見つめている。

その時、私の中で何かが弾けた。
「真島さん!」
私の前を歩き出した彼を呼び止めた。

「あ?何や」
真島さんがゆっくり振り向いた。
「真島さんがこの子を飼うってゆうのは、どうかな?」
「ハア?何で俺がコイツの面倒を見なアカンねや」
真島さんが眉根を寄せてこちらをにらんでいる。
「真島さんとこって、ペットOKだよね?私、前にエレベーターでトイプー抱っこしてる女の人に会ったことあるから」
「それとこれとが何の関係があるんや」
腕を組んだ真島さんが、声のトーンを低くして答えた。
「ねえ、この子助けてあげようよ。私も、面倒見に行くから!」
私は、必死になって真島さんの腕を掴んだ。
、何でそないな無茶言うんや」
真島さんは、ふーっと大きなため息をつくと、子犬ほうへ視線を移した。

「クゥーン」
と、もう一度鳴いた子犬は、今度は真島さんの様子を伺うように尻尾をゆっくり振っている。

「ハア……俺の負けや」
真島さんは、私の頭にポンと大きな手を置くと、苦笑しながら私の顔を覗き込んだ。
「えっ?本当に!?」
「ああ。コイツ可愛いしなあ。せやけど、俺は預かるだけやで。これから組のモンで飼えるヤツ探すからな」
真島さんは、そう言うと子犬の頭をぽんぽんと撫でた。
突然大きな手が伸びてきてびっくりしたのか、子犬は、ぱちくりと瞬きしている。

「じゃあ、私も、友達とか当たってみる」
「おう」
「じゃあ、名前は?」
「名前?そんなん要らんで。『イヌ』でええやないか」
「ええっ?そんなぁ……」
「さ、早う必要なモン買うて、俺の家に帰るで」
「うん!」

私はイヌを抱きかかえると、
「おうちが見つかってよかったね」
と言って、イヌの背中をくしゃくしゃと撫でた。イヌはもっと撫でてほしそうに私の指をぺろぺろ舐めていた。

「牛乳はこんくらいでええやろ?」
マンションに帰ってきた真島さんは犬用の器に並々と牛乳を入れていた。
「そんなに飲めないよ〜。それと電子レンジで温めたほうがいいんじゃない?」
「ハア、メンドくさ〜」

温めた牛乳をイヌの前にすっと差し出してみた。
犬は一口二口舐めたかと思うと、必死になって器の中の牛乳を飲み干してしまった。空になった器をぺろぺろと舐めて、もっとほしそうな視線をこちらに向けてくる。
相当ひもじかったのだろう。

「コイツ、まだ欲しいんやで。牛乳貸してみ?」
「うん」
真島さんが器に牛乳を注ぐと、イヌは凄まじい勢いでおかわりも飲み干した。
お腹一杯になったのか、イヌは後ろ足で耳元をがしがし掻き始めた。
私は、手を伸ばして耳元を掻いてやった。イヌは目をうっとりさせて、私の手のほうへ顔をすり寄せてくる。

「ねえ、真島さん。可愛いね〜」
「せやな。俺にも触らせろや」
そう言った真島さんは、イヌを仰向けにさせて、お腹をくすぐるように撫で始めた。
真島さんの指が触れるたびに、イヌの後ろ足がけいれんするように、ピクピク動く。

「可愛い〜」
「どうやらツボみたいやな、ヒヒッ」
真島さんは、目を細めてイヌをわしゃわしゃと撫で回している。
二人で肉球を触って、その柔らかさに驚いている時だった。
すくっと起き上がったイヌは、すたすたと一メートルほど歩き、片足を上げてしゃーっとおしっこをしたのだ。

「おい、イヌ!何しとるんじゃ!」
「真島さん、怒ってもだめだよ。場所を覚えさせなきゃ」
「ああ。せやけど、アイツ、オスやったんやな」
「やんちゃになるかもね。ふふ」

壁にかかている時計を見ると十時を回っていた。
明日は月曜日。また仕事が始まる。
「真島さん、私、そろそろ帰るね」
「アカン!コイツと二人っきりにさせんなや。泊まっていけばええやないか」
「ごめん……。明日早いんだ」
「なあ、
「お願い!頑張って!」

そう言って顔の前で両手を合わせた私は、トレンチコートを羽織って、玄関を出た。
下降するエレベーターの中で私は胸に重さを感じていた。
真島さんは一人で犬の世話なんかが出来るのだろうか。
真島さんに全て押し付けてしまったんじゃないだろうか。

チンという音がしてエレベーターが地上階に到着した。
私は、エントランスを歩きながら、きっと真島さんならやってくれる……と自分に言い聞かせて、足早に家路へと向かった。

部長に叱られてしまったのは水曜日の昼前だった。
私は、その日の昼過ぎにある会議用コピーを百枚するように言われていた。けれど、すっかり忘れていたのだ。
しかも、その指示は前日に出ていた。
なんとか同僚に手伝ってもらってコピーは間に合ったけど、しばらく部長の信頼は失ったままだろう。

「ハァ……」
私は、ひとり休憩室で、お弁当を食べていた。
「ハァ……」
もう一つ大きなため息が零れる。

真島さんにイヌを預かってもらってから、毎日電話でどんな様子か伝えてもらっているけど、「元気やで」くらいしか言ってくれない。
本当にうまくやっているのだろうか。
仕事が忙しくて様子を見に行けないので心配で仕方がない。

食欲もなく、お弁当を片付けようとした時だった。
ケータイがメールの着信を知らせた。
メールを開いてみると――

『今日のイヌやで』

真島さんからだった。
写真が添付されている。牛乳を飲んだあとなのだろう。口のまわりが髭みたいに白くなっている。首を傾け、きらきらした瞳でこちらを見ている姿はなんとも愛嬌がある。

「かわいい……」
癒されるってこういうことだろうか。へこんだ気持ちが一気に吹き飛んでしまう。
急いでケータイの真島さんの短縮ダイアルを押した。

「真島さん?」
「おう、か。どうやった?ええ顔しとるやろ」
「うん!すごく可愛かった。ちょっと落ち込んでたから元気出たよ」
「何かあったんか?」
「うん……。ちょっと部長に怒られちゃった」
「せやったんか。ほな、またイヌの写真でも送ったろか?」
「本当〜?」
真島さんの意外な言葉に思わず声が弾んでしまう。
「ああ。晩メシでも食うとる写真も可愛いんちゃうか?ヒヒッ」
「うん!ねえ、わんちゃん元気にしてる?」
「おう。それが何や、ようじゃれてきて困るわ〜。早う飼い主見つけなアカンのやけどなあ。おい、イヌ!足噛んだらアカンやろ〜!」
真島さんは、まだ家にいるようだ。その声は、どことなく甘ったるく、小さな子供をあやすみたいだ。
「ふふ。真島さん、もう手放したくないんじゃないの?」
「アホ!西田に飼い主、探させとるわ」
「そっか……」
、これから幹部会へ行くとこや。ほな、仕事、無理したらアカンで」
「うん、ありがとう」

プツリと電話が切れたあと、私はイヌと別れたくない自分に気付いた。というか真島さんと私とイヌ、二人と一匹でずっと一緒にいたいと願う自分だった。

それからの数日、真島さんと私は、お互いに忙しくなり会えない日が続いた。電話で話を聞くところ、真島さんはイヌの世話をちゃんとしているらしい。
相変わらず、新しい飼い主は見つからないままだった。

金曜日の夜、お風呂上りにスパークリングウォーターを飲もうとした時、テーブルの上に置いてあるケータイの着信メロディーが鳴り出した。ディスプレイを見ると真島さんだった。急いで通話ボタンを押す。

か?」
なんだか緊迫した雰囲気が伝わってくる。
「何かあったの?」
「イヌがぎょうさん吐いたんや」
「えっ!?」
「腹の調子でも悪いんちゃうやろか」
「どうなんだろう……食中毒とか?」
「悪いモンは食わせてないつもりないんやけどなあ。これから病院へ連れて行くんやけど、も来るか?」
「もちろん」
「ほな迎えに行くで」

慌ててソファに脱いでいた服に着替えて、真島さんを待つ。
私は、ケータイを開いて待ち受けにしているイヌの写真を眺めながら、不安を必死に抑えた。

真島さんと動物病院へ着いたのは、八時だった。
先生は、三十代くらいの女性で、優しくハキハキした物言い信頼できそうな感じだ。
真島さんがイヌの名前と症状を伝えながら、イヌを診察台に乗せた。イヌは小刻みに震えていた。知らないところで怖いのだろう。だけど、聴診器を当てられても、先生にいろいろ触られても、イヌはじっとしていた。

「おとなしくていい子ですね〜」
先生は、イヌの頭を優しく撫でながら言った。
ずっと腕を組んで様子を見ていた真島さんは、眉を寄せて先生に尋ねた。
「ほんで、先生、イヌはどこが悪いんや?」
「どこも悪くありません」
先生はにっこりと大きく笑うと、イヌの頭をくすぐった。

「ほな、なんで吐いたんや?」
「もしかして、イヌちゃん、吐く前にいっぱい食べませんでしたか?」
「言われてみれば……食うたような……」
真島さんは、首を傾けて考えている。
「ワンちゃんって、食べ過ぎて、吐いちゃうことってよくあるんですよ」
「なんやあ。せやったんか!」

すっと目を細めた真島さんは、イヌを抱きかかえると、「良かったなあ!」と言って、頭をくしゃくしゃと撫でている。
本当に良かった……。
私は、真島さんの顔をぺろぺろと舐めるイヌを見て、ほっと胸を撫で下ろした。

駐車場へ向かう途中だった。
夜空には春のぼんやりした満月が浮かんでいた。通路の脇に咲く桜は、満開を過ぎた少し過ぎたところで、薄紅色の花びらがひらひらと舞っている。足元には散った花びらがじゅうたんのように、地面を埋め尽くしていた。

「真島さん、もう散り始めてるね」
「せやなあ」
真島さんが立ち止まって夜空を見上げた。
「なあ、
「うん?」
「……俺、コイツ、飼おうと思うんや」
「えっ?」
夜風が桜の枝を揺らして、花びらが舞う。
「名前はなあ、マメや」
「マメ?」
「せや。沖縄に住んどる桐生ちゅう親友みたいなヤツが飼うとる犬の名前や。賢いし元気やしな」
「そうなんだぁ」
「俺が同じ名前の犬を飼うとるって知ったら、桐生ちゃんびっくりするでぇ。ヒヒッ」

「マメかぁ。改めてよろしくね!」
私は、背を屈めて真島さんが抱いているマメの頭を人差し指でトントンと叩いた。
「俺も、よろしくや。ほれ!」
真島さんがマメを空高く抱き上げた。月明かりが真島さんとマメの横顔を柔らかく縁取っている。思わずそのシルエットに見とれてしまう。

突然、びゅっと風が吹いて髪が揺れた。
真島さんが振り向いた。長い手がすっと伸びてくる。
近くに迫る真島さんの顔。

――トクン。
小さく胸が高鳴る。

髪に触れる真島さんの……手。

「ほれ」
「あっ、花びら……」
「ああ」
「どこから来たんだろう」
「たぶん、あのマメがおった木からやで」

真島さんの手から花びらがはらりはらりと落ちる。
真島さんは、マメを抱いたまま、私の肩を強く抱き寄せた。

「なあ、。こないにええ花見は初めてや」

そう言った真島さんの柔らかい笑顔を私はずっと忘れないだろう。
これから、私たちとマメで一緒に過ごせることが多くなる――。
私は、なんだかとても嬉しくて真島さんのジャケットに頬をすり寄せた。

薄紅色の花びらが風に吹かれるたび、雪のように降ってくる。
ひらひら、ひらひらと。
淡いピンク色のふんわりした何かが、私たちを包みこんでいた。

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