AKIRA



自分の髪が嫌いだった。

母方にアメリカ人の血が入っているからだと、今でこそ納得しているが、幼い頃はなぜ自分だけが金髪なのか、理不尽でならなかった。

ガイジン!ガイジン!

ものごころつくころから、さんざんイジメのネタにされ、いっそマルボウズになろうかと真剣に悩んだ時期もあった。
そんな報われない幼年期も、小さい従弟の何気ない言葉に癒されて、とりあえずオレのアルバムにマルボウズ写真が貼られる事はないまま、今を迎える。

父親は某大手企業のエリートコースを激進中。母親は海外の新鋭ブランドのデザイナー。
説明されるまでもなく、忙しさを全身から発散している彼等に、いつの日か甘える事をあきらめた。

「あっちゃんはいい子ねぇ。一人でお留守番できるわね。」

「何かあったら電話しなさい。いってくるよ、亮・・・。」

何もないと、電話しちゃ、いけないの・・・?

その一言も言えず、笑顔で送り出すのが習慣になっていた。
アレが欲しいといえば、次の週には手元に贈られる。
部屋がモノで溢れていくのに反比例して、心の中はどんどん空虚になっていった。

小学校に入って2、3年もすると、自分が他人からどう見られているのか、客観的に判断できるようになった。
別に俺が特別鋭かったわけじゃない。

「ボク、いくつ・・・?おじさんと遊ぼうか?」

「お菓子をかってあげるから、うちにおいでよ。」

公園で一人で遊んでいると、時々声を掛けられた。
女子高生や近所のおばさんに笑顔を返すのと同じに、甘い誘いにうなずいて、意味も分からず身体中を弄られたりしていくうちに、イヤでも理解した。
自分はどうやら、そういう大人たちから見て、性的欲求を満たす対象になるらしい・・・。
もちろん、「性的欲求」なんてものを理解していた訳ではない。
けれど、物陰につれこまれて下着を脱がされそうになれば、どんな鈍い子供だって「何かイヤな事をされる」という危機感くらいは覚えるだろう。

意識し始めてからは、それなりに注意した。

金髪が目立つせいかと思い、黒く染めたいと両親に言ったが、敢え無く却下された。
父親はともかく、母親のほうは俺の髪を気に入っていたらしく、せっかく綺麗なんだから自信を持てと説いた。
本当の理由なんて、言えやしない。
子供には、時に何にも代えがたい、守るべきプライドが、あるのだ。

イジメを告白できない多くの子供同様、俺も意固地なプライドから理由は一切口にしなかった。










小学校3年の夏休み直前だった。
9回目の誕生日。
この日だけは、毎年どんなに忙しい両親も、家で祝ってくれていた。

どんなプレゼントより、そばにいて笑ってくれる事が、そのころの俺には何よりの贈り物だった。

朝、いつものように学校へ行った。
俺の誕生日を知ってるやつなんか一人もいない。
それどころか、当時クラスで流行っていたシカトの標的になっていた俺は、学校で誰かと口をきくことすらほとんどなかった。
なぐられたり罵られたりするほうがまだマシだ。
いないものとして扱われる屈辱は、幼い俺の心に錆びたナイフのように深く深く刺し込まれて消えない傷を作った。

教室ですごす時間は、苦痛以外の何物でもなかった。
ガイジン、と小さいころから指差されてきたせいで、そのころには自分のほうから周りに高いカベを作り上げてしまっていた。
それも、標的にされた要因のひとつだったと思うが、既に自分でも壊せないほどに、そのカベは、高く、強固に塗り固められていたのだ。

誰も壊せない、石のカベ。
他人を阻み、自分を守る砦・・・。


その時期、ずっと忙しかった両親は、めったに家にいる事がなかった。
父親の会社は事業拡大のため、母は新店舗のプロジェクトに参加していたとかで、日本にいる事も少なかったように記憶している。

仕事で通ってくる家政婦とは、ほとんど口も聞かなかった。
ある、雨の日。
うちの電話で知り合いに愚痴をこぼしているらしい家政婦の声が、階段を降りかけた俺の耳に入ってきた。
「そうなのよ・・・。まだ10歳にもなってない子供のくせに、目つきがねぇ。」
自分のことを言われているのだと瞬時にさとって、体が動かなくなった。
「友達もいないみたいで・・・イヤになるわよ・・・何考えてるんだか、さっぱりで。あんな子と一緒にいると、こっちまで暗くなるわ。」

仲良く話をするような関係ではなかったけれど、そんな風に思われていたことは、少なからずショックで、話の内容が終わりに近づく前にそっと2階の部屋にもどって、泣いた。
そんな思いでばかりで構成された当時の、記憶。

だからこそ、特別な日だった。
ーーーお父さんとお母さんと一緒に、ケーキを食べるんだ。誕生日なんだから、わがまま言って遅くまでお話しよう。
・・・一緒に、寝たいっていったら、怒られるかな、笑われるかな・・・。
ランドセルの重みも気にならないほど、嬉しくて、俺は家路を急いだ。
背中で、ペンケースが気持ちをはやらせるような音でカタカタ鳴っていた。

今日だけは、一緒に祝おうねと、1ヶ月以上も前から約束していたのだ。
9歳の俺がどんなにそれを楽しみにしていたか、想像に難くない・・・。


夕方になり、いつのまにか外が暗くなった。

じっとしていられないような不安の中、鳴り出した電話の音に肩がすくんだ。
誰からの電話で、どんな内容なのか・・・・・・その時点でわかったような気がしていた。
留守電に切り替わって、聞きたかったのに、今は一番聞きたくない声が流れてきた。

『亮、いないのか?父さんだ。・・・どうしても、外せない仕事が入ったんだ・・・。今を逃したら、次のコンペまでに・・・』

子供に聞かせても分かりっこない会社での紆余曲折が、時間いっぱいまで続けられ、電話は切れた。
直後、再び鳴り出した電話に飛びつくように受話器をとった。

「お父さんっ・・・!」

もしかしたら、思いなおしてかけなおしてくれたのかと思ったのだ・・・。

「亮、おめでとう、ごめんね・・・」

母親の、謝罪で始まった電話に、諦めのいいコドモは笑って答えていた。

うん。いいよ。分かってる。忙しいよね・・・、頑張ってね、お休み・・・。

電話が切れたあとの部屋は、恐ろしいほどの静寂に包まれていた。
広いリビングに、一人きり。
カベの時計の秒針が時を刻む音が、唯一の音のようにその場を支配していた。

晩御飯の用意もしていなかった。
ーーー父さんと二人でお祝いしてね・・・?
そう言っていた母は、きっと今、俺が一人なのを知らない。
父も、俺が母といっしょだとおもっていたようだった。

俺は逃げ出すように財布だけを掴んで外に飛び出していた。

涙も出てこないのが、コドモ心に不思議だったのを覚えている。
かわりに胸をいっぱいに覆った闇。それは、ひとりでは埋められない大きな空洞・・・

夜の住宅街でひときわ明るい光に誘われて入ったコンビニで、30くらいのオトコの人が声をかけきた。

「一人でお使い?えらいねぇ。」
くしゃ、っと頭をなでられて、ふいに心の中で張り詰めていた何かが微かな音を立てて切れた。

「俺、今日9歳になったんだ。誕生日、なんだ。」

聞かれてもいない事を抑揚の無い声が訴える。

うちに来る・・・?

ついて行っちゃいけない。

警報がなっているのに、俺の手はそのオトコに握られたまま、足は大人しく彼についてただただ歩いた。
握られた手は、大きくて、暖かくて、離したくないときつく握り返した。
どこか麻痺してた。
誰でもいい、そばにいて欲しかった。

見たことの無いアパートの一室に連れていかれた。

「入って・・・?」

一瞬、ためらって足が後ろへ引きかける。
その背中を力強い手に押されて、玄関へ前のめりに踏みこんでいた。

後ろで、

ガチャリ

と、無機質な金属音がして、カギが掛けられたことを悟った。

後悔しても、遅かったし、その時は、そんなコトバも、知らないほど、子供だった。









「っ・・・・・!!」
堪えきれない嗚咽が喉を突いてあふれかける。
それでも、唇をかんで必死で堪えていた。
ガクガク揺すられ、視界がぶれて、脳が焼き切れるような痛みと、・・・得体の知れない初めての感覚。
一定のリズムが壊され、ひときわ大きく突き上げられた瞬間、
「っ・・・・ぁ、あぁっ!」
ついに零れた声に、男は満足げに俺を抱きなおして、耳元に吹き込んできた。
・・・もっとないてごらん、良くなるから・・・
知っているコトバなのに、意味が分からなかった。
身体の中で蠢く熱い塊に意識を翻弄されて、泣きながら目の前の身体にしがみついた。
精通もしていない幼い性器を気が遠くなるほどしごきたてられて、悲鳴にも似た高い声が止まらなくなって・・・


記憶は途切れた。
今でも鮮明に覚えているのは胸が詰まるようなオイルの甘ったるい匂い・・・。それだけ。

気がつくと、俺は一人で布団にくるまれていた。いつもと変わらない朝日が、見なれない窓から裸の自分を照らしていた。
昨夜の男の部屋に間違いない。本人は、会社にでもいったのだろうか。
枕元に、小さなメモと万札が数枚置いてあった。
お礼のような文面から、あぁ、このお金は俺にくれたものなんだ、と理解できた。
その日は学校を休み、次の日からナニゴトもなかったように登校した。
教師に迷惑をかけるような生徒じゃなかったのが幸いして、欠席の理由は、親の連絡ミスだったと言ってそれで済まされた。


その男には、それっきり会わなかったけど、肌と肌で直に触れ合うぬくもりだけは、俺の中に強烈に残った。
男の匂いや息遣いを不快に思わなかったとは言えないけれど、
一人じゃない感覚。
求められる感覚。
得られる充実感に比べれば、耐えられないモノではなかった。
それくらいに、その時の俺は、人に飢えていた・・・。
触れ合う存在を渇望していた。
本当は、話を聞いてくれるだけで充分だったのかもしれない。
けれど、抱きしめられ、肌と肌で触れ合うことでしか得られないあの感覚を、快感として身体が享受してしまったのも、事実だった。

良くない事だと、微かに感じながら、孤独を埋める手段として、俺はセックスを覚えた・・・。










程なく、両親の仕事も以前よりは落ちついて、人並みの共働きの家庭とさして変わらない生活が俺を取り巻いた。
それでも、蜜の味を知っている子供は、それを求めずにはいられない。
いくつか覚えた誘われやすい場所に時々一人でフラフラ出かけて、声をかけて来た男にホテルで抱かれたりしながら、訳もなく沸き起こる情欲をまぎらわす。

学校はあいかわらず窮屈な檻でしかなく、そのままエスカレーターで進学できる状況にあったが、
両親にムリヤリ頼んで中学受験する道を選んだ。
今までの自分を誰も知らない環境を、手に入れたかったから。

決めたのは小学校5年の冬。
スタートラインが大分遅い事は覚悟の上で、駅裏の土手から少し細い路地に入ったところにある学習塾に通う事になった。


伊原進学塾。


母が口コミでし入れた情報で、かなりの実績を上げてる個人経営の塾だという。

連れられて受講の挨拶に出向いて、俺はそこではじめて彼と出会った。

「江崎 亮君?はじめまして。君のクラスの担当塾講師になる、遠野 慎一郎です。今からでも頑張ればきっと大丈夫。一緒にがんばろう?」

差し出された右手を、一瞬の躊躇いの後、ぎこちなく握り返した。それまでの人生で、大人から握手を求められたことなんか一度もなかったからだ。
初対面の時の印象なんて、無いに等しかった。顔なんかろくに見ようともしなかったし、こう言うのも失礼な話しだが、存在感も薄く感じたのだ。

そんな、なんでもない出会いを済ませた俺と、遠野慎一郎の2度目の接触は、初対面の平穏さを吹き飛ばす勢いで、ある夜突然訪れたのだった。




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