| AKIRA2 |
土手沿いのサクラが小さなつぼみをつけていた。 まだ夜は肌寒い季節。 ぼんやりと歩きながら、もうすぐ通う事になる塾の近くまでやってきていた。 両親が普通に家に戻ってきても、心の暗い穴は塞がる事はなくて、 一緒にいても、満たされない・・・。 あんなに求めたいたはずの宝物は、手に入れてみると悲しいほど、色褪せていた。 俺が、夜、フと一人で出かけても気がつかない。 帰りが遅くなっても、さして追求もされない。 なんの心配もされないほどに、信じられてる・・・? 本当の俺を知ったら、どうするんだろう・・・。 その事が少なからず負目となって彼らの前で微笑むたびに、胸が苦しくなる・・・ だましているような、罪悪感は、どうしたって拭えない。 「おい、」 背中で掠れたような声がした。 自分に掛けられたとは思わずにいたら、いきなり腕を掴まれて強引に振り向かされた。 「あ・・・・」 「よぉ。今日も暇してんの・・・?」 見た事のある顔だった。 一月ほど前、抱かれた相手。 近所の私立高校の制服とニセモノの金髪があまりにも不似合いで、覚えていた。 ただ、違うのは、今日は相手が一人じゃない事・・・。 「誰?知り合い?」 「前に言ってた小学生だよ。なぁ、覚えてるよな、俺の事。」 にやついた顔で肩を抱かれて、嫌悪感に身をよじる。 振りきって走り出そうとして、別のヤツに抱えこまれた。 自業自得だ。 相手は自分がそういう事を平気でやらせてくれる人間だと認識してる。そして、それは間違いじゃない。 自分が蒔いた種。 「うち、すぐそこなんだ・・・寄ってけよ。」 3人の相手のうちの一人がそう言った。 囲むように腕をつかまれ、背中を押され、・・・そのころには抵抗するのも諦めている。 3人の高校生相手に、小学生の自分がいくら足掻いたところでかなうはずも無い・・・ こっちが欲しい時だけ与えられて、いらない時は撥ね付ける事が許されるほど世の中上手くは行かない事も、もう分かってる。 力を抜いた俺に満足したように、肩に腕が回された。 大人しく連れられて土手から降りたトコロで、 「江崎君・・・?」 名前を呼ばれ、ビクリと身体が震えた。こんなところで、自分を知ってる人間に会うなんて・・・?!。 声をかけた相手の顔を見て、一瞬首を傾げた。 ・・・誰・・・? ラフなスーツに身を包んだ、二十四、五歳くらいに見える男は、怪訝な表情のまま歩幅をかえずにまっすぐこちらへやってきて続けた。 「何してるんですか?こんな時間に、こんな場所で。」 柔らかいけれど芯のある低い声・・・。叱られているような気分になって、俺は思わず俯いていた。 「カンケーねぇだろ?誰だよあんた?」 ニセモノ金髪オトコがただでさえ悪い目つきをさらに剣呑にして相手につっかかった。 「彼の担任です。あなたこそ誰ですか?その制服は西高ですね。問題を起こす前に学校側へ連絡させていただきましょうか?」 暗い夜道の街頭のかすかな明かりの下で、人のよさそうな顔が嫌味なほどくったくなく微笑んでカバンからケイタイを取り出す。 ふざけんな、とかなんとか、巻き舌の聞き取りにくい発音で、俺の腕を掴んでいた一人が『自称・担任』に向かって拳を振り上げた・・・ 直後、目の前で倒される姿を100%予想していたスーツのオトコは、見た目を裏切るすばやい身のこなしでそれをかわすと、かわりに掴んだ相手の腕をひねり上げていた。 あっけに取られるこちらの目も気にしない風で、相変わらずの柔らかい口調で恐ろしい事を相手に吹きこむ。 「このままもう少し右に捻ると、折れますよ・・・?折ってみましょうか?それとも、このまま帰りますか?」 答えは決まっていて、俺の見ている前で3人は足音も大胆に路地に消えていった・・・。 「大丈夫・・・?お金取られたり、してない・・・?」 携帯をカバンに戻しながら、すっと伸びた長身が身を屈めてこっちを覗きこんできた。 「・・・あんた誰?」 素直な疑問を口にすると、相手は力無く微笑んで名詞を取り出した。 「この前はお母さんのほうにしか、渡さなかったからね。はい、ワタクシこういうものです・・・。」 掌サイズの白い紙にかかれた文字を見ても、まだピンと来ない。 「とうの・・・、しん、いちろう?」 声に出したうえに、未だ首を傾げる俺が覗きこんでいる名詞に一緒になって頭を寄せながら、カタチのいい人指し指が名詞の一部をしめした。 ーーー伊原進学塾・塾講師ーーー 「あ。」 「やっと思い出してもらえた?」 柔らかそうな黒髪を夜風に揺らしながら、歩き出した彼になんとなくついていく。 さっき降りた土手に上って、明るい街頭の下のベンチのひとつに腰を下ろしたトウノシンイチロウにならって、俺もとなりに座った。 「今日は下見に来てくれたのかな?」 目線を合わせながら静かに尋ねられて、コクンと頷いていた。 本当は、息が詰まって家から抜け出して、散歩してただけ・・・。 クラス編成の都合で受講は4月からという事になっている。 その日まで、あと数日のこっていた。 「このあたり、駅もちかいからああいうお兄さんがたくさんいるんだよ。カツアゲされないように気をつけようね。」 また、うなずいて、 川原に視線を向けた横顔を、そっとのぞき見た。 初めて会った時には良く見もしなかってけれど、ちかくで見たら整った綺麗な顔だった。 けれど、決して目立つ方じゃなく・・・どこか物憂げな、印象・・・。 それと、さっきの立ちまわりを連想して、 「人は見かけによらないね。」 と、思わず口にしていた。 俺みたいな子供が、大人相手にいきなりのタメグチで、失礼かな、と思わないでもなかったが、 それを彼が咎めるような人じゃない、と、根拠もなく信じていた。 「・・・良く言われる・・・。」 ふっと笑って細められた両目に見つめられた瞬間、何かがぐっとこみ上げた。 なんて、やさしい目なんだろう・・・。 こんな目を初めて見た、そんな気がして。 俺はいつまでもその視界の中にいさせて欲しいと、存在も不確かな神様に祈るような思いでいた・・・。 「慎ちゃん!ココ教えて。」 「あ、俺も!!次こっち見てよね?」 4月になり、通い始めた塾で、なぜか俺は不愉快でたまらない時間を過ごしていた。 原因は、今日も今日とて4,5人の生徒に囲まれながら『慎ちゃん』と慕われている・・・担任の塾講師。 いつのまにか俺の指定位置になっている、窓際の一番後ろの席から、じっとその集団を見やる。 生徒たちにまとわりつかれながら、あの時俺に向けられたのと同じ目が、彼らを優しく包み込みながら質問の嵐に丁寧に答えてやっている・・・ 時々、『慎ちゃん』は生徒の間から顔をあげて、俺と眼が会うと、少し困ったような顔で笑って見せる。 そのたびに、俺は無表情を顔に貼りつけてフイと窓の外に目をそらすのだ。 あの夜、自分に向けられた微笑みは、なにか特別な、とても大切でたまらないもの、・・・そんな風に感じていたのに・・・ 授業がはじまってみて、その思いは一蹴された。 毎日があの微笑みの大安売りだ。 マクドナルドも真っ青のゼロ円スマイル・・・そんなのもに、一瞬でも心を奪われた自分に腹が立っていた。 それなのに、気がつくと目が追っている・・・。 そして、その視線に律儀に反応して、彼も微笑みかえすのだ。 何度か。そんな目線のやりとりがあった。 特に二人だけで話をするような機会もないまま、カレンダーは六月のページ。 学校ではあいかわらず、孤立無縁なはみだしっこだったけど、塾では少しずつ、知り合いと呼べる相手ができるようになっていた。 金髪と、年の割に冷めた目つきが災いして、ちょっと距離を置かれてる存在ではあったが、普通に話しかけてくるヤツも何人かいて。 そんなヤツらと他愛もない話をしている中で、ある日思わぬことを言われた俺は、ガラにもなく顔が逆流した血で染まるのを感じてしまっていた・・・ 「江崎って、笑うとかわいいよな。」 「っ、ば、かじゃねぇの?なに、いって・・・」 「慎ちゃんが言ってたんだ。まだ4月のはじめごろ。江崎って普段はこーーーんなブッチョウヅラで近寄りがたく見えるけど、笑ってるとカワイイんだよって。最近オレもわかったよ。ほんとにカワイイなー。」 まじまじと覗きこまれて、のけぞりながら諸悪の根源を睨みつけた。 教卓わきのパイプ椅子でくすくす笑いながらこっちを見ている担任講師を・・・・。 こころあたりは一度キリ。 助けられたあの晩、向けられた微笑に、無意識に返していた、心からの笑顔を・・・っ。 2度とっ!!2度とアイツの前では笑わない!! サイアクの気分で残りの授業を受けて、帰り際、来週の模試のことで呼び出された。 俺のほかの生徒は容量が分かっているが、今年から入った俺には初めての模試で、簡単な説明を受けなければならなかったからだ。 やっとエントランスへ一人で降りた時には、暗い夜空から落ちる大粒の雨がばたばたと地面を打っていた。 傘は持ってきていない・・・。 濡れて帰るのか・・・と、ちょっとうんざりしながら1歩を踏み出しかけた時、スッと後ろから傘がさしかけられて、俺を雨から守ってくれた。 「トウノシンイチロウ・・・。」 「はは、フルネームで呼ぶのは長いから大変じゃない?」 「・・・慎ちゃんて、読んで欲しいの。みんなと同じに?」 なぜか嫌味っぽく言う自分が、スネた子供みたいでちょっとはずかしくなる。 「江崎君の好きなように。呼びやすいように。」 「・・・慎一郎。」 「じゃぁ・・・、センセイは亮って呼んじゃおうかな。」 しかえしのようにいたずらっぽく見下ろしてきたその顔に、思わず笑って答えてた。 ほんの数時間前、2度と見せまいと誓ったはずの笑顔で・・・・。 その時の俺の身長は、周りのやつに比べたら全然高い方だったけど、慎一郎は180センチはありそうな長身の持ち主で、そんな彼が俺の歩幅に合わせて歩いてくれるのが、やたら嬉しかったのを覚えている。 「俺、駅のほうじゃないから、ここでいい。」 言った俺に、じゃぁうちまで送るよ、と、そのまま住宅街への道へ進み出した背中を、グイとひっぱった。 「けっこう歩くから、ここでいい。」 「でも、ねぇ。」 雨の中で、立ち止まって延々と押し問答が続きそうだった。 ホントなら、俺が駆け出してサヨナラを言えばすんだのに、そうしなかったのは、一秒でもイイから同じ傘の下に・・・居たいと思ったからだった。 決まり悪くてうつむく俺に、彼は 「じゃぁこうしよう。」 と、いきなり傘を押しつけてきた。 驚いて顔を上げると、 「駅はすぐそこ。君のうちまではかなり歩く。それなら傘は君が使うのが理に叶ってる。」 でも、といいかけたうえに、「じゃぁね、また明日」とたたみこまれて黙りこむ。 いつも持ってるレザーの鞄をかざしながら、慎一郎の背中はどんどん小さくなって、見えなくなった。 「また、あした。」 踵をかえして歩きながら、傘の持ち手が暖かいのが嬉しかった。 向き合っていたとき、俺の反対側の肩がびっしょり濡れていたのに気づいて、ジンときた。 ぱしゃぱしゃ雨に濡れたアスファルトを歩きながら、俺はゆっくりと理解していった。 慎一郎がみんなに好かれてるのが気に入らないのも、 慎一郎がみんなに俺に向けたのと同じ笑顔を返すのが気に入らないのも、 全部、俺が彼を独占したいと思うからなんだって。 それは、多分、恋で・・・、相手が同じオトコだっていう時点で、結構痛い自覚。 ・・・でも、彼は俺が「慎一郎」って呼ぶことを許してくれて、 ほんとかどうかわからないけど、亮って呼んでくれると言った。 それは、少なくとも、他の生徒よりはトクベツな証拠・・・? 他のヤツとは違った存在になりたい。 彼の、トクベツに、なりたい。 意識した気持ちは、急速に育って、俺の中をいっぱいにするのにそう時間はかからなかった。 |
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