| AKIRA3 |
悲しいくらいに目が追っている。 気がつくと、見つめている。 黒い柔らかそうな髪。 さわりたい・・・。 指を通して、顔をよせて、そうしたらどんな匂いがするんだろう・・・。 1週間もしないうちに、たくさん癖を見つけた。 ちょっと髪を撫でる仕草や、考え事であごにそっと手を沿える仕草。 同じコトをしたい。 それだけの理由から、無意識に同じ仕草をしてみたり・・・ スキだって伝えるには、どうしたらいい? どうすれば、俺をもっと見てくれる? 分からない事ばかりが胸をしめつけて、溜まる一方の想いは行き場が無くて、対処のしようがない焦燥感が俺をイラつかせた。 「江崎君、ここ解いてみて。」 「・・・は、」 37ページ問いその7!と、隣にいたやつが小声で教えてくれた。 答えは、目を通してすぐに分かったけれど、ふとうかんだコドモっぽい理由からそのまま黙ってうつむいた。 「江崎君?」 呼ばれるのが、うれしい。 だけど、顔はあげない。 もっと俺を見て、もっと、もっと、気にかけて。 「シカトですか・・・?」 穏やかな声がため息をのせて零れた。 それでも深く追求しなかった慎一郎も、そんな俺のだんまりが3回、4回重なると、担任講師の立場上、放っておくわけにもいかない。 授業の後、一人職員室に呼ばれた時は、はじめてその作戦を実行してから2週間たっていた。 さして広くない職員室の隣、もう一回り狭い『進路指導室』と書かれた部屋に、入った。 先に待っていた慎一郎は、部屋の中央に置かれた会議机をはさんで向こう側に、足を組んで座っていた。 「どうして呼ばれたか、わかるよね?」 「わかりません。」 「・・・そうですか。じゃぁ聞いてもいいかな。どうして当てても答えてくれないの?」 「・・・わからないから。」 「うそですね。君にはあのくらい簡単に解ける。」 「うそつきにはうそつきで返すんだよ。」 俺の答えに何のことだ、と彼は首を傾げた。 「亮って。俺の事、亮って呼んでくれるって言った。それなのに、江崎君って・・・。」 「それは・・・。」 ちょっと考えて、慎一郎は続ける。 「みんなの前でいきなりそう呼んだりしたらびっくりされるでしょう?」 「そんなんカンケイない。俺は亮って呼んで欲しい、それなのに、うそつきは、慎一郎だ。」 なんて子供じみたへりくつ。 自分で言っていて恥ずかしい。 でも、このくらいしか彼との接点を作る事が、できなくて。 机ひとつ隔ててそこにいる男を、じっと見つめた。 困惑した表情。 そんなのも、好きだと想った。 しなやかにサイドへ流れている黒髪に、そっと指を伸ばした。 「慎一郎、髪・・・キレイ。」 浮かんだ単語をひとつひとつ声にしたら、優しく微笑まれた。 50センチ先の、憧れ。 ギュ・・・っと動脈が縮んで、下腹部にわずかな甘い電流が走った。 それを自覚してはっと手を引いた。 うそだろう・・・?! 髪をさわった、それだけなのに・・・?! 一度疼いたその部分は、必死の自制も虚しく熱を帯びて・・・ 「江崎君・・・?」 「違うっ・・・!なんでもないっ!」 俺の『違う』を履き違えた慎一郎が、フっと柔らかく笑って、声にした。 「・・・亮・・・?」 怯えたように引きかけた右手を、フワっと握られた。 慎一郎の、ぬくもり、体温、指の感触・・・ 俺の指が、縋るように慎一郎の指にからまった。 このまま、もつれて、絡まって、ほどけなくなればいい・・・! 「どうしたの?・・・話そうよ。口で言おう。伝わらないかもしれなくても、伝えようとしなきゃ。・・・ね?」 「聞いて・・・くれるの?」 「聞きたいよ。最近ずっとおかしかったからね。」 「オカシイって、いい生徒じゃなかった、って事・・・?」 「違うよ。君らしく、なかった、って言う事。」 促すように頭を撫でられて、子供扱いされているのが痛いほど分かった。 彼にとって、扱いにくい一生徒。 きっと、今の俺はそれ以下でも以上でもない。 その位置から動き出すには、・・・・? 下がるかもしれなくても、ここに停滞してるよりかは、ずっといい。 席を立って、机を回りこんだ。 俺の動きを目で追ってる慎一郎のそばへ、1歩1歩がまるで現実でないような、はじめての感覚にとまどった。 「聞いて。」 まじかに見下ろして、口を開いた。 「好きだ。慎一郎が。」 「僕も好きですよ。」 「そんなんじゃない、そうじゃなくて、・・・好きだ。」 見上げる彼の視線をうけとめていたら、いてもたってもいられなくなった。 欲しい、欲しい・・・! あなたが欲しい・・・!!! キスした唇が、緊張で震えた。 それでもしたかった。 かすかに触れるだけのそれは、俺の中にどうしようもないほどの悦びを注ぎこんだ。 目の前で呆然としている慎一郎に、開き直った俺は告げた。 「好きだよ。恋人になりたい。慎一郎に、抱かれたい・・・・」 どうやら、彼のなかで時が止まってしまったようだった。 穴があくほど俺を見つめて、長くて器用そうな中指が、唇を辿っていた。 まるで、さっきそこに俺がした事を一生懸命理解しようとして、できないのをどうしようかと思案してるみたいに見えた。 「ええと、そう、まず。落ちつこうか。うん。」 俺に元のイスに座るよう促しながらなんとかそう切り出した彼に、俺は従った。 正面に座りなおしてまっすぐに向かい合うと、 「・・・・まいったな・・・。」 ひじをついて、慎一郎は自分の髪をくしゃくしゃとかきまわした。 「落ちつくのは、僕のほうだね。・・・・ごめん、動揺してる。」 そういった慎一郎は、センセイじゃなくて、俺が始めてみる、ひとりの男だった。 それが嬉しくて、俺は笑っていた。 かわいいと、言ってくれた笑顔。 今も、そう思ってくれますか? 俺の事、かわいいって、少しでも思ってくれますか? 「・・・亮、もし、からかってるなら止めてくれないかな。こういう事を、簡単に扱えない性格なんだ。」 乱れた髪から覗く淡い虹彩が、恥ずかしそうに薄い幕を張って見えた。 それに、心がかき乱された。 大人だから、キスくらいかるく流される覚悟をしてた。 それなのに、慎一郎は見ていて辛いほど、うろたえてる。 「ごめんなさい。」 あやまらずには、いられないほど・・・ 「からかってなんか、ないよ。俺、慎一郎を簡単になんて思ってない。好きだから、俺を見て欲しくて・・・」 「まさか、それで授業中・・・?」 「だって、他にどうしたらいいか、分からなかったんだ。」 こっちも、恥ずかしいとこまで見せていい、そんな気がして白状した。 「・・・そうだったのか・・・。理由が分かってほっとした・・・。」 「迷惑・・・かけたよね。俺。」 「いや、大丈夫。ちゃんと、いや、むしろ誰より熱心に前を見ているのは知っていたからね。」 少し落ちつきをとりもどした慎一郎が、さて、と腕を組んで俺を見た。 「恋人になりたいって、言ったね。」 「うん。」 「抱かれたい、とも、言ったよね。」 「うん。」 組んだ腕を机にのせて、顔をちかずけてきて、真剣な目が俺の中を探ろうとしていた。 「当ててみようか。しんいちろー?」 こちらからも顔を寄せて、まじかにささやく。 「・・・この子供は、意味を分かっていってるんだろうか・・・?恋人同士が抱き合う行為を、理解してるんだろうか?」 おそらく図星をさされた慎一郎がちょっと眉をよせて顔をひく。 逃がさないように、首に腕をまわして引き寄せた。 「知ってて言ってるよ。シンイチロウがどうだか知らないけど・・・俺、今起ってるよ。」 「・・・起っ・・・?」 「センセイの匂い、感じて、キスしちゃったら、もう、溜まらなく興奮してる。」 あなたのせいだからドウコウしろ、なんて言わないけど・・・。 あなたの指で、声で・・・全身で。 ドウコウしてもらうのが、俺の願望なんだよ。 見つめる視線に返されるのは、やっぱり動揺と困惑の色だった。 開きかけた口をそっと手で制して、席をたつ。 「今答えてなんて、言わないよ。俺、ずっと待てるからね。その気になってくれるまで。他に欲しいものがないんだから・・・」 「・・・亮。」 「呼び方も、江崎のほうでいいよ。俺も、センセイって呼ぶから。」 これが二人の合図に、なればいい。 「いつか、俺に応えてもいいって、そう思ったら、亮って呼んで?・・・待ってるからね。」 ドアをしめる間際に見た顔は、やっぱり困惑がはりついたようなものだった。 それでもいい。 そう思えた。 産まれてはじめての告白。 好きだから、欲しいと思う素直な気持ちを、俺はへたくそだけど、自分なりに伝えられた。 困った顔まで好きです。 あなたが好きです。欲しいのです。 恋は、キレイなモノだと思っていた。 いつか必ず、あの腕に包まれる、そんな身勝手な確信を、抱いて、俺は彼へ1歩、近づけた。 そんな、気がしていた。 |
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