| AKIRA4 |
いつまでだって、待てるから・・・。 そんな風に言ったのは、その場で決定的な一言を言われるのが怖かったからだった。 可能性を、消したくない。 もしかしたら、慎一郎も、俺を好きでいてくれるかもしれない。 だって、あんなに優しくしてくれた。 あんなに、あったかい目で俺を見つめてくれた・・・。 そんな淡い期待は、次の日にはあっさりかき消された。 目が、合わない。 今まで、俺が見てたら律儀なほど視線を返して、フって笑ってくれたのに、慎一郎の目が、俺を映さなくなった。 ここで俺までが引いたら、それで終わってしまう。始まってもいないのに、そんなのは耐えられなかった・・・。 「センセ、今日何時にかえる?」 「・・・勉強以外の質問ですか?」 昨日までと、あきらかに違う態度。口調が・・・どこか、固い。目線が、俺に向けられない・・・。 それだけで泣きそうになるのを堪えて、ことさら明るい声で続けた。 「晩御飯は、どこで食べてるの?俺も一緒に食べていい?」 「・・・ご飯はうちで食べるし・・・、君だってご両親がうちで待っているでしょう?」 待ってないよ、とは、言えずにちょっと間があいた。 ここのところ、また忙しい父と母は、帰っても随分遅いし、帰らない日も少なくない。 同情なんかで一緒にいられるのは、嫌だったから、 「それもそうだね。」 と、笑って答えておいた。 周りに他の生徒が居るから、あんまり露骨なことも言えない・・・。 ヘンなウワサが広まったら彼に迷惑がかかる。そのくらいは考慮しながら、近づけるように努力した。 帰る時間をわざと遅らせて、エントランスで慎一郎を待ったりもした。 俺の姿を見つけた瞬間の、彼の動揺が分かって、また泣きたくなる。 それでも、このまま負けられない。 少しだけ目が潤んだけど、どうにか笑顔を作っていつも通りに声をかけた。 「一緒に、帰っていい?」 「駅の手前の交差点まででしょう?そんな短い距離のために、君は・・・」 「あたりまえじゃん?一メートルだっていいよ。一緒に歩けたら・・・。」 「江崎君・・・」 「邪魔だったら黙ってるよ。何にも言わないから。隣、歩くだけで、いいから・・・。」 精一杯のお願いだった。 ほんとは、避けられてるのが分かってるだけで、俺の中の弱い部分はとっくにねを上げている。 負けるな、負けるな、頑張れ、頑張れ・・・! 自分に必死で言い聞かせた。 黙って歩く慎一郎の隣を、俺も何も口にせずに歩いた。 すごく、無だな事をしてるんだって、思った。こんなに分かりやすく拒絶されてる。このままずっと、一方的に想い続けているだけなんだろうか・・・。 交差点にさしかかって、 「じゃぁ、また明日・・・。」 抑揚の無い声に押しつぶされそうになりながら、思わず口が動いた。 「迷惑ですか・・・?俺のしてる事、やっぱり迷惑ですか?」 そこで、おもいきりそうだと言われたら、もしかしたら、傷つきながらも終わったのかも知れなかった。 それなのに、彼の答えは・・・ 「・・・初めて僕に敬語つかったね。」 「・・・え?」 「君らしくないよ・・・?」 痛いほど胸が疼いた。 駅のほうへ向かう間際に見えた彼の目線は、何日ぶりかにかすかに微笑をのせていた・・・。 しょうがない子だな・・・って、言われた気がした。 「・・・ばかっ・・・、煽るなよっ・・・・・・・」 その声は、きっと届かなかった。 眩しい駅の明かりに消えていく背中を、見えなくなるまで見送った。 「慎一郎・・・・。」 声にしながら、その晩、めったにやらない行為で自分を泣かせた。 彼の指を、彼の匂いを、彼の熱を想像して・・・射精したら、涙が溢れた。 ずるい、ずるい・・・。 もうやめようって思ったのに、そのブレーキを壊された。 慎一郎に、壊された・・・。 そのまま事態が好転するわけもなく、俺が話しかけないと接点が得られないままの状態が続いて、夏休みに入った。 学校が無い事は俺にとって最高の喜びだ。 その分夏季集中講座とか言って、塾の時間が大幅に増えた。 「聞いて、慎ちゃんがねぇ!」 同じクラスの女子が、彼の名前を話題にしてる。それだけで、意識がまるごとそっちへ持って行かれる。 「こんどのテストで偏差値ここまで上げたらデートしてくれるって・・・!」 「えーいいなぁ・・・あたしもお願いしよっと。」 「だめー!慎ちゃんはあたしのー!」 ・・・俺のだ・・・! と、心の中で叫んでみて、あまりの虚しさにため息が落ちた。 デート・・・。そんなお願い、俺がしたら彼はどうするだろう・・・。 ふと思って、あんな女子と同列に扱われるのなんて絶対に嫌だと首を振ってから、・・・逆に自覚した。 ・・・俺が男だっていう、それだけの理由で、慎一郎の恋愛対象になれるイチから大きくずれてるんだって、・・・今更のように気がついたのだ。 常識のラインも曖昧な年端もいかない頃に、男とのセックスを覚えたせいで、きっと俺はどこか、そのヘンの事への禁忌の念が極端に弱かったのだと思う。 それでも、彼を好きだと気づいてからは、一度も他の男に抱かれたりしていなかった。 身体の火照りの前に、好きだという気持ちがある。 この熱を溶かし合えるのは・・・慎一郎だけ。 彼だけが、欲しい・・・。 他のものはなにもいらない・・・。 その日最後の授業が始まる前に、トイレでばったり慎一郎にあった。 「・・・聞いたよ。センセー今度、佐野とデートするって。」 「・・・偏差値が上がったらね。」 「俺には?俺も頑張ったらなんかもらえる??ねぇ。」 いたずらっぽく下から見上げてムリヤリ彼の視界に入りこむ。 またいつものように相手にされなくて、困ったような顔を返されると思っていた俺は、いつになく真剣な慎一郎の目線を受けて、思わず笑顔が消えていた・・・。 ドク、ドク、・・・と、耳に自分の動悸が伝わって、顔が染まっていく。 見つめ返しても、慎一郎の目は逃げなかった。 「・・・好き・・・。」 胸にあった一つだけの言葉を、うわごとのように呟いていた。 5秒・・・?10秒・・・・・?? どうしよう、告白してから、こんなに長く見つめられたのは、初めてで・・・緊張と、嬉しさで目の前の顔が涙の薄い幕で歪んだ。 無意識に腕を伸ばして彼の首に巻きつけた。 背伸びして・・・・ 「・・・・・・・」 目を閉じながら、唇を寄せた・・・・直後だった。 「やめなさいっ!!!!」 「・・・!」 ものすごい力で押し返された。 ほとんど突き飛ばされたような衝撃に、俺ははっと正気を取り戻した。 彼に、キスしようとした。 それで・・・・ 謝ろうとして顔を上げて、体が、心が、氷のように冷たくなっていった。 唇を噛み締めて、額に手を当てて、こっちにほとんど背を向けてる慎一郎の肩が、かすかに震えていた。 それ以上のコトバはなくて、逆にそれが否応無しに彼の心情をオレに突き付けた。 何も言えずに、教室に戻った。 頭に慎一郎の声が響く。 ---ヤメナサイ--- それは聞くだけで、分かる声だった・・・。 痛いほどの拒絶。近づくなという空気。 どんなに煩わしく思われているか・・・疎まれて、いるか。 ごめんなさいも、言えなかった。 避けられているのに、必死でくらいついてた俺の無け無しの気力が、一瞬で崩壊していった。 嫌なんだ。 そんなに、俺の事・・・ 生徒だし、はじめやさしくした手前、話しかけられれば無視するわけにも、いかなかったんだ。 分かっていた、はずだった。 ずっとずっと目が合わなくても、それでも諦められなかった。 ほんとは毎日泣きたいほど辛かった。 でも、そんな自分は見せられなかった・・・。 今までどうしてこんなに必死で頑張ってきたんだろう。 こんなに、嫌われていたのに・・・・! 授業が始まって、彼の声が教室に流れる。 聞きたくない、もう、聞いていられない・・・ 涙が溢れかけて、俺は教室から走って外へ出た。 背中からざわつく生徒たちに注意してる慎一郎の声が聞こえてきた。 もう、あそこには、戻れない。 そのままビルから出て、初めて二人で座った土手のベンチで膝を抱えた。 外はもう、暗くて・・・声を殺して泣いてるオレを薄闇が隠してくれる・・・。 痛がる心を、なんとか慰めたくて、自分で自分を抱きしめるようにうずくまっていた、そのせいで、そのとき、近づいてきた足音に、俺は気づかなかった。 いきなり肩に手を置かれて、はじかれたように顔を上げた・・・。 期待。 していたのだ。 追ってきてくれるのを・・・。 この後におよんで、自分はいったいどこまでおめでたいヤツなんだろうと、笑ってやりたくなった。 だから、このベンチで・・・・あの日のように・・・。 「しん・・・いちろ・・・?」 涙でぼやけた視界と街頭の逆光のせいで、顔が見えなくて思わずたずねた。 帰ってきた声を聞いて、 最後の光が見えなくなった。 「・・・ひさしぶり。何泣いてんだよ、こんなコトで?」 あの日、慎一郎に助けられた夜、俺をムリヤリ部屋に連れていきかけた奴等だった。 「今日は一人・・・?」 下心を露骨にみせた問いかけに、俺は頷くだけがやっとで、肩を抱かれてベンチから立ちあがった。 |
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