| AKIRA9 |
| デート。 デートって、どんなだろう・・・。 ほんとうは恋人同士がするものだ。けれど、オレと慎一郎のそれが、そうじゃないことくらい最初から分かってる。 慎一郎のことだから、きっとオレを避けてたことへの罪滅ぼしみたいな気持ちもどっかにあるに違いないと思った。 あの夜から、寝てもさめてもそのことばかり考える。 でも、デートはデートだ。 慎一郎の小指の感触がいつまでもオレの指にまとわりついて消えず、あの約束が夢なんかじゃなかったんだと、いつだってオレに教えてくれていた。 「約束の事、覚えてるかな・・・?」 トイレで偶然いっしょになったのは、夏祭りの日だった。 朝から町の雰囲気がいつもと違う。 毎年、一人でうちの中から遠くのお囃子(はやし)をきいていた。 にぎやかな笑い声を響かせてどこかの家族が下駄を鳴らして表を通り過ぎるたびに、テレビの音量を上げたり、耳をふさいでみたり、一人を感じないためにいろいろやった。 お祭りの夜は、きらいだった。 約束を覚えているかと聞かれて、オレは鏡の中で慎一郎を見つめながらおおきくうなづいた。 覚えてるどころか、その事しか考えられないような毎日を過ごしていたのだ。 「…今日、塾のあと、空いてますか?」 ハンカチで手を拭きながら言う慎一郎を、今度は鏡ごしじゃなく、ちゃんと向き合って、見上げた。 「・・・デートの、こと?」 問うと慎一郎は少し笑ってうなづいた。 細い髪の束が、ゆるく額に流れる・・・ 「やっぱり、今日みたいに行事のある日は、江崎君は先約があるかな?」 「ないよ!」 外まで聞こえてしまうような声がとびでた。 「それに、在ったとしてもさ、センセイに誘われたら、オレどんな用事だって断る。」 「そんなに高いところに優先順位置いてくれてるんだ?」 ありがとう、と、穏やかに笑う慎一郎を、少しにらんだ。 高いところ、じゃなくて、いつだってあなたはオレの中の一番てっぺんなんだよ?そして、比べられる存在なんて、他にひとつだって無いんだ。 「授業の後、残っててくれますか?8時前には迎えに行くから。」 「・・・分かった。待ってる・・・。」 「じゃぁ、あとでね。」 そう言って慎一郎は教室に戻っていった。 ほんとに、ほんとうにデートするんだ・・・。 時間差でどくどく走り出した心臓が、恥ずかしいほど高鳴っていた。 どこに、連れていってくれるんだろう? やっぱり、いっしょにお祭りを見て回るんだろうか。 他の奴らに見つかったら、きっと二人きりでいられない・・・ 慎一郎はそうじゃなくても、今日だけは、オレは恋人の気分を味わったっていたいよ。 二人だけで居たいって、ちゃんと言おう・・・ 今夜のことを考えながら、ふと目の前の鏡に映る自分を見た。 「・・・・・。」 笑っていた。 はじめてみる、心から押さえきれない笑顔が、そこにあった。 「江崎、いっしょに花火見にいこーぜ!」 帰り際、隣のやつが誘ってくれた。 「ちょっと、用事あるんだ。」 笑顔がこぼれそうになるのを必至で押さえて、手を振った。 一人、また一人、みんなが教室を出て、数分もしないうちにオレ一人だけになる。 ホワイトボードの上の時計は、7時40分。 緊張で、もうずっとどきどきしっぱなしだ。 早く来てよ、慎一郎・・・! デートの前に、オレの体がおかしくなりそうだ・・・。 長い針が50分をすぎたころ、廊下をコツコツ歩く足音が聞こえてきた。 すぐに分かる。 大好きな人の靴の音・・・ おまたせ、と顔を出した慎一郎のそばに駆け寄った。 「・・・センセ、かばんは・・・?」 「職員室に置いてある。」 「・・・なんで・・・?デート・・・、なのに・・・」 デートなんて言って、ただの補修授業なんかで終わらせるつもり・・・? 押し寄せた不安と悔しさで唇を噛んだら、 「秘密の場所にご案内します・・・。」 いたずらっぽく声を潜めてささやかれて、オレは言われるままにかばんを置いて彼の後についていった。 いったんビルを出て、慎一郎が向かったのは非常階段。 そのまま屋上までのぼりつめると、そこには金網のフェンスが張られて、立ち入り禁止になっていた。 「・・・内緒ですよ?」 と、慎一郎がキレイな人差し指を唇に添え、フェンスを超えた。 置いて行かれないように続いて乗り越えて、先に行った慎一郎の背中に追いついた時・・・ 爆音が全身を包んだ。 音で心臓が震えたのを、確かに感じた。 そして、真正面の夜空に、真っ赤な花が、咲いた。 「特等席へようこそ・・・。」 手を差し出されて、まるで音と光に酔わされたように、オレはふらふらと慎一郎の方へ引き寄せられた。 つないだ手を導かれて、一番眺めのいい手すりのそばにならんで立った。 最初の大輪から、間を空けずに光と音の洪水が夜空いっぱいに溢れ返る。 手すりを握って、オレは呆然と目の前の光景に魅せられていた。 「・・・・キレイ・・・」 こぼれた声は、慎一郎に届いただろうか。 それ以上のコトバも見つからずに、オレは身動きもせず大空を仰ぎつづけた。 はじめて見た、花火・・・。 慎一郎が見せてくれた、花火・・・。 光の雨と、音の波に飲まれて、心がどこか身体から遠くを浮遊してるような、気持ちがした。 最後の色を、今でも覚えている。 点滅しながら降下して、消えていった最後の花は、青い色をしていた。 はかなく短い、花の饗宴・・・。 真っ暗になった夜空に、消えない余韻を浮かべてオレは、ひとつ、小さな息をはいた。 最初のデートが、終わった・・・。 そして、きっと最後のデート。 笑顔で、ありがとうと言いたい。 お祭りの後のさびしさのせいだけじゃなく、あふれそうになる涙に気づかないふりをする。 そんなとき、眼の端に、感じた。 オレの方を見つめる、慎一郎の視線・・・ 「・・・・・・・。」 声をかけたらデートが終わる。 見つめ返したら、もうさよならを言われる。 無意識に、きつく手すりを握り締めていた左手の上に、慎一郎の右手が乗った。 柔らかく握られて、いたたまれない気持ちで息が詰る。 それでも、振り向けずにうつむいていると、呼ばれた。 「・・・・亮・・・。」 オレの名前。 「亮。」 もう一度。 涙が落ちた。 その名前を呼ぶ事の意味を、オレは覚えていたから。 はじめて慎一郎に気持ちを告白したあの日、真新しい恋心がきっと叶うとあてもなく信じて希望を託した。 ―――――いつか、オレに応えてもいいって思ったら、亮って呼んで・・・ 「・・・亮、どうして泣くの・・・?」 優しい声が涙腺を壊しきった。 なんて声を出せばいいのか、分からず、息を殺すようにして嗚咽を堪えた。 手を握られて、髪をなでられた。 下りてきたその手に背中を、そっと促され、慎一郎の胸にオレの身体がおさまった。 「・・・・な・・・、に、してんの・・・?」 「抱き寄せてる。」 「・・・ど・・・して?」 「抱き寄せたいと思ったから。」 「おかしいよ・・・、センセ・・・」 「そうかな・・・。」 「そうだよ、だって、こんなの・・・・・・」 「・・・なんですか・・・?」 「こんなの、・・・恋人みたいだ。」 「・・・恋人みたいにしたら・・・、ダメですか・・・?」 背を抱く慎一郎の腕の力が、遠慮がちに強められ、オレは身を任せてその胸に頬を寄せる。 慎一郎の鼓動が鼓膜に直接訴えかけてきた。 早く・・・熱く・・・・ 「・・・ウソ」 「ウソじゃないです・・・。」 苦笑まじりの声は、どこか照れているみたいで・・・ 汗ばんだ両手で目の前のシャツを握り締めた。 「亮・・・。」 濡れた目で見上げれば、そこにはもう、ずっとずっとあこがれて求め続けていたまなざしがオレだけを包んでいた。 「キミが好きです。」 見上げたまま、ただ首を振って『ウソだ』と口にしようとした唇は、そのコトバを紡ぐ前に、そっとふさがれた。 |
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