| 聖なる夜は奇跡がおこる・・・とは、限らない。 〜秀兄さんと茅葉先生の場合〜 |
イブだというのに、しかも、世間は振替休日で3連休の最終日だというのに・・・受験生を受け持つ担任なんてなるもんじゃねー。 とかぶつぶつ言いながらも、恭介はしっかり出勤したと思われる。 毎年イブはうちでささやかながら兄弟4人そろってそれなりな夜を過ごしてきた。 深夜、雅也が眠るまで粘って枕元にプレゼントをそっと置いていたのは、去年で卒業したのだが、おおっぴらにプレゼントを交換し合えるようになった分、今年も随分とにぎやかな夜が過ぎていく。 恭介との最初の夜は、今からちょうど一年ほど前の、冬休み直前。 たしか、クリスマスも終わって街から赤と緑のデコレイトが早々と片付けられたような時期だったと記憶している。 寒い夜だった。 そのせいだろうか。今でもあいつの手のぬくもりを鮮明に思い出すことができる。 「秀兄〜〜っ雅くんがジュース零したーっ!」 芙束が呼ぶ声がする。 「あ〜ぁ、お子様は手がかかるね・・・。雅也、このまま一緒にフロはいろっか?」 これは亮。 今年はうちに遊びに来ているが、もうオレにとっては5人目の兄弟のようなものだ。 「おこさまって言うなッ!!もう13歳なんだからなっ!ちょっと零しただけじゃんかっ!」 ムキになって否定するあたりが、十分にまだお子様な、末弟の雅也・・・。 そしてさっきからどこかそわそわしているように見える樹は、早く芙束と二人きりになりたくて気が競っているらしい。 ケーキの残りを冷蔵庫にしまって、時計を見た。 10時をすぎようとしている。 イブは、恋人と過ごすモノ・・・という信条など持ち合わせてはいないけれど、胸のどこかで多少の期待はしていたと思う。 それを・・・ 「昼間に外部を受験するやつの面接があって、そのあと会議に入るから多分遅くなる。・・・オマエもどうせ、兄弟でパーティだろう?」 続きに来るセリフはきっと・・・・、遅くてもいいから会えないか? そんなふうに強請られえるとばかり思いこんでいて、しかたなく・・・というような顔で首を縦に振る自分を想像していた。 が、恭介のセリフはオレの予想を見事に裏切った。 遅くにわざわざ呼び出すのも悪いしイブにムリして遭うことはない・・・。 そういうことらしい。 内心、「あんたそれでいいのか?」と問いかける自分がいる一方で、得意の無表情がさも当然のように頷いていた。 拍子抜け、しなかったと言えばうそになるが・・・ めんどうなプレゼントを選ぶ手間が省ける。 寒い思いをして外出しなくてもよくなった。 けれど・・・。 一人、部屋に戻って、ベッドにカラダを投げた。 今も、学校にいるのだろうか。 めんどうだとか、教師なんてなるもんじゃないとか、ぶつぶつ零しているくせに、生徒の事をちゃんと見ていたり、それぞれの進路を真剣に考えたりしてる事くらい、知っている。実際教え方も上手いから、3年生の担任を任されていると、いうことも・・・。 適当にやってるように見えるくせに、しっかり大事なところは押さえてる・・・そんな教師だと、思う。 リビングの方で電話が鳴った。 まさかなぁ・・・と、半信半疑でカラダを起こした時、音が途切れ、しばらくしてドアが小さくノックされて樹が顔を覗かせた。 「電話。カヤバせんせーから・・・。」 子機をうけとりながら、樹の妙な笑いを含んだ目線が酷く気になったが、敢えて無視して礼だけ言ってドアを閉めた。 「・・・俺だけど。」 無機質なソレに向かって言うと、 「メリークリスマス。」 と、歌うように言われた。 「・・・なんか、用か。」 口にして、他に言い様がないのかと、我ながら情けなくなってくる。 そんなこっちの心情も知らず、いや、それが俺の普通の対応だと慣れてしまっている憐れな恋人は、気にした様子もなく答えてきた。 「いや、ただ、今日のうちに愛するキミにそれくらいは伝えておこうかと思って。」 じわりと、顔が火照るのを感じた時、受話器の向こうから別の声が聞こえてきた。 ___まぁ、茅葉先生、ラブコールですかぁ? ___イブだもんねぇ〜、うらやましいなぁ〜 ・・・まちがいない・・・英語の岸本と、化学の篠田の声だ・・・。 「あ、あんた・・・っ人前で恥かしい電話かけるなよっ!」 「構わないだろ。恥かしいのはオマエじゃなくて俺なんだから・・・。」 そういう問題じゃなく・・・。 なにかのミスでばれたりしたらどうするつもりなのだ。 こっちはともかく、職場的にあんたのほうがヤバイだろう?・・・とは・・・ まるで俺が恭介を心配しまくっているように聞こえて悔しいので、言ってはやらない。 受話器からは、車の音や街のざわめきもかすかに流れてきて、恭介が今仕事の帰りなのだと俺に悟らせた。 「・・・これから、帰るのか。」 と聞くと、 「そうだなぁ。遭いたいって言ってくれる人もいないんで・・・篠田センセーにお付き合いしてイブの夜を男同士寂しくすごそうかなぁ〜。」 わざとらしく言うその声に答えるように、いいですね、やりましょう!・・・という篠田の声も届く。 言わせたいらしい・・・。 俺に、そのヒトコトを・・・・。 イヤな沈黙が・・・電波を伝わってくる・・・。 その、直後 「あ、やべっ・・・、電池切れるっ・・・」 突然のリミットを提示され、焦った俺は叫ぶように声をだした。 「あ、っ・・・・遭いたい・・・・っ、ん、だけど・・・。」 さらに沈黙が数秒。 「・・・あ、電池復活した・・・。」 白々しく帰ってきた恋人のその声に、受話器を握る手が震えたのは、言うまでもない・・・。 電話を切って、部屋のドアを開けた瞬間、団子のように弟3人プラス従兄弟一人がなだれこんできて・・・ 思わず手にしていた子機がゴト・・・と鈍い音をたてて床におちた。 コートを着こんでマフラーを巻く。 弟達と従兄弟に嫌味なほど明るく『いってらっしゃい』と手を振られ、動揺のあまり手袋をしわすれて激しく後悔した。樹に『相手については口外無用』という目線を送ると、ニヤリと笑ってお口にチャックの仕草をしてみせた。・・・信じるしか、ないだろう。 別段急いだつもりなど無かったが、早めに恭介の部屋の前まで付いた俺は、4階の通路から地上を見下ろして待った。 街灯の明かりに照らされた部分に人影が現れた。黒いロングコートにグレーのマフラー・・・。以前、『ホストみてぇ』と言って酷く傷つけた覚えがある。 その長身が、見下ろしているこちらに気がついて下から手を振ってきた。 イブの夜にこんな場所で手を振り合うなんて・・・ロミオとジュリエットじゃあるまいし。 しかも男同士だ。 ためらわれて胸まで上がった腕は結局そのまま下ろされてしまった。 エレベーターのドアが開き、白い息をまといながら恭介がこっちに歩いてくる。 「悪い、待たせた・・・?」 この状況は、夏の終わりの出来事を思い起こさせて、あの時この男にまっすぐに抱きついた自分が甦って・・・声をかけられる前に気はずかしさに負けて俯いた。 「あ、なに、オマエ手袋してこなかったのか?」 凍えている両手をおもむろに掴まれ、レザーの手袋を外したばかりの恭介の手に包まれた。 はぁ・・・っと、吐息をやさしく吹きかけられて、目の前の精悍な顔を、見つめた。 見つめ返されて、今度は握られた両手に目を移しながら、言った。 「・・・あったかい・・・。」 うれしそうにふっと笑って、恭介はそのまま声をひそめてこう呟く。 「・・・目・・・閉じて・・・・?」 こんな場所で、まさか?! と訝った俺に、安心しろというかのように微笑んで促す・・・。 目をとじさせていったいナニをしようというのだ。 こんな場所でキスなんてもっての他だと改めて思った矢先、手をとりあって見詰め合っているだけで、充分に怪しいではないかと気がつき、なんだかどうでもよくなってくる。 諦めにも似たため息が小さく零れて・・・ 「・・・秀・・・。目を、閉じて・・・。」 まるで神聖な儀式のように、静かに繰り返し流れてきた声に・・・俺の瞼はゆっくりと幕を下ろしていた。 メリー、クリスマス・・・。 耳元に吹き込まれた吐息と同時に、チャリ・・・というかすかな金属音がした。 恭介の体温で感覚を取り戻した右手に、硬くて小さなモノが握らされた。 開いた目に飛び込んできた、それは、銀色の鍵。 「・・・コレ・・・」 「俺の部屋のカギ・・・。ずっと、持ってて。」 今日なら受けとってくれるだろう?と眇めた双眸に覗きこまれて、思い出した。 合鍵もてよ、と催促する恭介に、「そんなもんいらない」とそっけなく答えていた・・・あれはまだ、3年になったばかりのころ。 恭介の手と同じ温度に暖められたそのカギを、きつく、握り締めた。 もう、「いらない」と答える俺は、居ない。 「ありがとう・・・。」 そんなセリフを言ったのははじめてではないかと思いながらも、伝えたいと強く感じたから口にした。 そのわりに、声になっていたのは・・・最初の「あり」くらいだったような気がする。 けれど恭介にはちゃんと届いたようで、男でもドキっとするような笑顔で、さっそく今それを使うように、指差して合図してきた。 言われるままに鍵穴にそれを差し入れ・・・・・・・・ 入れ・・・・・・・・・ 「・・・・入らん。」 「ナニ?!」 ためしに恭介が突っ込もうとしたが、やはりソレは入らなかった・・・。盛り下がる雰囲気に冷たい夜風が拍車をかける。 しかたなく恭介が自分のキーを使った。 それから、暖房を効かせた明るい部屋で、いくつかあるキーチェーンの中の物と比較しつつ・・・ 「・・・・・・・げ、コレ俺の実家のカギ・・・」 うめくように言ってベッドにもたれかかるように撃沈したでかい男に、思わず小さな笑いが込み上げてきた。 「・・・いいんじゃねぇの?俺も・・・急だっかから何にも持ってないし・・・。別に今日でなくても・・・」 そう。 今日じゃなくても、いつだって、そのカギをくれると言われたら、俺はうれしいと思えるから。 慰めるつもりで声をかけたのだが、机の上で静かな光を放っている銀色のソレの短いチェーン部分には、ご丁寧にも自前とおぼしき真っ赤なリボンまで結わえてあって・・・・これを恭介が結んだのかと思うと・・・ 「・・・ふ」 込み上げる笑いがどうにも収まらなくなった。 「・・・・・・・・」 黙ったままこちらをみつめる恭介が、めったに見られない俺の笑顔と笑い声にいたく心を動かされたいたコト等、その時の俺には知る由も無く・・・ 赤いリボンをまとったカギに彼が手を伸ばして処分しようとした時。俺は反射的にその腕をつかんでいた。 「欲しい。」 「あ?」 「・・・ソレ、もらってもいいだろ?」 答えられる前に、奪い取ってズボンのポケットに入れる。 ソンナモノどうするのだと困惑した表情の恋人。 もしかして、部屋のカギならいいけれど、実家のカギだと・・・渡せない・・・? ふとうかんだ、切ない思いを乗せた声で、問いかけた。 「・・・俺が、あんたの実家のカギを持ってると・・・マズイ事でも、あるのか・・・?」 見つめる先の恭介の顔が、次の瞬間ぶれるほど間近にせまって、目を閉じる有余もあたえられずに唇を塞がれた。 痛いほど、抱きしめられて、息があがる。 「愛してる・・・・・。」 唇に吹き込まれて、見詰め合ったまま、求めた。 例え、一生このカギをつかうことなんてなくたって、今夜、あんたと居た証になれば、それでいい・・・。 仕事もできて、要領がよくて、そのくせ人をからかってばかりで・・・。 いつも大人である部分ばかりが目に付いていたこの男の、ふとした抜けた部分に、俺は感じた事の無い愛しさを覚えた。 ズボンを脱がせる恭介の動きを助けるために、そっと腰を浮かす。 その動作で、ポケットの中のキーが微かに音を立てた。 連鎖反応のように、思わず口元がほころぶ。 それをとがめるように、チュっと唇を吸われて・・・俺は彼の首に腕をまわして、もっとキスをと強請るように引き寄せた・・・。 クリスマス・イブは恋人と過ごすもの。 ・・・そんな信条相変わらず持ってはいない。 けれど、できるなら次のイブもこの部屋で・・・その時には、きっとあんたにもらった合鍵をつかって、遭いに来ることができたらいいと・・・、そんなふうに思った夜だった。 |
| ■END■ |