ゴジラ対自衛隊 〜映画の中の自衛隊〜

人間が音速を超えた

ラドン――1956年『空の大怪獣ラドン』より


 1956年に公開された『空の大怪獣ラドン』で初登場したラドンは、作中ではマッハ1.5という速度で飛行し、航空自衛隊のF-86と大規模な空中戦を繰り広げる。おそらく、日本の特撮怪獣映画史上初めての空中戦を展開した怪獣だろう。設定では、翼竜プテラノドンが突然変異した怪獣だったとされる。プテラノドンを含めた翼竜の多くは、羽ばたきはほとんどせず、その大きな翼に風を受けてグライダーのように滑空していたと考えられている。それでは音速の域に達することなど到底不可能なのではあるが、ラドンは、どうやら足の裏からジェット噴射を出すことでマッハ1.5の速度を実現しているという設定になっているようだ。

 全体的に完成度の高い作品なので、見どころは様々だが、ラドンの存在が明らかになる前、航空自衛隊が未確認飛行物体を発見し、追跡する場面は興味深い。この場面は、1948年1月にアメリカ合衆国ケンタッキー州で起こったマンテル大尉事件が元になっているという。アメリカ合衆国空軍のゴドマン基地は付近を飛行していたトーマス・F・マンテル大尉率いる4機の戦闘機(ノースアメリカンP-51)に未確認飛行物体の追跡を指示。3機が燃料不足に陥り脱落したが、マンテル大尉のみが追跡を継続。そして……報告は途絶え、ばらばらになった機体の残骸ととともに遺体で見つかることになった、という事件である。最終的には、海軍が極秘にしていたスカイフック気球を未確認飛行物体と誤認して追跡している間に高高度を酸素マスクなしで飛行したため酸欠状態に陥り、意識を失い、コントロールを喪失して墜落した、と結論付けられた。

 この事件では軍の機密が関わっていたために、当初は金星を誤認したとしていたのを1年後に海軍の極秘プロジェクトで打ち上げたスカイフック気球と訂正したりと、中途半端な発表となってしまった。そのため、世論は軍は何かを隠していると疑いを抱いた。やがて、マンテル大尉の遺体は焼け焦げていたとか穴だらけだったとか、最後の通信で飛行物体の中に複数の人影が見えると報告してきたとか、デマが流され、やがてマンテル大尉はUFOと遭遇し、交戦して撃墜されたなどとまことしやかに囁かれることになった。当時の情報が多く公開され、その疑惑の多くが明確に否定された現在においてもなお、マンテル大尉事件は最も有名なUFO遭遇事案として知られている。

 航空機の発達によって人類の移動距離と速度はは飛躍的に拡大した。飛行船や気球はおろか、第二次世界大戦中の主力だった内燃式レシプロエンジンを搭載したプロペラ機でも実現できなかった音速域での飛行すら、第二次世界大戦後に一般的になっていったジェット機によって可能となった。人類が初めて有人音速飛行(音の速度は気圧・気温で変化するため便宜上1気圧・15度の状況下での秒速340m(時速1225q)をカタログスペック上の音速と呼んでいる)に成功したのは1947年10月14日のことである。それからマッハ2に到達するまでそれほどの時間はかからなかった。実際に超音速での移動はほぼまっすぐにしか飛行できないため、戦闘機同士でのドッグファイトを行うには困難があり、また超音速での飛行での燃料の消費も半端ない。なにより、ミサイル全盛の現在、相手が超音速で逃走した場合ミサイルでの撃墜が可能である。そのため、現在では超音速での飛行そのものにジェット機の黎明期ほどの重点は置かれておらず、必要とされる上昇能力や加速性能を実現するために超音速性能も付加されているのだとされる。航空自衛隊の主力戦闘機であるF-15Jの最高速度はマッハ2.5、巡航速度はマッハ0.9であるとされる。作中でのラドンは超音速での機動という離れ業をやってのけているので、単純なドッグファイトではF-15Jを相手にまわしてさえ対等に渡り合えるレベルなのかもしれない。

 航空機が音速域を超える際に問題になるのが、音速を超えた時に発生する衝撃波(ソニックブーム)である。飛行体前方で発生した衝撃波(マッハコーン)と、物体後方で生じた衝撃波で生じる2つの不連続な爆発のような音として地上では観測さえることが多いという。状況によっては1つしか聞こえないこともあるが、スペースシャトルの帰還時に発生するソニックブームでは、しっかりと2つの轟音を観測することができるという。1960年代は、高高度を飛行していればソニックブームは地上には到達しないと楽観視されていたが、21,000mの上空で発生したソニックブームが地上に到達するケースも確認され、戦闘機の超音速飛行の制限や、技術的には可能な超音速での旅客機の商業運用の障害になっている。『空の大怪獣ラドン』では、ラドンの飛行によって発生したソニックブームによって甚大な被害が出るという展開になっている。ソニックブームの存在自体は20世紀初頭には確認されていたというが一般に知られるようになったのは第二次大戦以降だろう。作中の描き方はソニックブームというより羽ばたきによる強風という感じおするが、ソニックブームの存在自体は当時としては最先端の科学知識だったのかもしれない。

ゴジラとゴジラの敵たちの時代