ゴジラ対自衛隊 〜映画の中の自衛隊〜

自衛隊のいるところは非戦闘地域

2003年11月10日――小泉純一郎 内閣総理大臣


 2003年3月20日。大量破壊兵器の保持を理由にアメリカ合衆国は有志連合とともにイラクへの侵攻を開始。アメリカ軍の戦力はイラク軍を圧倒しており、5月にはブッシュ大統領によって大規模戦闘終結宣言が出され、イラクのフセイン政権は崩壊した。その後の復興と支援に対して、政府は陸上自衛隊の派遣を検討するが、イラク軍の正規軍が崩壊したといっても、反米武装勢力によるゲリラ活動は続いており、占領政策の大きな障害となっていた。

 政府は「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法」(イラク特措法)を7月26日に成立させ、イラクの中でも人道的支援と復興支援の為に比較的治安のよいサマワへと陸上自衛隊と航空自衛隊の部隊の派遣を決め、2004年1月より活動が始まった。しかし、イラクでは散発的な戦闘が続いており、戦後初めて「戦闘地域」である可能性がある土地への自衛隊の派遣となり、大きな議論を呼んだ。

「自衛隊のいるところは非戦闘地域」という言葉は、当時の小泉純一郎 内閣総理大臣と、民主党の岡田克也 代表との党首討論の中で出てきた言葉である。非戦闘地域の定義と、現在自衛隊がいるサマワが将来においても非戦闘地域であるという根拠は何かと問う岡田代表に対し、小泉総理はイラク特措法の主旨として「自衛隊のいるところは非戦闘地域」との論を繰り返し、議論はかみ合わないままで終わった。

 当時のマスコミはこの言葉を「自衛隊のいるところ“が”非戦闘地域」と解釈して報道した。この言葉は一人歩きして、「イラク全土に自衛隊を派遣すればイラクは非戦闘地域になるな」などと揶揄されることになったが、もちろんそのような意図で出た言葉ではない。しかし、小泉総理はそれ以前にも「非戦闘地域かそうでないか、私に分かるわけがない」などとも発言しており、自衛隊の最高指揮官として「非戦闘地域に自衛隊を派遣している」という自負から出た言葉だったとも思えない。

自衛隊・安全保障をめぐる言葉