ゴジラ対自衛隊 〜映画の中の自衛隊〜

今後の日中関係を考慮いたしますと……

2010年9月24日――鈴木亨 那覇地方検察庁次席検事


 2010年9月7日午前10時過ぎ。日本の領海内である沖縄県石垣島の尖閣諸島周辺で中国籍の大型トロール船が違法操業しているのを、第11管区海上保安本部の巡視船「みずき」が発見。中国漁船は退去命令に従わなかったばかりでなく、逃走時に巡視船「よなくに」と「みずき」に衝突し、巡視船に損害を与えたた。これを受けて海上保安庁は8日未明、強行接舷して漁船を停船させ船長を公務執行妨害で逮捕し、石垣島に連行した。翌9日には石垣海上保安部が公務執行妨害容疑で船長を那覇地検石垣支部に送検した。

 これに大して中国政府は日本政府に対して船長の釈放を要求。尖閣諸島を中国領と主張し、その海域で海上保安庁が司法権を行使したことに反発し、漁業監視船を当該海域に送るなどした。10日と19日に那覇地検は船長の拘留延期を決めた。当局の姿勢は「尖閣諸島は日本固有の領土であり、東シナ海に領土問題は存在しない、という政府見解に従い、事件は国内法に則って粛々と処理される」かに思われた。また、当初は日本政府も立件に積極的であったという。

 これに対して中国政府は駐中日本大使を事件発生から4度にわたり呼びつけて抗議を行ったり、中国本土にいた建設会社・フジタの社員4人を「許可なく軍事管理区域を撮影した」として身柄を拘束したり、レアアースの日本への輸出の事実上の差し止めを行うなど、報復措置を行い、更なる報復措置すら予想される事態となった。

 日本政府の中でも、船長の釈放を求める声が強くなっていたとされ、その先鋒は当時の仙石由人内閣官房長官であったとされる。海上保安庁を管轄する国土交通大臣は対中強硬派で知られた前原誠司氏であったが、事件の最中の9月17日、内閣改造によって外務大臣に転任された。石垣海上保安部に巡察に向かい、現場職員たちを激励した翌日だったため、はしごをはずされたと感じた海上保安官も多かったかもしれない。そして、船長の拘留期限を5日残した9月24日、菅直人首相と前原誠司外務大臣が国際連合総会出席への外遊で不在の中、那覇地方検察庁は船長を処分保留で釈放することを発表した。

 記者会見に臨んだ当時の鈴木亨那覇地方検察庁次席検事は、「損害を受けた巡視船の損傷は軽微で航行に支障をきたすようなものではなく、乗員の負傷もなかった」「衝突は巡視船の追跡から逃れるためにとっさに行った行為で計画性がない」などを釈放の理由として挙げた。その上で、「捜査を継続した場合のわが国国民への影響や、今後の日中関係を考慮いたしますと……」などと発言し、政治的配慮から捜査を終了させたことを仄めかし、波紋を広げた。

 この決定に、様々な批判・憶測が乱れ飛んだ。「いつから検察に外交判断まで下す権限が与えられたのか」という検察に対する批判や、「このコメントは、司法への政治介入に対する精一杯の抵抗だったのではないか」という擁護など、様々な見解が乱れ飛んだ。仙石内閣官房長官は、この判断を「検察独自のもの」として「司法への政治介入」を否定した上で、容認する姿勢を示した。外遊中の管内閣総理大臣や前原外務大臣も、外遊先で検察の判断を支持する旨のコメントを発した。

 25日に中国のチャーター機で帰国した漁船の船長は英雄として迎えられ、中国政府は日本に対し不当な拘束に対する謝罪と賠償を求める旨のコメントを発した。日本政府は尖閣諸島は日本固有の領土であるとして謝罪と賠償は受け入れなかった。それでも10月9日までに拘束されていたフジタの社員が全員解放されるなど、中国側の軟化であったのか日本が足元を見られただけなのかはとにかく、一定の譲歩はなされた。

 検察の判断に対する批判や、そこに至るまでの政治介入の疑惑はその後もくすぶり、当時の野党第一党の自民党からは鈴木那覇地検次席検事の証人喚問を求める声も上がったという。それとともに、海上保安庁が撮影した漁船衝突時の映像の公開をめぐり、政府与党と野党第一党の自民党の間で激しい攻防戦が繰り広げられたが、編集された44分の映像が一海上保安官の手によってネット上に流出する騒ぎとなり、事件は国家公務員の守秘義務や、行政や政府による機密情報の保護、国民の知る権利などをめぐる新たな問題を引き起こすことになった。

 事件発生から3年余りが過ぎた2013年9月24日。2012年12月16日に行われた第46回衆議院議員総選挙で落選した仙石元官房長官は産経新聞の取材に対し、「公務執行妨害で逮捕された中国人船長を釈放するよう法務・検察当局に水面下で政治的な働きかけを行っていた」ことを明らかにし、「APEC首脳会議の開催を控えていたこともあり、早期解決を望んでいた」当時の管内閣総理大臣の意向でもあったと語ったと報じられた。

自衛隊・安全保障をめぐる言葉