ゴジラ対自衛隊 〜映画の中の自衛隊〜

昭和ガメラ 全作品



ガメラ生誕55周年を記念して、1965年の『大怪獣ガメラ』から1980年の『宇宙怪獣ガメラ』まで、ゴジラシリーズとともに昭和の怪獣映画を牽引してきたガメラシリーズ全8作を収録したDVD-BOX。




大怪獣ガメラ

1965年11月公開。怪獣映画はゴジラをはじめとした人気怪獣と、円谷英二特撮監督をはじめとした優れた特撮スタッフを擁する東宝の独壇場だった。大映もまた特撮を盛り込んだ大作映画の製作を行っており、永田雅一大映社長が東宝の『ゴジラ』に負けない怪獣映画をとハッパをかけ、40人以上のプロデューサーに怪獣映画のプロットを出させ、最終的に空飛ぶ亀の怪獣・ガメラが誕生した。当初は1作のみの予定だったが、いざ封を開けてみると大ヒットとなり、続編の製作が決定した。旧大映は'71年の倒産までに7本のガメラ作品を制作しているが、唯一のモノクロ映画である。




ガメラ対バルゴン

1966年4月公開。前作『大怪獣ガメラ』の成功を受けて製作されたガメラシリーズ第2作はガメラ初のカラー作品。東宝のゴジラを強く意識して、四足の怪獣同士の戦いが描かれた(ゴジラが二足なので)。また、流血場面を避けていた東宝に対し、ガメラシリーズでは流血描写が描かれるなど、差別化を図ろうとしている。人間が怪獣に食われるシーンを描いた怪獣映画も、本作が初めてだったという。なお、ガメラシリーズのイメージとして、ガメラは子供の味方というものがあり、主要な登場人物に子供が出てくるが、例外的に本作では子供が主要キャラクターになっていない。昭和ガメラシリーズで最も濃密な人間ドラマを描いた作品という評価がある反面、子供たちからは賛同を得られず、次の作品からは、子供向け作品としての方向性を強くしていく。




大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス

1967年3月公開。当初の企画では『ガメラ対ヴァンパイヤー』であり、夜行性で人の血を吸うコウモリの怪獣としてギャオスが誕生した。本作ではギャオスに襲われガメラに救われた少年が、ギャオスの命名をしたり作戦のアドバイスをしたりと重要な役割を果たしており、今後のシリーズの方向性を決定付けた。しかし、国土開発に伴う土地買収のゴタゴタが物語の中心に据えられるなど、人間ドラマにも大きな比重を置いた作品になっている。




ガメラ対宇宙怪獣バイラス

1968年3月公開。人間ドラマに重点を置いた第2作、第3作とは一転、子供向けのストーリ展開になっている。大映の経営不振のため制作費は前作の1/3だったといい、多くの制約を抱えての制作だったという。監督はこの作品が最後のつもりでわずかな期間で作品を撮りあげたという。しかし、その開き直ったことが功を奏したのか本作は子供たちに大好評を博し、シリーズの続行が決定した。




ガメラ対大悪獣ギロン

1969年3月公開。前作のヒットを受けて制作されたシリーズ第5弾は、宇宙を舞台に、前作以上に子供向けに徹した作品になっている。もっとも大映の経営状態が改善されたわけではなく、前作と同じような低予算での制作を余儀なくされ、監督も「映画がヒットして困ったと思ったのは初めてだった」と後に語る。




ガメラ対大魔獣ジャイガー

1970年3月公開。ガメラシリーズ第6作では、第3作の『ガメラ対ギャオス』以来、久々に都市破壊が描かれている。舞台となっているのは戦後最大級の大型イベントであった大阪万博だが、もともとは当時流行していた「謎の古代遺跡」をネタに企画が立てられたもので、大阪万博は後付けだったという。また、本作が大阪万博と何らかのタイアップをしたというわけでもないようだ。




ガメラ対深海怪獣ジグラ

1971年7月公開。本作の敵怪獣は水圧によって巨大化した宇宙人ということもあって、海底を舞台にした特撮場面が多い。興行成績がよかったため、続編の企画も立てられたが同年に大映が倒産してしまったために、旧大映ガメラシリーズ最後の作品となってしまった。




宇宙怪獣ガメラ

1980年3月公開。徳間グループの資本下に入った9年ぶりのガメラシリーズ第8作。昭和ガメラシリーズの事実上の最終作にあたる。本作の特撮部分は一部を新撮したりしているが、歴代シリーズのフィルムから流用するなどした完全な新作ではない。そのため1980年の作品とは思えないほどクオリティが低い作品だが、過去作をよく知っている人はどの場面からの流用か気づくことも多いだろうし、探してみるのも一興。


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