「戦いに敗れし国に仕えて」を読みつつ

元外務次官・駐米大使村田良平「回想録」より その二    その一
平成21年4月度

 4月1日 アメリカの人種差別意識 


  P162―163
また同じ国民の中では、教養の高さにおおむね比例して、日本人への差別意識も少なかったと言える。米国の場合は、法的には自国民である日系 米人を戦争が起こるや収容所へ入れたことに示される程、差別は異常露骨であった。敗れたとはいえ日本軍が善戦したこと、
 4月2日

占領と朝鮮戦争を通じて日本人と接触する米国人が増え、認識が改まったことのに加え、50年代から60年代の初頭にかけて英、仏など欧州の大国の創り上げた世界的な

「植民帝国」が次々と瓦壊してはじめて白人の優越意識はかなりな程度是正され、日本さらには有色人種一般への差別意識も激減したのである。
 4月3日 ガリオア援助―米国の差別 


   P164
日本は同じドル不足に悩む幾つかの欧州諸国とは、個別に清算勘定を持ち、お互いの貿易収支がおおむね均衡するように貿易を運用することを余儀なくされた。なお占領下の日本は、所謂ガリオア・エロア援助を得て、敗戦後の飢餓の克服や生産施設の修理、新説に 用いたが、受領当初、日本側はこれらは、寛大な米国の贈与と思っていたところ、米国から返済を迫られて驚いたとの経緯がある。総額18億ドルで、米国と交渉の結果、結局四億五千万ドルを後に年賦で返済した(よって対日援助は13億5千万ドル、西独の半分以下となる)。
 4月4日 マッカーサーの所業

しかもマッカーサーは戦争末期の救恤品輸送船「阿波丸」の米潜水艦による撃沈(民間人2000人が海没、生存者はただ一人だった)では、明らかな米国の不法行為であるのに、この船主や死者への賠償を、日本政府に肩代わりで負担

させ、ガリオア・エロアへの返済基金から支出させたので、私は米国という国も、政府や議会はがめついと感じたものだが、改めてマーシャル援助とガリオア・エロアを比較して、西独と日本への援助に額と条件の差をつけている点を認識したものであった。
 4月5日 福田恒存(つねあり)氏 

   P201
・・同氏は日本の主権回復から二年後の時点で、中央公論に「平和論の進め方についての疑問」の一文を出した。この論文は私の研修中に出たものだったが、帰国後、一読する機会があり、感銘を受けた。 その後、同氏は一貫して、日本に横行した、空想的、或はマルクス主義的な平和論が知的怠惰以外の何ものでもないことを論理的に解明して徹底的に批判した。
 4月6日 進歩的文化人の妄説 ・・・「進歩的文化人」達の説をなぜ福田氏が妄言と考えるかを静かに説かれた。・・・・福田氏は、孤高の、真の文化人であった。・・・憲法論といい、教育論といい、国語論といい30年、40年も前に書かれたも のであっても、完全に今日的意義を保っているのを改めて驚嘆する。
当時、福田氏は、日本の自然と、国語が保たれる限り、日本は固有の文化を決して失うことはないと力説していた。
 4月7日   しばらくおやすみとなります。 時々掲載となります。