日本人の「心の古典」7  中世の歌 新古今和歌集

平成17年5月

 1日 新古今和歌集

八番目の勅撰集、幽玄と呼ばれる歌風が特徴。後鳥羽上皇の命により元久2年、1205年、源通具、藤原有

家、藤原定家、藤原雅経、寂蓮が選歌。気分、情調、を重んじた幽玄の余情深い歌々である。
 2日 春の歌
式子内親王、後白河法皇の二女、
代表歌人

山深み春とも知らぬ松の戸に絶えだえかかる雪の玉水

山が深いので、もう春だとも知らない庵の松の板戸に、とぎれとぎれに雪解け水が玉のように落ちてかかっている。

 3日 夏の歌

式子内親王

窓近き竹の葉すさぶ風の音にいとど短きうたた寝の夢

竹の葉を吹く風の音で目がさめたが、短い夏の夜のうたた寝の夢の一層儚い短さよ。

 4日 秋の歌
寂蓮法師、藤原俊成の甥

村雨の露もまだ干ぬ槙の葉に霧立ちのぼる秋の夕暮れ

降ったばかりの村雨の露も乾いていないのに真木の葉から霧が立ち上る秋の夕暮れだよ。
 5日 冬の歌
西行法師、俗名、佐藤義清

さびしさに堪へたる人のまたもあれな庵ならべむ冬の山里

自分以外にも寂しさに耐えている人がいて欲しい。その人しこの冬の山里で庵を並べて住みたい。

 6日 哀傷藤原定家

玉ゆらの露も涙もとどまらずなき人恋ふる宿の秋風

玉ゆらとは、こぼれ落ちる露と涙を言う。草木の玉のような露も、私の涙も、いささかも留まることなくこぼれ落ちる。亡き母を恋しく偲んでいるが、その家に秋風が吹きつけてくる。
 7日 羇旅西行法師

年たけてまた越ゆべしと思ひきや命なりけり佐夜の中山

年が老いて再び越えるだろうなどとは思いもかけぬことだ、生命があったからだよ、中山。
 8日 藤原定家

白妙の袖の別れに露落ちて身にしむ色の秋風ぞ吹く

白い袖と袖が分かつ後朝―きぬぎぬーの別れ、その袖の上に露が落ち、さらに涙も落ちて、その上を身にしむような色あいで秋風が吹いている。(きぬぎぬの言葉にいつも感動する)
 9日 伊勢にまかりけるとき西行法師

鈴鹿山憂き世をよそに振り捨てていかになりゆく我が身なるらむ

辛い世の中を思い切り振り切って捨てて、この先どのように我が身はなって行くのか鈴鹿山よ。

10日 金塊和歌集

箱根路をわが越えくれば伊豆の海や沖の小島に波の寄る見ゆ

源実朝の家集。建暦3年、1213年成立。33歳までの663首。

11日

ものいはぬ四方―よもーのけだものすらだにもあはれなるかなや親の子を思ふ

金塊和歌集は本ホームページの
源実朝」をご参照ー索引を。

12日 水無瀬三吟百韻 雪ながら山本かすむ夕べかな
宗祇(発句)
長享2年、1488年、宗祇と弟子の三人による連歌。
13日

行く水遠く梅にほふ里
肖柏(脇句)、宗祇の弟子

春の句、春の川が山裾の霞のなかに発するとし、新たに梅の香を配した。

川風に一むら柳春見えて
ー宗長(春の三句)、宗祇の弟子。

前句の水辺の香しい梅の花に対して、春風に揺れる柳の緑糸を照応させる。

14日

月やなほ霧わたる夜に残るらん
肖柏(雑の句)。

月の句、暁闇のなかに舟の音が聞こえる趣。音で舟を捉える。
15日 露置く野はら秋は暮れけり
ー宗長

鳴く虫の句、秋の二句目。

16日 なく虫の心ともなく草かれて
―宗祇
秋の三句目。ここで秋の句が終わる。
17日 かきねを問へばあらはなる道
肖柏

以上の八句が表八句、懐紙の初折の表に記される。

18日

閑吟集

吉野川の花筏 うかれてこがれ候よの 浮かれてこがれ候よの

室町時代の小歌310首を集めた歌謡集。編者不明。多くは酒宴で歌われた。三分の二が恋歌。
19日

人買ひは舟は沖を漕ぐ とても売らるる身を ただ静かに漕げよ 船頭殿

候はそろ。よのは、よ、なう。同意を求める意。とても、どんなにもがいて見ても。

20日

なごり惜しさに 出でて見れば 山中に 笠のとがりばかりが ほのかに見え候

笠のとがりは尖り笠の中央部分。

21日

うしろかげを 見むとすれば 霧がなう 朝霧が

和泉式部の名歌「人は行き霧はまがきに立ちとまりさも中空にながめつるかな」が歌謡化したもの。後朝ーきぬぎぬーの歌。

22日

建礼門院右京太夫集
―うきょうのだいぶ

私家集。天福2年、1234年、360首、平家の栄華、源平の争乱、平家滅亡の時代平資盛との恋愛で詠んだ歌。

高倉天皇の中宮、安徳天皇の母であった建礼門院。壇ノ浦で心ならずも入水し助け上げられた。都で出家し大原に隠れ棲む。かって建礼門院に仕えていた右京大夫は大原を訪ねた。

今や夢
23日

女院、大原におはしますとばかりは聞きまいらすれど、さるべき人に知られではまいるべきやうもなかりしを、深き心をしるべにて、わりなくて尋ねまいるに、やうやう近づくままに、山道のけしくより、まづ涙は先立ちて言ふ方なきに、御庵−いほりーのさま、御住まひ、事がら、いかが事もなのめならん。

建礼門院が大原にいらっしゃるということだけは、お聞き申しあげていたけれども、しかるべき人に知られないでは参上することも出来なかったが、建礼門院をお慕いする私が心の深さを道案内として、自分の気持ちを抑えきれずに訪ね申し上げると、次第に近づくにつれて、山道の様子からしてまず涙は先にこぼれて言いようがなく、建礼門院の御庵室の様子、御生活の様子は、すべて見ることもできないほどひどいものでした。

24日

昔の御ありさま見まいらせざらむだに、おほかたの事がら、いかが事もなのめならん。

華やかだった昔のご様子はどうしてこれが普通であると思おうか。

25日

まして、夢現―うつつーとも言ふ方なし。秋深き山おろし、近き木末にひびきあひて、かけひの水の音づれ、鹿の声、虫の音、いづくものことなれど、ためしなき悲しさなり。

まして昔のご様子を拝見している私には、夢とも現実とも言いようがない。秋深い山から吹き下ろす風が、近くの梢に響きあって、筧の水の音、鹿の声、虫の音など、秋の山里ではどこでも同じことなのだが、今の私には例のない悲しさである。

26日

都は春の錦をたちかさねて、さぶらひし人々六十余人ありしかど、見忘るるさまに衰へたる墨染めの姿して、わづかに三四人ばかりぞさぶらはるる。

都では美しい衣装を着重ねてお側に仕えていた女房が六十人余りいたけど、今はその昔の様子を見忘れるほどに衰えている尼の姿で、僅かに三、四人だけがお仕えしておられる。

27日

その人々にも、さてもやとばかりぞ、われも人も言ひ出でたりし。むせぶ涙におぼほれて、言―ことーも続けられず。

その人々にも「それにしてもまあ」とだけ私も相手の人も口に出した。むせぶ涙におぼれるようで言葉も続けることができない。

28日

今や夢昔や夢とまよはれていかに思へど現―うつつーとぞなき

今が夢なのか、それとも昔が夢だったのかと自然と心は思い惑い、どのように考えても現実のこととは思われない。

29日

あふぎ見し昔の雲の上の月かかるみ山のかげぞ悲しき

昔、宮中でお見上げした建礼門院様のこのような寂しい深山にお住いのご様子が悲しいことである。

30日 花のにほひ、月の光にたとへても、一方―ひとかたーにはあかざりし御面影、あらぬかとのみたどらるるに、かかる御事を見ながら、何の思ひ出なき都へとて、されば何とて帰るらん、うとましく心憂し。

春の花のつやつやした美しさ、秋の月の光の美しさにたとえても、どちらか一方だけでは十分ではなかった建礼門院のご容姿も、別のお方ではないかとばかりつい昔のことが回想されるにつけ、このようなおいたわしいご様子を拝見しながら、何の思い出もない都へ、それではどうして帰るのであろうかと、自分のことがいとわしく、つくづく情けない。

31日

山深くとどめおきつるわが心やがてすむべきしるべとをなれ

この深山に深くとどめておいた私の心よ、私がそのままここに出家して住むことの出来る手引きになっておくれ。