童話  アキちゃん        シリーズ        
                                                  安西果歩               


その1      


   アキちゃんは小学校一年生。きょうはパパと多摩動物園にきています。アキちゃんは動物が大好きです。

もう何回も来ています。多摩動物園は東京で一番大きな動物園だと、パパが話してくれました。

   ライオンバスにも何回も乗りました。キリンさんの頭をなでたり、やぎさんと遊んだり、昆虫園もあります。

   今日はとても良いお天気で、少し暑いくらいです。

   アキちゃんがいつものようにキリンさんの頭をなでていると、スーともう一頭のキリンさんがアキちゃんの方へよってきました。

「あ、キリ太、どうしたの?」

   それはアキちゃんが「キリ太」と名前をつけて呼んでいるキリンです。

”ちょっと、ちょっと”というふうにキリ太は頭をふりふりあっちの方へ行こうとします。

 「どうしたのよ、キリ太。あたしが別の子と遊んでいたからつまんないの?」

   アキちゃんが聞いても、キリ太はどんどん向こうの方へまわって行ってしまいます。

”あのねえ、お願いがあるんだけど。ぜったいのお願いなんだ”

   アキちゃんがキリ太に追いつくとキリ太が急にしゃべりだしました。

「あーおどろいた。キリ太ってしゃべれるのね」

”ほんとはみんなしゃべれるんだよ。だけど、しゃべると、人間のようにお勉強したり、働いたり、たいへんなことになるからね”

「ふーん。それで今日は何の御用?」

「とてもたいへんなお願いなんだけど。実はね、ボク、一度でいいから学校とかいうところに行って、お勉強とかしてみたいの」

「ふーん、まあね。少しはおもしろいところだけど、動物園のほうがずっと楽しいよ」

「いいんだ。とにかく行ってみたいんだ。それでね、今日、ボク、ここを脱走しちゃうから、手伝ってよ。ねえ、いいだろう?」

「むずかしいこと言わないでよ。できっこないよ」

「でもボクどうしても学校へ行ってみたいんだよ。だってさ、ここに来る子たちが、よく、学校のこと話しているんだもん。ねえ、もう少したったら閉園だろう。そしたらみんながいなくなるでしょう?その時ね、脱走するんだ」

「だから、どうやって?」

「話は決めてあるんだ。さっきのキリ子ちゃんがね、ふみ台になってくれるんだ。キリ子ちゃんの背中に乗ってこのへいを乗り越えるから、アキちゃんはそこでちょっと押してくれればいいんだ。そのあとね、ボクの背中に乗って、アキちゃんの学校まで案内してくれないか?」

「うわあ、背中に乗れるの?やったあ!

   アキちゃんは、とってもうれしくなりました。こんなお手伝いならいつでもいいわ、と思いました。

   パパが「そろそろ終わりだよ。かえろうか」と言ったときアキちゃんは、

かならず、かならず行くから、パパ先に行っていて・・・」

 と言って、一人でキリンさんの方へ走って行きました。

 動物園はもう閉園なのでみんなぞくぞくと門の方へ歩いて行きます。

 アキちゃんが息をはずませてキリンさんのフェンスに近づいてみると、もう、キリ子ちゃんの背に乗ったキリ太くんは、片足をフェンスにかけていました。アキちゃんは「いま手伝うからね」と言いながら、あわててキリ太の首をおさえて足をひっぱりました。思ったより重くて、びくともしません。

「だめよ。やっぱり、アキじゃあだめだ」

 真っ赤になって、とぎれとぎれの声でアキが言うと、

「がんばって!あたしもがんばっているんだから」

  キリ子が下の方から苦しそうな声でいいました。

「ねえ、キリ太ちゃん、こんどは、だんだんとびでやってごらん」

「どうするの?」

「キリ子ちゃんは馬のままでいいの。そして、キリ太は少しむこうの方から走ってきて、片方の足をキリ子ちゃんの背中に乗せて、もう片方の足を思い切り高くあげて、へいを乗り越えるのよ。できる?」

「そうか、やってみるよ!」

 キリ太はそうやって、二回も失敗しながら三回目にとうとう飛び出しに成功しました。

「キリ子、ありがとう。じゃ行ってくるね」

 キリ太の声はうれしそうにはずんでいました。 

「ええ、気をつけてね」

  キリ子は背中を何回もふまれてすごく痛いのをがまんして言いました。

  それからキリ太はアキを背中に乗せて動物園の出口へ向かって走りました。出口の近くでパパが心配そうな顔をして動物園の中の方を見ていました。そして、近づいてくるキリンを見てびっくり顔になって叫びました。

「なんだ、なんだあれは!」

  まだ残っている人たちもびっくりしています。

「あ、アキ!だめだよ。そんなものに乗っていては」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。パパ、心配しないで。一日だけなの」

  アキはパパにそう言うと、

「パパ、一人で帰ってね。二人も乗るとかわいそうなの」

  そのままキリンに乗って走っていきました。

  動物園の門を出て、駅前の道路を左にまがって、アキとキリ太はどんどん行きます。信号が赤になりました。

「あ、ストップ。キリ太、止まるのよ」

「はーい、赤は止まれですね」

  もう、キリ太はうれしくて、とってもすなおになっています。

「なんでも教えてくださーい」

「そう、教えてもらうことをお勉強って言うの」

  アキもすっかり、先生になったつもりです。

  ところが、次の次の信号で止まっていると、パトカーが並んで止まったのです。

「おじょうちゃん、どこまで行くんだって?」

  パトカーからひとりのおまわりさんがおりてきて、言いました。

「あのね、たいしたことではないのよ。ただね、キリ太が一度だけ学校に行きたいんだって。だから、明日には動物園に戻るから。いいでしょう?」

「そうかねえ、ほんとに一日で戻るかなあ」

  おまわりさんは困った顔で言いました。信号がかわってアキたちは先へ進みました。パトカーもついてきます。他の車もスピードをおとすので、そろそろじゅうたいが始まっています。

「こちら1号車。ただいまキリンの女の子と話しました。学校へ行くそうです。一日だそうです。どうぞ・・・」

  パトカーのおまわりさんが本部に連絡しているようです。

「ボクたち、どうしてパトカーについてこられるんだろう。ねえ、アキちゃん、ボクたち悪い事なんかしてないよね。信号も守っているし・・・」

「動物園を脱走したことが悪いんじゃないの」

「だって・・・、一日くらい学校へ行ったっていいじゃない。それはさ、毎日えさをもらっている恩はあるけれど・・・、でも僕達をかってにここへ連れてきたんだよ。アキちゃん、そのこと知っている?」

「うん。でも、キリ太は動物園で生まれたんじゃなかった?」

「ああ、ボクはそうだけど、かあさんはときどき泣いているよ」

「ふーん、帰りたいんだね。ほんとうは。アフリカって大きいのかなあ」

「そうらしいよ。広ーい草原でね。大きな大きな木があって、その木の葉っぱをたべるので首が長いんだって」

「ほんと!でもキリ太はここで生まれたのに首がながいの?」

「だからさ、それを遺伝というんでしょう。かあさんと同じかっこうをしていないとキリンじゃないみたいだろう」

「ふーん、だからアキもパパににているんだ。でも、ママが産んだんだよ」

「だからママにもにているんだよきっと」

  そんなことを話しているうちにアキたちは大きな橋を渡って、大きな道の交差点に出ました。

「おじょうちゃん、お願いだから行き先を教えてよ」

  こんどは、さっきと違う人が声をかけました。

「あ、飼育係の伊藤さんだ」

  そのひとはキリ太の飼育係りの人でした。

「あたしたちね、学校へ行くの。南台小学校よ。東村山市なの。おじさん、道わかるの?」

「はいはい知っていますよ。東村山市のどの辺かなあ」

「富士見町です」

   アキはおじさんに道を聞けてホッとしました。だって、そろそろ心細くなっていたのです。

「それでは案内しましょう」

  おじさんは言いました。もう、こうなると、とにかく小学校まで行くしかないと思った関係者たちは、ただ、もう、道をあけながら、パレードです。

「アキ、おりなさい!」

   いつの間にかパパが近くに来ていて言いました。

「だめよ。あたしがおりたら、キリ太は、お話しなくなるから」

「そのキリンがなにかをしゃべるのか?ばかな!だめですよ。おりなさい」

「あ、おとうさん、このまま行かせてください。その方がきけんがなさそうです。お願いです。学校についたら、あとの手配はしていますから」

  飼育係りのおじさんが言いました。

  そしてとうとう、キリ太は学校に着いてしまいました。南台小学校です。

  でも、もうすっかり夜になっていて学校にはだれもいません。

「キリ太、人間は夜はお勉強しないの。あんたも疲れたでしょう。だから、お勉強はあしたにしようね」

  アキがそう言うと、キリ太も疲れたらしく、もう、口もきかずにただうなずいて、校庭のすみにうずくまって眠ってしまいました。

「今のうちに網をかけて運んでしまいましょう」

  パトカーのおじさんが言いました。

「やめて!ひきょうよ。約束したじゃないの。一日勉強していいって。あしたはきっと帰るから」

  アキはひっしになって言いました。もし約束をやぶったら、もう動物は誰も人間をしんじなくなるでしょう。キリ太はとくにがっかりして病気になるかもしれません。

  その時です、

「それはいかん!そんなことわたしが許しませんよ」

  と大きな声がして、駆けつけてきたアキのおじいさんが言いました。

「きみたちね、純真なこどもと動物をだますとはなにごとだ」

  おじいちゃんは顔を真っ赤にしてどなっています。

「だいたいキリンなどなんの害にもならんではないか。明日になれば帰ると言っているのだし。動物をだますなどけしからん!」

「おっしゃるとおりです。わたしも、明日にした方が良いと思うのですが、なにしろ、こうふんして病気にでもなられたら、・・・もうそうとう疲れていますし」

  飼育係のおじさんが、心配そうな顔でキリ太の寝顔をのぞきこみました。

「ねえ、キリ太、疲れた?大丈夫?今動物園に運んでもらった方がいい?あしたがいい?」

  アキちゃんはキリ太の耳もとで言いました。

「あしたがいい」

  キリ太はそう言うとまた眠ってしまいました。

「やっぱりキリ太、今帰さないほうがいいよ。今帰るとくやしくって病気になっちゃうよ」

  アキちゃんは真剣な顔で言いました。

「よし、分かった。そうしましょう。だから、おじょうちゃんもおうちへ帰っておやすみなさい」

  動物園の園長さんも来ていました。園長さんはやさしい顔をして言いました。

「いやだ。あたしもキリ太と一緒にここで寝る!」

「だって夜の空気はじかに体にあたるとよくないよ」

  園長さんはこんどは心配そうに言いました。

  その時アキちゃんのママが顔をつきだしました。

「もう、ほうっておきましょう。この子は言い出したらきかないのだから」

  と、ママが怒って言ったとき、

「いかん、いかん。アキちゃんきみが病気になったら、キリ太くんはどうなるの。心細いだろうねえ。今夜はおじいちゃんがここに泊まって、明日までしっかり守ってあげるよ。きみはおへやに戻って寝なさい」

  アキちゃんのおじいちゃんが言いました。おじいちゃんも来ていたのです。アキちゃんはおじいちゃんの目をじっと見ました。そしてうなずくと、おうちに帰っていきました。

  次の日はたいへんでした。

  アキちゃんの教室は二階ですから、キリ太は大きな台に乗って首を思い切り伸ばして授業に参加しました。

    キリ太はとても頭が良くて、いろいろなことをよく知っています。

「またキリ太が答えるよ。どうしてそんなこと知っているの?」

   みんなが感心して言うと、

「それはね、ボクが勉強したいからなんだよ。動物園の中にいてもね、知りたいと思うと何でも分かってくるんだよ」

   キリ太は得意気に言いました。

「それを、やる気って言うんだね。いつも先生が言っているだろう」

   先生も得意気に言いました。

「今度はアフリカの、キリ太くんのふるさとの話を聞かせてくれないか」

   アキちゃんの担任の清水先生がそう言うと、キリ太くんは少し悲しそうな顔をして、

「ボク、ほんとうは、アフリカのこと何も知らないのです。先生!教えてください」

   と言いました。

   先生も困った顔をして、

「そうだったのか。そうだな、きみたちは日本で生まれて、そして、かあさんのふるさとへ帰ることもないんだね。分かった、先生の知っていることは何でも話してあげよう」

  と言って、みんなで校庭に出て学校中に生徒で大きな輪をつくり、キリ太をかこんでアフリカのことをたくさん聞きました。

  それからこんどはみんなでサッカーをして楽しく過ごしました。

「さあ、もう帰ろうね」

   飼育係りのおじさんと園長先生がそう言ってキリ太の背中を軽くたたきました。キリ太も分かったのでしょう、頭をふってうなずくと、

「アキちゃん、ありがとう。また動物園に来てね。とっても楽しかった」

   と言ってアキちゃんの顔をペロっとなめました。

「ウヒャー」と言いたいところをがまんして、アキちゃんはキリ太の頭をなでてあげました。

   キリ太は動物園から迎えに来た車に乗って帰って行きました。

「こんどねー、南台小のねー、みーんなで行くからねー」

   南台小学校の全生徒が大きな声で言って、いつまでもいつまでも見送っていました。

「動物が、ほんとうは、みーんな口をきけるって、ほんとうだったのねえ!」

   アキちゃんは、ひとりでにっこり笑いました。       おわり


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