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3. 桐生一馬

「おう!桐生ちゃ〜ん!久しぶりやのぅ。会いたかったで。その格好よう似合とるやないか」
真島は、ニッと笑いながら、桐生の肩をポンと叩く。
「真島の兄さん、いきなりどうしたんだ?」
「なんや最近、力ないねん。ほんで、酒飲んだり、いろいろ遊んでみたんやけど、全然アカンねや。冴島の兄弟は、網走でお勤め中やろ?そこでや!沖縄行って、桐生ちゃんに会うたら、力出るかと思うて、来たっちゅう訳なんや。せやけど、突然に来てしもて、ホンマ堪忍や」
「まったく、アンタって人は……フッ」
桐生は思わず笑ってしまった。
「それで、兄さん、どうするんだ?」
「せやなぁ。日曜までおらせてくれへん?なあ、桐生ちゃん」
「ああ、好きなだけいてくれ」
桐生は、頭を掻いてすまなさそうにする真島を見て、笑いをかみ殺した。
真島と桐生の間で話を聞いていたは、
「真島のおじさん、ゆっくりしていってね!私、夕食作ってくるから!」
と満面に笑みを浮かべて、軽やかに走り去った。真島は、ワンピースの裾をなびかせて走っていくの姿を目で追いながら、顔が火照っているのに気がついた。今、真島の胸に長い間味わったことがない感情が沸き上がっていた。それは、甘酸っぱく胸が締めつけられるような気持ちであった。

落ち着かない真島は、海岸へ向かい、ぶらぶら散歩でもすることにした。何度もの笑顔が浮かぶ。
(なんやこの気持ちは……。もしかして、ちゃんを一人のオンナとして見とるんやろか。いや、ちゃんは、まだ一七や。そないなこと絶対アカン!)
真島が波打ち際を歩き続けていると、夕日が波と空をオレンジシャーベット色に染め始めた。真島は思わずその美しさに足を止め、しばらく夕日を眺めていた。
「真島の兄さん!」真島は我に返った。振り返ると桐生が立っている。
「兄さん、もう晩メシだ。ずいぶん探したぜ」
「スマンなぁ、桐生ちゃん。こっちはごっつい海が綺麗やろ。せやから、ついつい歩き過ぎてしもうたわ」
真島は、桐生の肩をポンと叩くとアサガオに向かって早足で歩き出した。

食堂へ戻ると、子供たちの前にはカレーライスが並んでいた。居間にカレーの食欲をそそるスパイシーな香りが漂っている。桐生と真島の分がによって用意された。真島にとって、手作りのカレーは何十年ぶりだろう。真島は自炊はしない。また、女と会うときは、外食のみなので、手料理を食べる機会がなかった。
が真島の前に座って、にっこり笑った。みんなで「頂きます!」と言ったあと、真島が一口食べてみると、体がほっとする、優しい味だった。久しぶりにきちんとした料理を食べた気がする。真島は尋ねた。
「これ、ちゃんが作ったんか?」
「うん、張り切って何か作ろうと思ったんだけど、カレーになちゃった。ごめんね」
「家庭的で、メッチャ好きな味やわ〜。これ食べたら、絶対お代わり頼むで!ちゃんは料理が上手なんやなぁ」
真島は、もう終わりそうなカレーをに見せながら、ニッと笑った。すると、は赤くなった顔を隠すように俯いた。

その夜遅く真島は桐生の部屋を訪ねた。
「桐生ちゃん、おるか?」
「真島の兄さん、どうしたんだ?こんな時間に?」
時計を見ると、一時を過ぎていた。桐生は日本酒を戸棚から出す。
真島は、グラスに注がれた酒を一口飲んで、桐生を見つめた。
「桐生ちゃんよ、桐生ちゃんは、ここにおって幸せか?」
「ああ、そうだな。子供たちの幸せそうな顔を見ていると、俺も幸せな気持ちになる。俺が孤児だった分、親がいないアイツらには、幸せになってほしいからな」
「そうか。ホンマ桐生ちゃんは偉いなぁ。ところでな、桐生ちゃんにとって、ちゃんはどんな存在なんや?」
しばらく沈黙が続く。桐生は酒を飲み干してから言った。
は、死んじまった、俺と同じ養護施設で育だったユミの一人娘なんだ。ユミとは幼馴染でな。俺はずっとユミが好きだった。だから、は俺にとって大事な娘同然なんだ。でも、なぜそんなことを聞くんだ、兄さん?」
桐生の顔が険しくなる。
「い、いや、特になんでもあらへん。桐生ちゃんは、神室町に来る時、ようちゃんを連れて来とったやろ?俺、なんでそないにまでして、ちゃんを可愛いがるんやろなぁと思っとたんや。せやけど、ちゃん、えらいべっぴんさんになったなぁ」
真島は残った酒を飲んだ。酒が胃の中で熱を帯びるのを感じる。
「まあな。は、気丈で優しく気も利く。そろそろ男ができるだろう。そう思うとな、兄さん、なんだかが離れてしまうようで寂しいんだ……」

桐生は、酒を口に含むと、ぼんやり宙を見つめた。
「そうかぁ。せやけどな、桐生ちゃん。ちゃんの男になろうちゅうヤツは、なかなかおらへんと思うで。なにせ桐生ちゃんの怖い目が光っとるからなぁ。まあ、俺みたいな男やったら、桐生ちゃんの相手ぐらいできるけどなあ」
「フッ。兄さんみたいな男は、ごめんだぞ」
「ほな、桐生ちゃん、そろそろ俺、寝るわ」
そう言うと真島は、ニヤリと笑って部屋を出た。

部屋に戻ると、真島は敷かれた布団に下着一枚で入り、薄暗い天井を見上げた。
(今日の俺はどうかしとる。絶対明日になったら、元の俺に戻っとるはずや。ほな、しっかり寝るとするか……)
真島は、そう願いながら深い眠りへと落ちていった。


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