真島さんに何と呼ばれたいですか?
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*何も記入しない場合、青山美香になります。



花火大会

前編:喧嘩ばかり?


「ほんなら、この花火大会、一番ええ屋形船を貸し切ろか。ほんで、二人だけでパーッと見るっちゅうのはどうや?」
私から、パンフレットを受け取った真島さんは、得意そうに言った。
「えっ?でも……」
私は困惑して、瞳を伏せた。
「何や、は屋形船は好かんのかいな?」
「い、いや、そういう訳じゃないんだけど……」
真島さんは首を傾け、眉根を寄せた。

今日、仕事が終わると、飛ぶように真島さんの事務所に来たけど、少し気まずい雰囲気になってしまった。
私は、組長室で真島さんと肩を並べて黒の革張りのソファに座っている。
重たい沈黙が苦しい。早く理由を言よう。
その時、真島さんがパンと両ももを叩いた。
「せや、高いビルの屋上もええなあ。俺の不動産の上からも、よう見えるんやった!それがええ!」
真島さんが、ぐいっと手を私の肩に回して、顔をゆっくりと近づけてくる。キスの距離まで、あと数センチ……。鼓動が速くなり、身体がみるみる硬直していく。

「あ、あの、真島さん、話が!」
私は、全力をかけて、真島さんの身体を引き離した。
「な、なんやねん!」
真島さんが、怪訝そうな顔でソファに座り直し、フーッと大きなため息をついた。
「なあ、。どないしたんや?」
真島さんが、柔らかい口調で言いながら、私の身体ごと自分に向けてまっすぐ見つめる。
彼のグレーががった瞳と優しく肩に置かれた手のぬくもりで、言おうとしていた本音が姿を見せる。

「……私ね、いつも真島さんが豪華なところに連れて行ってくれるの、嬉しいんだぁ。でも、この花火大会は普通のカップルみたいに、会場で見たり、屋台で美味しいもの食べたりしたいなぁって……」
赤くなった顔を下に向けたまま、私は、ぽつり、ぽつりと答えた。
「ほう。ホンマは可愛いやっちゃなあ」
真島さんは、いきなり私をひょいっと持ち上げると、自分の膝に乗せて、私を後ろからぎゅっと抱きしめた。
「子供じゃないんだから、やめてよ〜!」
真島さんの膝の上で耳まで真っ赤にした私は、足をバタバタさせながら、十日後に迫る花火大会が待ち遠しくてたまらなかった。

十日後。
私は、新宿の美容院から帰ってきた。今日は花火大会なので予約も満員だったらしい。
私は鏡に自分の全身を映してみた。黒髪を結い上げ、白地に赤の花模様の浴衣をまとい、赤の帯を締めている私がいる。上一つで縛られた髪の毛先は遊ばせもらった。華奢な白のかんざしが、少し動くだけでゆらゆら揺れて、光っている。
本当は、Youtube で何回も着付けと髪型の練習をしたけど、挫折した私は美容院でしてもらったのだ。私は、にっこり笑って身体の前で袖を合わせて、一回転した。

時計を見た。五時だった。そろそろ真島さんが来る頃だ。麦茶を飲もうとした時、携帯が鳴り始めた。ディスプレイには真島さんの名前が表示されている。私は携帯を耳に押し当てた。
「おぅ、、準備はもうええか?」
「う、うん。一応」
「ほな、家の前で待っとるから、早うこっちきぃや」

私は、赤の巾着を手に通し、下駄を履いて、真島さんのもとへ駆け足で向かった。マンションの前に出ると、路肩に止まった黒塗りの車にもたれて、黒い浴衣にライトグレーの帯をしめた真島さんが立っていた。真島さんの白い肌が黒地に映えて美しく、帯は腰の低い位置でぴたりと巻かる。なんて粋なんだろう。そのかっこよさに目を奪われていると、そんな私の様子に、真島さんはこちらに歩いてきながら、ニヤっと笑った。

「見とれとったやろ?」
「ち、違います!」
「ほう。まあ、ええわ」
ドキドキを見透かされないように、ハンドタオルで顔を拭く。突然、真島さんがそのタオルを私から取り上げた。
「なあ、の浴衣、メッチャ色っぽいやないけ」
突然、褒められて自然と頬が緩みそうになる。
「髪型、こないな感じも大好きやでぇ」
そういう言うと、真島さんは遊ばせた毛先とかんざしを指先で弄んでいるようだ。
「せやけど、一番エロイのはここや」
と、真島さんは私のうなじの辺りを指でなぞり始めた。くすぐったくて、肩をぴくんと揺らす。
「もう、くすぐったいから、やめて〜!」
私は、恥ずかしさを必死で隠そうと、真島さんの手を引っ張って車へと向かった。

西田さんが運転する車は、花火大会会場へと向かって走り、やがて会場近くに到着した。
「親父、会場近くは車の乗り入れが出来ないんスよ」
「ここから近くなんやな?」
「はい。じゃ、親父、また花火が終わった頃に、ここに迎えに来ます」
車から降りると、真島さんは、
「こりゃあ、なんやねん!」
と、目を白黒させた。
「ごっつい人出なんやのぅ!」
「うん!この辺りじゃ一番有名な花火みたいだよ〜」
私は、一緒に花火大会に来られたことが嬉しくて、思わず声が弾んでしまう。

ゆっくりと会場へ向かった。でも、会場付近は人で溢れている。
「着くまでにえらい時間がかかりそうやで。ちょっと様子でも見てくるわ。ハァ〜、メンドくさ……」
真島さんの言葉に、つい、大きなため息をついた時だった。

「きゃっ!」
前から来たガラの悪い三人組の若者たちが勢いよく私にぶつかってきた。
「痛っ」
私は、運悪くぶつかった拍子に転んでしまった。
「悪ぃ。大丈夫かよ?」
ぶつかった男は、思いのほか好青年で、私に手を差し出してくれた。
「ありがとう〜」
男に引き起こされてもらい、お礼を言うと男はにやにやと笑った。
「へえ、あんた、結構イケてんじゃん」
「ねえ、一人?よかったら、オレらと遊ぼうよ〜?」
(え?これって、もしかしてナンパされてる?)
急展開にあたふたしてしまう。ボーッと立ち尽くしていると、

「スマンなあ、こいつなあ、ワシの女なんや」
真島さんは私の隣に立ち、ぐっと肩を抱き寄せた。肩を抱くその手には力がこもっている。
「なんだよ。男連れかよ……」
真島さんは、若者たちに冷ややかな笑みを浮かべると、私の頬を両手で挟み、いきなり唇を塞いだのだ。

思いがけない行動に驚いた若者たちは、
「なんだよ、見せつけんなよ!オヤジ!」
と毒を吐いた。
「ええモン見せたっただけや」
真島さんは、口角の端を上げて、あざ笑っている。
「ああ!?何様だ、オヤジ!やんのかよ?」
その場の雰囲気は一気に険悪なものへと変わっていく。
「ヒヒヒッ。ええで、ええでぇ!こっちも人込みでムシャクシャしとったとこや。三人まとめて、やったるでぇ!」

真島さんは、目をギラギラさせて若者たちを睨みつけている。さすが嶋野の狂犬と呼ばれた男だ。若者たちとはオーラがまるで違う。でも、このままでは若者たちが危ない。
「ちょ、ちょ、ダメです!いけません!真島さん!」
真島さんの浴衣をぐいっと激しく引っ張る。
「何や、こないな時に!」
真島さんが、眉間にしわを寄せて睨みつける。
「こんな人が多いところで喧嘩しないで下さい、ね?」
私は、すがるように真島さんを見つめた。私の言葉に彼は、ほんの少しだけためらったような顔をした。

私は、急いで若者たちに深々と頭を下げた。
「ぶつかってしまって、すみませんでした。それじゃあ、失礼します!」
「えっ?あ、おい、お姉さん!」
若者たちの驚いたような声が聞こえたけれど、気にせず、真島さんの手を無理やり引いて、その場をあとにした。強引にあの場から引き離したせいか、真島さんの機嫌がすこぶる悪くなっていった。さっきから、煙草を吸っては、煙を宙に吐いている。私たちの間には、ずっと沈黙が流れ、カラコロと下駄の音が道に響いていた。
(せっかく花火大会一緒に来れたのに……)
だけど、機嫌が悪い真島さんと花火を見ても、あまり楽しめそうには思えなかった。

「あの、真島さん?」
「あん?」
「今日はもう帰るよ」
「何言うとるんや?」
「真島さん機嫌が悪いし、私も楽しくないし……」
「しゃあないやろ?に手ぇ出そうとしたモンを倒せへんかったんや」
真島さんは、煙草を投げ捨て、乱暴に足で踏み消した。
「もう、いい。帰るから!」
「おい!待たんかい!車回したるわ。好きにせい」

真島さんは、吐き捨てるように言うと、すぐに携帯を取り出した。
「西田か?ワシや。車回せや。あん?ボケ!ええんじゃ、花火大会は!」
隣で荒々しく命令する真島さんを見つめる。
(あ〜、なんでこうなったんだろう……。真島さんとの花火大会、すごく楽しみにしてたのに……)
ズキリと胸が痛んで、私は巾着袋を握り締めた。

「おい、、どないしたんや?」
「え?なんでもない……」
私は小声で答えた。
「西田さん、迎えに来てくれそう?」
「せやな。周辺道路が渋滞しとるらしいんで、ちょっと時間がかかるらしいわ」
「あ……」
ふと風に乗って、懐かしさをそそる盆踊りのメロディーが聞こえてきた。顔を上げると、真島さんの向こう側に、オレンジ色に灯されたちょうちんがいくつも見える。
「次は、何やねん?」
「盆踊り大会してるみたい。あそこ」
私が会場を指差すと、真島さんは、急いで私の手を取り盆踊り会場へと歩き出した。そっとその顔を盗み見ると、少年のようないたずらっぽい笑みを浮かべていた。

後編:二人きりの花火大会

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