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般若の素顔と極道の天使
後編


5. 嵐の前

通りの喧騒が遠くから聞こえる。
真島は、心配そうなに頷いてみせると、携帯を耳元にあてがった。
「桐生ちゃんか?」
「やっぱり兄さんだったか。知ってるぞ。とこそこそ連絡を取っていたようだな。をどうするつもりだ」
「何言うとんのや。ちゃんを遊びに連れて行っただけや。保護者としてなあ」
挑発するような声だった。真島が不敵な笑みを浮かべる。
「何だと?」
「まあ、詳しい話は明日にしようやないか。俺も明日、ちゃんと一緒に沖縄に行って説明させてもらうで」
「……分かった。きっちり聞かせてもらうぞ、兄さん」
怒りと苛立ちを含んだ声が聞こえたかと思うと、ぷつりと音を立てて電話が切れてしまった。

真島は、手元の携帯を眉根にしわを寄せてにらみつけた。
こうなることは分かっていたのだ。
おそらく桐生は、話し合いだけで納得してくれないだろう。
が、真っ青な顔で真島の腕にしがみついた。
「真島のおじさん、大丈夫……?」
「ああ。この時を待っとったんや」
真島は、小さくため息をつくと、熱を帯びた携帯をに手渡した。
ゆっくりと携帯をバッグにしまったは、
「おじさん、何て?」
と、か細い声で訊いた。
「俺がこそこそしたって言うとったわ。相当怒らせてしもうたなあ」
真島は、薄笑いを浮かべると、皮肉を込めて言い放った。
「そっかぁ。何かおじさんのせいで、ごめんね……」
「なんでちゃんが謝らなアカンねん」
真島は、の意外な言葉に一瞬目を見張った。
の肩に手を回して、彼女の顔をうかがう。

うっすらと目元を濡らしたの頬にほろほろと涙が伝う。
真島は、壊れ物を扱うかのように頬の雫を指で拭い、
「何も心配することあらへんのやで。全部俺に任せとき。な?」
と子供に言い聞かせるようにささやいた。
「うん」と小さく頷いたは、涙を堪えるように必死で目元を押さえている。
桐生と自分が対立してしまうのを恐れているのだろう。
この先どうなるかも心配に違いない。
(何があっても、俺が守ったらなアカン)
「なあ、ちゃん。もう今日はホテルで休んだほうがええ。タクシーでホテルまで送るで」
「う、うん……」
真島は、の肩に回した腕に力をこめて、彼女の歩調に合わせて歩き出した。

が泊まる新宿のホテルの前にタクシーがゆっくり止まった。
タクシーの中で、は、シートに身を沈めて何も話そうとしなかった。
真島は、緊張を少しでもほぐそうと、無言での頭を引き寄せて頬を寄せていたのだった。

「さ、ちゃん。着いたで」
真島は、の背中をぽんぽんと撫でると、タクシーから降りた。
しおれた表情のも後につく。
真島は、ホテルを見上げた。
十階以上あるベージュ色の清潔感がある建物だ。
これならも、ゆっくり休めるだろう。
「何やええホテルやのお。ここから明日行く学校は近いんか」
「うん。結構近いかな」
「ほな、明日は頑張りや。終わったら迎えに来るからな!」
目を細めて笑った真島は、の頭に大きな手を乗せると、タクシーに乗り込もうとした。

と、その時――。
真島の背中に両手を回して、がすすり泣き出した。
「真島のおじさん、やっぱりどうしよう。もし、おじさんと真島のおじさんが喧嘩になったら。私……私」
小刻みに震えるが背中から伝わる。
この状態では、明日のオープンキャンパスに影響するかもしれない。
真島は、の腕を優しく握ってから、彼女のほうに身体を向けた。
前かがみになって、の視線の高さに合わせる。
「なあ、ちゃん。不安なのもよう分かっとる。せやけどなあ、なんとかなるモンなんやで。それになあ、うまく行くって信じとけば、ええ結果が待っとるモンなんや。せやから、心配せずに明日のオープンキャンパスに行くんやで」
「うん、分かってるけど……」

柔らかい笑みを浮かべた真島は、の頬を両手で包み込んだ。
かげった瞳の奥に、徐々に光が戻ってくる。
身をかがめて、額に触れるだけのキスを落とした。
唇を離して、の顔を見つめると、赤い顔を隠すように、下を向いてしまった。
真島は、の髪がくしゃくしゃになるのも構わず、頭を撫で回した。
「もう。ぐしゃぐしゃになるよ」
は、髪を手ぐしで整えながら、上目遣いで顔を上げる。
思わずぷっと吹き出した。
ニッと笑った真島の顔があったから。
「やっと笑うた。ほな、安心して休み」
「うん」
は、顔をほころばせて、こくりと頷いたのだった。

真島は、の背中が見えなくなるまで、見送っていた。
(ついに明日は、桐生ちゃんと決着をつけなアカンのやな)
ふと空を仰ぐと、どんよりとした星のない夜空が、どこまでも続いていた。

翌日――。
真島とがアサガオの前に着いたのは、六時半だった。
日が沈んだ浜辺からは、心地よい波の音が聞こえる。
「さあ、行こか」
「うん」
真島は、うつむいているの不安を少しでも取り除こうと、彼女の手を強く握り締めて、玄関へ向かった。
扉を開けると、
「ただいま〜」
と、が消えそうな声で言った。
桐生が、苛立たしげにどんどんと足を踏み鳴らせて、やって来た。
真島を一瞥すると、に視線を移す。
「やっと帰ってきたか。オープンキャンパスのことはあとで聞く。は部屋に行って休んでろ」
「えっ?でも……私も話し合いにいたほうが」
「いいから行くんだ」
は、桐生のただならぬ雰囲気を察したようで、真島を一瞬振り返えると、奥へと消えていった。

眉を寄せた桐生は、真島を見据えた。
「兄さんは、俺の部屋に来てくれ」
「おう」
二人は部屋に入ると、どすんと音を立てて、あぐらをかいて座った。
真島が煙草に火をつけると、桐生も胸ポケットから煙草を取り出した。
カチッとライターの音が静かな部屋に響く。
すーっと煙を吐き出すと、紫煙が白い霧のように天井へ立ち上った。
部屋には、最後に沖縄に来た時の楽しい雰囲気を微塵も感じさせないくらいピリピリした雰囲気が、漂っていた。
張りつめた沈黙を破るように、真島が重い口を開いた。
「桐生ちゃんよ、俺はちゃんと再会してから、どっかでちゃんのことを女として見てまうようになった。俺は桐生ちゃんにちゃんの保護者になるよう頼まれとる。せやけどなあ、『俺は、ちゃんの保護者なんや』って思えば思うほど、『好きや』っちゅう気持ちが、自分じゃ抑えきれへんくらい大きなってしもうたんや」
吸いかけの煙草を真島は、シーサー型灰皿に押し付けた。
(桐生ちゃんはシャレにならへんくらい怒っとるはずや。それをどう説得するかやな)

真島は、桐生が煙草を吸う姿を眺めながら、彼の出方を待った。
ようやく煙草を揉み消した桐生は、真島を忌々しげににらみつけた。視線がばちりとぶつかる。
「俺は、兄さんを信用しての保護者になってくれるよう頼んだ。だが、兄さんは、を女として見ているだと?これ以上、を傷つけるような真似はよしてくれ」
「桐生ちゃんには悪いけどなあ、俺、ちゃんのこと本気なんや。ホンマにすまん」
真島は軽く頭を下げて、足元をじっと見つめた。
「止めてくれ。兄さんの相手になる女はいくらでもいるだろ。どうして、よりによって、なんだ」
桐生は声を荒げて、拳を握り締めている。やり場のない怒りを拳に託すしかないのだろう。
「大体兄さんはもう五十近くだ。とは親子ほど離れていると言ってもいいだろう。なあ、兄さん、そんな歳の男が女子高生に本気になって、おかしいんじゃないか」
眉をぴくりと動かした桐生が、真島を鋭く見つめている。
フッと笑った真島は、
「えらい言われようやなあ。歳が親子くらい離れとっても、結婚するヤツかて何ぼでもおるやないか。悪いけどなあ、ちゃんは、もう俺のモンなんや」
「なんだと!は兄さんに騙されているだけだ。絶対、渡す訳にはいかない」
いつも以上に低く、怒りを含んだ硬い声だった。

――その瞬間だった。
「おじさん!」
が、ばたんと部屋の扉を勢いよく開けた。
「あの、あの、喧嘩とか止めてほしいの……」
、聞いていたのか」
「ごめん……どうしても気になっちゃって」
真島はをじっと眺めた。
スカートを握り締め、蒼ざめた顔で唇を引き結んでいる。
ちゃん、大丈夫や)
真島は、桐生に視線を移して、刃のように鋭い目で睨んだ。
「なあ、桐生ちゃん。ほんなら勝負で決めるっちゅうのはどや。俺が勝ったら、ちゃんは俺のモンや。せやけど、桐生ちゃんが勝ったら、俺は潔くちゃんを諦める」
「真島のおじさん!そんなの無茶だよ。止めようよ!」
は、座り込んで真島の腕を揺さぶった。すがる子犬みたいな目だ。
その時、桐生がすっと立ち上がった。
「兄さん、いいだろう」
「ほな、決まりやな。場所は……砂浜でどや」
「ああ」

眉をしかめた桐生は、険しい顔で歩き出した。
、ちょっと表に行ってくる」
「だめ〜!」
が、歩こうとする桐生の腕を引っ張った。
彼女の瞳に浮かんだ涙は、次々とこぼれて、頬を濡らしていく。
、何も心配することない。今までも兄さんとは勝負してきたんだ」
「う、うん……知ってるけど」
涙で声が詰まっている。
「だから俺は勝負してくる。、待っていてくれ」
桐生は、彼女を振り払うと、真島を追って大股で外へ出た。

夕闇が迫る砂浜は、次第に夜の暗さに変わろうとしていた。
真島は、仁王立ちの桐生を刺すように見た。
「桐生ちゃん、こうやって向かい会うのも、久々やなあ」
まるで地を這うような声。
その瞬間、真島の投げ捨てた上着が宙を舞った――。

つづく

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