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般若の素顔と極道の天使
後編


8. 般若の素顔と獄道の天使

四月になった。
真島は、毎月恒例の定例会に出席していた。
会長である堂島のテーブルの上には、厚みのある茶封筒が並び、それぞれの組の名前と一緒に『上納金』と書かれている。
「六代目、うちからは、これもや」
真島が、若頭に持たせていたアタッシュケースをテーブルの上にがたんと置き、開いた。
ぎっしり詰まった札束に釘付けになった他の組長が、唖然としている。
堂島は、ちらりと彼らに目をやってから、微かな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。真島組のシノギで東城会は持っています。池袋のビルの進み具合はどうですか?」
「こないだから鉄筋組んどるとこや。まあ、順調ってとこやな」
ソファにどさっと腰を下ろした真島は、たいしたことではないという風に、手を横に振った。

堂島が、開始の合図をすると、定例会が始まった。
議題は、春の人事についてである。
地方にある二次団体の組長ら、三人が東城会直参入りとなった。
真島にも「舎弟頭から若頭補佐に昇格はどうか」という話があったが、組には新しい風が必要だと考え、辞退していたのである。
新しく直参になった組長らの就任挨拶を順に聞きながら、ふと、はもう学校に行き始めたのだろうか、という思いが頭をよぎった。
(元気に通っとるやろか。学校で独りになっとらんやろか)
ぽつんとクラスで一人になっているの姿をぼんやりと頭に浮かべる。
顔をしかめた真島が、思いを巡らしているうちに議題は次へと移っていったのだった。

定例会が終わったのは、二時過ぎだった。
大きな息を吐きながらネクタイを緩めると、じゅうたんが敷かれた廊下を歩き出した。
正面玄関に出ると、冷たい雨が静かに降っていた。
駐車場には、ベンツ、レクサスといった黒塗りの車が待機しているのが見える。
「「「お疲れ様です」」」
と、玄関前に並んだ各組の組員が、次々と現れる幹部に頭を下げている。
その芯のある低い声がうっとうしい。
「親父、お疲れ様でした!どうぞ」
大きな傘を差しながら、列の中から出てきたのは、西田だ。
真島は、灰色の空を見上げ、手をかざした。

「傘はええわ。まずは一服や。待っとけ」
真島が煙草をくわえると、すかさず西田が火をつける。
やっと堅苦しいところから開放された、と思いながら、フーッと煙を吐き出した。煙を宙に吹きながら、門へと続く石畳をぼんやりと見つめた。
石畳の横に植えられた桜からは、濡れた花びらがぼとりぼとりと落ちていく。
どことなく寂しい。
ほんのりと色づいた石畳が、冷たく感じるのは気のせいだろうか。
眉間に深いしわを寄せた真島は、煙を思いっきり吸うと、半分が灰になった煙草を落として靴で踏み消した。

組長室に戻った真島は、融資の件で銀行員に見せる資料を若頭から受け取り、ソファにどっしりと腰を下ろした。
最初の書類に目を通そうとした。
その瞬間だった。
突然、携帯が震えて出した。
携帯を取り出し、着信先を確認してから、はっとする。
ちゃん』
不意に力が抜けて、手に持っていた資料を落としてしまうくらいだった。
「なんでや……」
ぼそりと呟いた真島は、恐る恐る携帯を耳にあてがった。
「あっ……真島のおじさん?」
ぎこちない声が耳に届き、息苦しさを感じてしまう。
ごくりと唾を呑み込み、おもむろに口を開いた。
「元気にしとるか?」
「……うん」
「そうか」
何を話せばいいのか分からず、頭をフルに回転させ、ようやく言葉を絞り出した。
「どうしたんや?」
「あの、今日、入学式だったんだ」
「せやったんか。おめでとうさん」
(アカン。もう終わってしもうた)
短い沈黙が落ちる。
「あの……真島のおじさん?」
体内の神経を携帯に集中させ、携帯を耳に押し当ててしまう。
「会いたい……んだけど……」
の声がみるみる小さくなっていく。
真島は、自分の心臓がばくんと大きく動いているのが分かった。

ちゃん、俺のことが忘れられへんのか?ほな、付き合えるやろ。アカン!何考えとんのや)
ばらばらになった思考をかき集めるように、大きく深呼吸する。
携帯を強く握り締めると、無理やり明るい口調で話し始めた。
ちゃん、そんなん無理やでぇ」
「えっ?」
「俺、メッチャ忙しいねん。それになあ、もうちゃんと話すことないんや」
数秒、重たい沈黙が続いた。
そして、消えるような声が聞こえてきた。
「……わかった」
『スマン。嘘や』
喉まで出かかったその言葉を呑み込んで、
「ほなな」
と、乾いた笑みを浮かべて言い残し、一方的に電話を切った。
「クソ!」
吐き捨てるように言って、携帯をソファに投げつけた。
携帯が、跳ね返って、ごろりとソファに転がる。
(何で、今さら電話してくるんや……)
真島は、がっくりと垂れた頭を両手で抱えて、虚しく足元を見つめた。

全ての業務を終えた真島は、バーのニューセレナへと向かっていた。
天下一通りは、週末だけあって、ずいぶん人が増えはじめている。
真島は、酒を飲んで、高ぶった気持ちを抑えたくてしかたがなかった。
だが、ニューセレナの前に着くと、木製の扉に貼られた貼り紙に、縦書きでこう書かれていた。
『本日は休ませていただきます』
真島は、手を握り締めて扉をガンと叩いた。
どうして、こうもうまく行かないのだろう。
扉にもたれて、煙草を吸おうとしたが、雨が降りはじめ、アスファルトにまばらな黒いしみが出来はじめた。
しとしとと降っている雨は、夜が声を押し殺して泣いているように見える。

「ハァ……」
深いため息をついた。
通りの合い向かいに視線を投げると、入り口にホストの写真がいくつも飾られたスターダストの前で、ホスト三人がお客に営業電話しているようだ。
(今なら電話すれば、まだ間に合うんちゃうか?)
革のジャケットのポケットに手を入れたが、携帯を強く握り締めたまま、取り出せない。
今さら、電話出来るわけがない。
うつむいた真島は、タクシーでも拾おうと昭和通りへ大股で歩き出した。
濡れはじめた髪からしずくが、顔を伝って落ちていく。
真島の横を男子高校生が賑やかに笑いながら通り過ぎていく。
顔を上げて往来をぼんやり眺めた。
サラリーマン、学生、風俗嬢、キャバ嬢、ヤクザ、キャッチ、外国人ホステス、ニューハーフ……。
老若男女、国際色も豊かな見慣れた光景――。
「俺は、こん中で独りで生きていくんやろな……」
真島は、ぼそっと呟いた。

「ん?」
雑踏の中に、白のニットに花柄スカートをはいた女が、焦ったようにきょろきょろしているのが見えた。
「何しとんのや?」
見え隠れする女の顔に目を凝らせる。
もしかして、あれは――。
(嘘、やろ……?)
真島が眉を持ち上げた。
その時――。
視線がぶつかり合った。
どきんと脈打つ心臓が、耳の奥まで響く。
ちゃんや……)
目の前の光景に、思わず息が止まる錯覚を覚えた。
だけが、モノクロの視界に鮮やかに浮かび上がり、周りの音が遠ざかっていく。
彼女は、赤い傘を差しながら、人の合間を縫って、わき目も振らず駆け寄ってくる。
体がみるみる硬直していって、何かに縛られたように体が動かない。

(何で、こんなとこにおんねん……)
ただ、真島は、呆然と立ち尽くしていた。
その時だった。
手から滑り落ちた傘が、ふわりと揺れて地面を転がり、の体がぐらついた。
ちゃん!」
真島は、前に飛び出して、転びそうな体を抱え支えてやる。
こんなに華奢だっただろうか。
「ハァ、ハァ」
腕の中では、髪と肩も濡れ、荒い息を整えようと必死で深呼吸した。
「真島のおじさん……」
しっとりと澄んだ声に反応するかのように、胸が甘く締めつけられる。
真島は、自分に寄りかかったの肩を掴んで、ゆっくりと立たせた。
目の前のに真島の胸が音を立て、心臓が早鐘を打っている。
こんなに高鳴ってしまう自分の鼓動を恨めしく思ってしまう。
真島は、自分の呼吸を意識して、ゆっくりと話しかけた。

「どないしたんや」
「西田さんから真島のおじさんが、ニューセレナにいるかもしれないって聞いて。それで……」
肩で息をしているは、眉間をうっすらとくぼませ、濡れた瞳で真島をじっと見上げている。
切ないような表情から目が離せない。
「ねえ、おじさん、覚えてる?『うまく行くって信じとけば、ええ結果が待っとるモンなんや』って言ったの」
「あ、ああ……せやったなあ」
桐生と決着をつける前に、悲しんでいるを元気づけようと、そう言った自分をやっと思い出した。
なぜこんなことをが言い出すのだろう。
次の言葉が聞きたくてたまらず、ふいに身をかがめる。
「私ね、ずっと、真島のおじさんとうまくいくって信じてた」
思いつめたような表情を見て、思わず息を呑んでしまった。
は、自分を奮い立たせるように、肩を震わせてすーっと息を吐いた。

「真島のおじさん、好き……」

一瞬、息さえも忘れてしまった。
胸がジンと熱くなって、掴まれるれるような感覚を覚える。
何か答えようとした。
だが、喉の奥がぴたりと張り付いたようで、言葉が出ない。

沈黙に耐えられないようでが目を伏せ、涙を堪えるように唇を噛み締めている。
肩を小刻みに震わせているの瞳から、透明な粒がぽろぽろとこぼれ落ちた。
鼻を鳴らせて、しゃくりあげるように泣きはじめた。

(アカン……)
に触れたい。
心に蓋をしていた彼女への想いが、一気に溢れ出す。
『好きや』
この気持ちは、と会えない間に加速して、自分でも抑えられないくらいに腫れ上がっていたのを今さら気づく。

(もう……限界や)
真島は、の肩をぐいっと引き寄せ、彼女の顔に近づいた。
革手袋を脱いだ手でそっと頬に触れ、溢れる涙を親指で拭う。
キスの距離まで近づいて、

「……そないに好きやったんか?」

優しさを帯びた声でささやきながら、無言で頷くに眉尻を下げた笑顔を見せる。
そっと顔を傾けると、雨粒が顎からぽとりと滑り落ちた。
真島の唇が、涙がたどったあとをゆっくり追っていく。
濡れた頬、顎、ふっくらとした桜色の唇に、軽いキスを落とす。
まるで、柔らかい羽が触れるように。
二人は、星が引かれ合うように見つめ合った。
両手での頬をはさみ、こぼれた吐息をすくうように唇を重ねる。
角度を変えて繰り返されるキスは、激しくて甘い。
真島は、の頭にそっと手を添え、顔を覗き込む仕草をした。

「我慢できへんかった……メッチャ好きやったんや」

指を彼女の髪の中に這わせていき、頭をそっと引き寄せる。
額がくっついて、鼻先が軽く触れ合う。
頬を赤くしたが、照れ交じりにはにかんだ。
「やばい」
吐息がふわりと頬を撫でる。
の滑らかな頬を優しく包んで、からかうような笑みを浮かべた。
「こんなオッサンやめて、若い男にしたらどや?」
「もう、子ども扱いしないで」
ちょっとふくれて、上目使いで真島をにらむ。

「せやった!」
はっとした真島は、桐生との決着に破れたことを思い出した。
「桐生ちゃんには、ちゃんと言うて、ここに来たんか?」
「いつまでも、おじさんのじゃないよ」
いたずらっぽい彼女の瞳に見つめられて、くすぐったいような、ほっとしたような気分になる。
頭を掻いて、決まり悪そうに小さく笑った。

(やっぱ、ちゃんには適わへんな……)

は、嬉しそうに強く鼻先を真島の胸に押しつけてきた。
「早くおじさんに釣り合う女の人になりたいな」
「アホか。そのまんまでええわ」
あどけない言葉に思わず笑みがこぼれる。
の背中に手をまわすと、手のひらに薄くて柔らかな背中の感触が伝わってきた。
自分より高い温度から、幸せが体に染み込んでくる。
安らぎ、ぬくもりが、じんわりと真島を包みこむ。
ずっと求めていた気がする。
この春の海のような気持ちを。

(くれたんや……ちゃんが)

柔らかく満ち足りた笑顔で、が顔を上げた。
白い肌に影を落としていた長いまつ毛が、ゆっくりとまばたく。
潤んだ瞳の中に映る自分が、雨粒でじわりと滲んだ。
抱きしめていた腕にぎゅっと力がこもる。
人々は、抱き合う二人を避け、横目で見学しながら通り過ぎ、何事もなかったように歩き去っていく。

「せや」
ふと、真島は何かを思いついたようにニヤリと笑うと、の顔を覗き込んだ。
「これからは、毎日、学校の送り迎えしたらなアカンなあ」
「いいよ〜。みんな怖がっちゃうと思うし」
すっと首をすくめて笑い出したにつられて、真島も堪えるように笑い出す。
「ほな、メシでも食いに行くか?」
「うん」
の頭をぽんと撫でてから、彼女の手を握って、歩き出す。

いつの間にか雨はやんでいた。
が、握られた手を確かめるように何度も前後に振っている。
しばらく歩いていた。
突然、彼女がネオンの滲む水たまりを軽やかに飛び越えてしまった。
ぐいっと腕が引っ張られて、真島は思わず力をこめた。
「おい!」
「ん?」
振り向きざまに、スカートがふわりと舞う。
くすっと笑ったが、また歩き出した。

ふと、あの瞬間を思い出した。
沖縄で屈託のない笑みを見せた少女を。
あの時、真島はに全てを奪われていた。

もう、振り回されてもいい。

もう、二度と離さない。

――絶対に。

【完】




感謝をこめたあとがき

最後まで読んで下さってありがとうございました!
真島さんが、女子高生の遥にどれだけ舞い上がって虜になってしまうかが見たくて、長編を書いてしまいました(笑)。
少しでも、遠距離と年の差を乗り越えて、ハッピーに結ばれた二人を感じて頂けたら……と願っています☆彡
みなさんに励まされて、支えられて、最後まで書くことができました。
つたない文章を最後まで読んで下さって、心から底から感謝しています(〃゚∇゚〃)

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