真島さんに何と呼ばれたいですか?
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*何も記入しない場合、青山美香になります。



お泊り

後編:初めてのお泊り

「あ〜。なんか、すごい荷物になっちゃったなぁ……」
私は、家の前で右手に提げているパンパンに膨れ上がったトートバッグを眺めた。左手には、晩ご飯の材料が入ったスーパーの袋を持っている。

ついに、真島さんのマンションに初お泊りする日が来た。勝負用下着は、黒にしようかと迷ったけど、狙い過ぎかと思って、可愛く見えるよう淡いピンクにした。
ケータイの時計を見ると、夜の七時十分。真島さんは、まだだろうか。

ファーン。
クラックションの音が路地に響く。あの黒のジャガーの運転席に見えるのは、真島さんだ。
「待たせたなあ、ちゃん」
「全然、待ってないから!」
「早う、乗り」

助手席に乗り込むと、香ばしい香りが鼻先をくすぐる。
「真島さん、何かいい匂いがしない?」
「せやろ。後ろ見てみ?」

後部座席を振り返ると、大きな紙袋から、きつね色のフランスパンが五本飛び出している。
「真島さん、あのパンどうしたの?」
ちゃんを迎えに来る前に、表参道で一番旨いパン屋で買うて来たんやでぇ。オンナはパン好きやろ?まあ、俺はメシ派やけどなあ」
「真島さんが表参道のパン屋さん」あまりの不釣合いに思わず、プッと吹き出してしまう。
「何が可笑しいんや。組にパン好きなモンがおって、わざわざ聞いたんやで。せやけど、パン屋はオンナばっかりでメッチャ浮いとったわ」
(私のためにそこまでしてくれたんだぁ……)
まっすぐ前を見て、笑いながら運転する真島さんを見て、私は胸がキュッとなった。

西新宿にある真島さんの超高層マンションに着いた。夜空にそびえたつその姿に、思わず息を呑んだ。
真島さんが、セキュリティーチェックのため暗証番号を押すと、重たい扉がスッと開いた。まるで美術館みたいなエントランスだった。
間接照明に照らされた絵画が壁にかかり、正面には、真っ赤なバラであふれた花びんが飾られていた。
真島さんはエレベーターに乗って、三十五階を押した。
上り始めると、ガラス張りになっているエレベーターから神室町の夜景が、どんどん小さくなっていく。思わず足がすくんでしまう。

「わ、綺麗……だけど、ちょっと怖いかも」
「そうか?これに乗ると疲れ吹っ飛ぶでぇ」
そう言った真島さんは、私の肩に手を回して抱き寄せてくれた。まるで安心させてくれるかのように。

三十五階に着き、ホテルのようなじゅうたん張りの廊下を歩く。扉から扉までがずいぶん長い。
「さ、着いたで」
真島さんが扉を開けて、電気をつけた。私はただ驚いてそこに突っ立った。リビングの広さは、二十畳以上ありそうだった。
黒い革張りのソファがL字型に置いてある。その前には、六十インチくらいのテレビがあった。
真島さんが窓際のボタンを押した。サーッとカーテンが開いた。
目の前にはミレニアムタワーが白く輝いていた。
床から天井まで一面の大きな窓からパノラマのような神室町の夜景が眼下に広がっている。私は絶句した。

「真島さん、信じられない……」
「ええ眺めやろ?毎日見とっても、まだ飽きへんわ」
満足そうに笑った真島さんは、呆然としている私の頭をポンポンと撫でると、「ちゃん、何か飲むか?」と訊いた。
「え?じ、じゃあ、ビールを」
ソファにゆっくり腰を下ろしながら部屋を見渡した。
ヤクザの大幹部だとは知っていたけど、まさか真島さんがこんなにお金持ちだったとは……。
掛け時計を見ると、八時を回っていた。ふと、晩ご飯を作る予定だったことを思い出す。
慌ててバッグからエプロンを取り出し、キッチンへ向かった。

「真島さん、私、ハンバーグ、作ろうと思うの」
「まだ、ええって。ゆっくりしとき」
「でも、遅くなるし……」
「ほな、一緒に作ろか」
「え?真島さん、料理なんかできるの?」
「当たり前や!見てみぃ!」

システムキッチンは、木目調で統一されて、ピカピカに磨き上げられている。
棚を開けてみると、調理器具は綺麗に並べられていた。
「すごい。本当だ……」
「ちゅうのは冗談で、たまにしかせぇへんから、綺麗なだけや」
ヒヒッと笑った真島さんは、缶ビールを渡してくれた。
「まずは乾杯や。よう来てくれたな」

コツンと缶がぶつかり、ビールを飲んだ。真島さんを見ると、もう飲み干している。口ひげについた泡を指差すと、
「拭いてくれや」
と、ニヤリと笑って真島さんは言う。私が人差し指でゆっくり拭き取ると、ぺろりと指が舐められてしまった。ドキリと鼓動が跳ねる。
「これで、全部飲んだことになるわ」
「も、もう!真島さん!」
私は、慌てて手を引っ込めると、ハンバーグの支度に取り掛かった。

一時間が過ぎた。真島さんと私は、ダイニングテーブルに俯いて椅子に座っていた。
テーブルには、こげ茶色に割れたハンバーグ、サラダ、フランスパンが並んでいる。
「もう、真島さんがどうしても焼くって言うから……」
ちゃん、スマン!簡単やと思うたんや。せや、ええモンがあったわ!」

真島さんはキッチンへ大股で行くと、急いで紙袋を持って戻ってきた。
「ほれ」と渡されて、中身を取り出すと、ワインボトルだった。「バローロ」と書いてある。赤ワインらしい。
「それなあ、峯ちゅうワインに詳しいエリート幹部に訊いたんや。何がお勧めかってなあ。イタリヤで一番ええワインらしいでぇ」
「へぇ〜。すごい!」

思わず目を丸くする。真島さんがボトルを開けて、並々とワインをグラスに注いでくれた。夜景にグラスを合わせると輝くルビーのようだ。
私はグラスを持ち上げた。
二度目の乾杯。チンと澄んだ音がした。ゆっくり口に含んで、味わってみる。濃があるような気がする。
でも、正直なところ、私が普段飲んでいる安いワインとあまり差が分からない。
「真島さん、すごく美味しい〜!」
「せやなあ。ええヤツかはよう分からんけど、旨いなあ!」
(え?真島さんも分からないの?よかった……)
私は、ワインをもう一口飲みながら、真島さんって本当に正直な人なんだな、と思って、また少し好きになった。

夕食の片付けを終えると、十時を過ぎていた。私は、TSUTAYAで借りてきた新作のDVDをバッグから取り出した。
「ねえ、真島さん。これ今一番人気なんだって!一緒に観ない?」
「ほう。面白そうやないけ。せやけどなあ、もっとええヤツがあるで」
ニッと笑った真島さんは、サイドボードに並んだDVDから何かを探している。
「これや!」

渡されたのは、「死霊のえじき」というタイトルが赤い文字で書かれている作品だった。
男が何本もの黒い手に襲われている様子がパッケージに描かれている。
私は青ざめた。
「えっ……?真島さん、こんなの見たいの……?」
「何言うとんのや。これはゾンビ映画の中でも名作やで。さ、早うここに座り」
真島さんは嬉しそうにソファを叩くと、素早くDVDをセットした。ムード作りと言って照明も落とされた。
真島さんが私の横に腰を下ろし、身を乗り出して、鑑賞会はスタートした。

スクリーンの中で、女が白い部屋にいて、壁に向かって歩きだした。何やらカレンダーをじっと見ている。
その瞬間、十本くらいの黒い手が壁から突き出てきたのだ。
背筋がびくっとして、真島さんの手を掴んだ。
「こんなんまだまだやでぇ」
真島さんは、私の顔を覗き込んでニヤニヤしている。
スクリーンいっぱいには、荒れた街をおぞましいゾンビたちがうろうろ歩いている。
顔を背けた瞬間だった。
窓の外で夜空がぴかっと光って、少し遅れて割れるような雷の音が響いた。

「ぎゃあ!」
思わず真島さんの腕にしがみつく。
「なんや、ちゃん。雷が怖いんか?」
「ゾンビも怖し、雷も怖いよぉ」
「しゃあないなあ」

DVDを消した真島さんに私は抱き寄せられた。真島さんのジャケットから覗く素肌に頬が当たる。あったかい。穏やかな心臓の鼓動が聞こえる。
真島さんが私の首筋に顔を埋めた。首筋に柔らかな唇の感触を感じる。ぴくんと身体が震えた。肩まで何度も触れた唇は、今度は耳のほうに向かって近づいてくる。
胸の鼓動が加速する。真島さんに心臓の音が聞こえてしまう。
身体がかぁと熱くなっていく。
真島さんは、耳の下にキスしたところで、耳たぶを軽く咥えた。

「あっ……」
思わず声が漏れた。
「なあ、。そろそろ風呂入らへん?」
「え……?あの、わ、私、一人で入るよ……」
「せやけど、この間、ちゃんちで風呂借りたやろ?あん時一人でメッチャ寂しかったでぇ」
「でも……」

その途端、体がふわりと宙に浮いた。天井が近くに見えて一瞬パニックになる。お姫様抱っこされていた。
「真島さん、何してるの!?止めてー!」
顔から火が出そうな気分だ。私は、真島さんの首に手を回しながら、脚をバタバタして思いっきり抵抗した。

「そないに暴れると、スカートめくれ上がるで」
慌ててスカートの裾を直す。
思わず私は、「真島さんの意地悪……」と呟いく。

(だって、真島さんったら、まるっきり余裕なんだもん)

「つべこべ言わんと行くで」
ニヤリと笑った真島さんは、私をしっかりと抱きかかえながら、お風呂場へ大股で向かった。

前編:初めて私の家へ

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