. . 聖書・「神のみことば」は、真理の尽きない泉です。深く掘れば掘るほど、豊かな甘い水を湧き出します。
このページは、フィリップの「井戸掘り日記」」と名付けました。
「ダビデ以外による詩篇」 に学ぶ : 第131講
■ 今日の「井戸掘り」

 「なぜ、国々は言うのか。『彼らの神は、いったいどこにいるのか』と。私たちの神は、天におられ、その望むところをことごとく行われる。」              詩篇115:1〜18 

  ■ 井戸を掘りましょう:

   イスラエルの周辺諸国では、神は刻んだ像によって現されており、形を持たない霊なる神を理解することはできませんでした。「彼らの偶像は銀や金で、人の手のわざである。」彼らは、見えないがゆえに、「神は、いったいどこにいるのか」と問いただすのです。その意味は、どこにもいないではないか、ということです。

   それに対して、イスラエルは「主は、天と地を造られた方である」と答えます。天と地、すなわち、この宇宙の存在そのものが、その創造主である神の存在を証しているではないかと。そして、イスラエル全家に「イスラエルよ。主に信頼せよ」と呼びかけているのです。偶像に信頼する者はみな、偶像に等しく、むなしいものです。偶像は形こそありますが「口があっても語れず、眼があっても見え」ません。

   しかし、真の霊の神である主に信頼するとき、主は、信頼する者たち、また、その子孫たちを「祝福してくださ」います。微少で弱い民族を増し加え、エジプトの地でそうであったように、周辺諸国の脅威となるまでにしてくださるのです。

高知県・越知町の大樽の滝


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