. . 聖書・「神のみことば」は、真理の尽きない泉です。深く掘れば掘るほど、豊かな甘い水を湧き出します。
このページは、フィリップの「井戸掘り日記」」と名付けました。
このページは、フィリップの「井戸掘り日記」」と名付けました。
「ダビデ以外による詩篇」 に学ぶ : 第96講
■ 今日の「井戸掘り」
「彼らは、主の家に植えられ、私たちは神の大庭で栄えます。彼らは年老いてもなお、実を実らせ、みずみずしく、おい茂っているでしょう。」 詩篇92:1〜15B
■ 井戸を掘りましょう:
ここに「彼ら」とは、12節に見るように「正しい者」のことです。詩篇で「正しい者」と言うとき、それは単に、道徳的な人々を意味しません。正しさの基本的な要素は、先ず、創造主である神との関係にあって、社会にあってどのように道徳的に生きるかに勝って、神を畏れかしこむ姿勢があるかないかが、問われています。創造主である神を度外視しての、自己免許の正しさは意味をなしません。神にあって、神が正しいとされる時のみ、それは正しいのです。
神との関係において、最初に要求されている資質は、何にも勝って信仰です。神に依り頼む姿勢です。神は律法の行いに勝って、人が神に信頼することを願い、それを要求しておられます。そして、信仰の生涯とは、私たちが神のために何かをすると言うよりも、重点は、神が私たちのためにしてくださったことにあります。この詩篇からの最初のメッセージに記したように、それですから、この詩篇の強調点は「あなたのなさったこと」で、私たちがないをしたかではありません。