■ 今日の「井戸掘り」
「愛する者たちよ。あなたがたにお勧めします。旅人であり寄留者であるあなたがたは、たましいに戦いをいどむ肉の欲を遠ざけなさい。」 ペテロの手紙2:11
■ 井戸を掘りましょう:
回心がもたらした「以前」と「今」の相違を、単に立場上のこととしてしまわないで、実生活上においても「以前」と一線を画するために、ペテロは「たましいに戦いをいどむ肉の欲を遠ざけ」るように勧めます。
「たましいに戦いをいどむ肉の欲」は、肉体と密接に結びついてはいますが、肉体に備わっている本能的な欲望そのものではありません。以前にも解説したように、「肉」とは、神を離れた人間、また、そのような存在としての生き様を指しています。「肉」は、肉体を通して、その人に働きかけます。それで、しばしば肉体そのものと混同されることが多いのです。しかし、肉体も、それがもつ自然の本能も悪いもの、また、「遠ざける」べきものではありません。
「遠ざける」べきことは、「肉の欲」、すなわち、神から離れ、自己中心に生きる人の際限ない欲望であって、この「肉の欲」は、しばしば本能的な欲望を暴走させる力となります。肉体のもつ自然の、本能的な欲望が、「肉の欲」の虜にならないように注意しなければなりません。
「愛する者たちよ」というこの節の冒頭のペテロの読者への呼び掛けは、ペテロが、さまざまな地域に「散って寄留している」クリスチャンたちを、如何に愛していたかを示しています。「愛」の対語は、憎しみではなく「無関心」であると言われますが、ペテロは彼らを愛するがゆえに、彼らのの生涯に、その祝福に関心を持って、彼らの益のために書きにくいことも、時として書き送るのです。