“田中真紀子”考

       平成14年3月18日 日本海新聞潮流に寄稿

天下の小林節教授に議論を挑むものではない。私は本欄で田中真紀子氏に関2回言及したので、その総括をしておく。最初は小泉内閣組閣時、田中氏は大臣の任務に国益追及を筆頭にあげた。彼女は河野氏のような顔つきに似合わぬ腰抜けでなく米国とか中国に物怖じしないと直感して大いに期待を表明した。第二回はその半年後の去る12月、宰相しだい、と言うテーマで私は田中氏を大臣として第六等に属するとした。

この間、些細なことで悶着が多すぎたし、人間と組織の把握が滅茶苦茶であり、中国に媚びている印象も受けた。テロの時に米国秘密事項を喋ったり、外交責任者として実にハラハラドキドキの連続であった。小事に人格の本質が現われる。小泉氏は内閣総理大臣であり、田中氏は総理の方針の下、国務大臣として事前に外交方針を緻密に打ち合わせて隙の無い精細な外交論理を設計し発言とか言動とか面会者とか万事に疎漏なきようにすべき主たる責務がある。さもなくば国益追求はできまい。次に部下の人心掌握が余りにも下手で、これでは管理者として組織運営に齟齬を来たすのは必然で人事の技術と人徳の無さを痛感した。国益追及どころか国益に痛く反すると思った。当初は野党もマスコミも資質を問題視していた。鈴木宗男氏と野上外務次官の三人が更迭された頃からマスメディアや野党は変質したと思う。それはどおでもいいとして私の本論は次の通りである。

明治維新で幕藩体制を破壊して新時代を開いた一人に西郷隆盛がある。彼は維新の英雄である。然し、西南戦争を惹起し一時は朝敵と言われた。新政府の組織とか運営の能力が西郷氏には無かった。天は二物を与えずか。然し、幕藩体制を崩壊させたのは歴史的に第一級の功績である。西郷の歴史的役割はそこまでであろう。然し、新政府は新しい組織を作り新しい時代に相応しい官吏を作り国家の基礎を創造しなくてはならぬ。法律を作るとか官僚の育成とかに大久保は素晴らしい能力を持つ人材であり明治政府基礎固めの功労者である。維新政府には大久保利通という能吏が新時代の適役であった。西郷さんは、茫洋とした東洋的人物であり人望はあったが能吏でなく新体制には適合しなかった。歴史というのは面白い。

同様なことが田中氏と川口氏に見て取れるからだ。田中氏は滅茶苦茶なものがあったからこそ常識を破る破壊力を発揮したのだ、結果的に。西郷さんと田中氏では人物は大違いだが旧体制の破壊という歴史的効用が共通している。田中宗男のケシカラン問題とか外務官僚の腐敗と癒着を焙り出したのは田中氏であったればこそだ。彼女はここまでであろう。更迭され、時日が経過して田中氏のこの歴史的功績が明確に浮き彫りにされてきたと思う。ここまで当初から見通して田中氏を支援していたのであれば、それは大慧眼である。田中氏は更迭されたからこそ、証人喚問で鈴木議員の横暴と外務官僚の腐敗が焙り出されたので、あのまま外相であれば田中氏には手におえぬこととなり自滅していたのではないか。歴史の皮肉である。
川口氏は旧体制破壊後の外相としてうってつけではないか。川口氏のあの手堅さは能吏大久保利通に相当する。官僚であった事を云々する必要はない。度胸もあるし頭脳も明晰、国民の心も分かる。大久保利通のように大いに能力を発揮できるよう国民は田中氏以上に支援していいと思う。これが私の田中真紀子考である。

終わりに、旧体制破壊後は未来への設計図や具体的方策がなくてはならぬ。小泉総理に退陣を求めるには、どのような具体策でどの首班でどのように日本国を変革させるかという確とした整合性のある青写真を示さないまま単に倒閣を言うのは大マスメディアも野党も実におかしい。国民に対して無責任だ。

具体的政策中心の論議を避け政局にしようとする大マスメディアは相変わらずだ。第一、鈴木宗男みたいな人間の存在はわかっていた筈だ、大マスメディアこそ、事態がここに到る迄放置したジャーナリズムとしての責任があるのではないか。
                 鳥取木鶏研究会 代表 徳永圀典