アキちゃん      シリーズ

      


その 3     

                                              安西 果歩

   そのパンダウサギのうさ子がアキちゃんの家に住みはじめたことについては、はじめからちょっと変わっていました。

   その日アキちゃんは学校から帰って、二階の自分の部屋で明日の時間割をそろえていました。そのときすぐ下の玄関のドアーになにかがぶつかった音がしたのです。

   アキちゃんは”なんだろう?”と思いましたが、時間割をそろえるのが忙しくて、外を見ませんでした。

  ”ダーン!ダーン!”という音はかんかくをおいて続いています。そのうち”キー!キー!”という何かをひっかくような、気持ちの悪い音が聞こえてきました。

   アキちゃんはお部屋の窓をあけて下の玄関を見ました。何も見えません。下の庭の方はシーンとしています。

 「だーれ?ロンなの?そこに誰かいるの?」                                           アキちゃんは犬のロンちゃんに言いました。ロンは目をまんまるくしてアキちゃんを見たり、前の方をじっと見ています。

 「だれかいるのね」

  アキちゃんはロンのようすを見てそう言うと、いそいで部屋をとびだし、階段をかけおりて玄関のドアーを開けました。ところが、アキちゃんがドアーを開けかけたとき、何か白いファーとしたものがアキちゃんの足もとを通りぬけたのです。

 「ワアー、なによ!」

  アキちゃんはその白いころがっていったものを見ました。

  そこには、白と黒のパンダウサギが、なんだか、すまなさそうな顔をしてアキちゃんの顔を見上げていたのです。それが、うさ子だったのです。

 「いきなり入ってきて・・・。びっくりするじゃないの!」

  アキちゃんは少し大きい声で言いました。

 「ごめんなさい。犬に追いかけられたの」

 「だけど、そこにも犬がいるじゃない」

 「うん、でもつながれているでしょう。それに、追いかけてきた犬は、この犬さんを見て逃げていったのよ。助かった」

 「ふへん。でも、どうして追いかけられたの?外で遊んでいたの?」

 「迷子になったの。少しここにいていい?」

 「いいよ。だけど、リンとチョロがいるよ。いい?」

 アキちゃんがそう言ったのは、そこには、リンとチョロという猫がならんで、じいっとパンダウサギのうさ子を見ていたのです。

 「よろしくお願いします」

  ところがうさ子はケロリとしてリンとチョロに頭をさげたのです。

 「ウーッ」

 チョロがひくくうなり声をあげました。リンはいつものように、プイと顔をそむけて、むこうへ行ってしまいました。

 「問題はチョロちゃんね。リンはいつもそうなの。気に入らないとあんなふうに冷たいけど、弱いものいじめはしないわ。チョロも、仲間にいれてあげなさいね。アキはいいよ。だって、うさ子って可愛いんだもの」

  アキちゃんはうさ子を抱き上げてほほずりをしながら言いました。

 「ウーッ」

 チョロは面白くないのにきまっています。

  でも、こうしてパンダウサギのうさ子はアキちゃんの家の一員となりました。

  うさ子はとても可愛いうさぎでした。明るくて、ひとなつっこく、とてもかしこいうさぎでした。

  アキちゃんはすっかりうさ子に夢中になり、学校からも、寄り道をしたりしないで、いそいで帰って来るようになりました。「

 「ただいまーッ。うさ子淋しかった?すぐ遊ぶからね」

  なんて、アキちゃんの足音を聞いて、玄関に飛び出して迎えるうさ子を抱き上げて、アキちゃんはほほずりしたり、やさしくなでたりしました。

  ところが、二、三日たってアキちゃんは、少しおかしなことに気がつきました。

  いつものように、うさ子はアキちゃんの帰りを待って玄関にすわっているのですが、元気がありません。アキちゃんが抱き上げると、うれしそうにするのですが、力がないのです。床におろしても、ピョンピョンとばないのです。おしっこをおもらしした時のように、足をひろげて、腰をひきずるようにするのです。

 「うさ子、足、どうかしたの?」とアキちゃんが聞いても「べつに・・・、何かおかしい?」と反対に聞くくらいなのです。それに、食事もあまりしなくなりました。

  アキちゃんのママの話だと、昼間は眠ってばかりいるそうです。

 「ねえ、あんたって、ほんとうにお家があるの?捨てられたのじゃないの?」

  と、或る日チョロが心無いことを言いました。

 「ばか!チョロ」とアキちゃんが怒ったときはもうおそかったのです。うさ子の目には、みるみるなみだがあふれてきました。うさ子の大きな目からポロリとひとつぶの涙が床におちると、

 「あたし、捨てられたみたい、死にたいよーッ」

 と、うさ子は言ってさめざめと泣きました。

 「そんなことないよ。こんどアキがうさ子のお家探してあげるから。きっとみつかるよ」

  アキちゃんは、自分がうさ子と遊びたくてうさ子の家を探してあげなかったことをとても悪かったと思いました。

  そして或る日、アキちゃんは、うさ子が元気をなくし、きゅぅに家に帰りたくなった原因を見つけました。

  ある夜中、アキちゃんはふと目をさましました。トイレに行きたくなったのです。すると、だーれも寝ていないお部屋でチョロが遊んでいるようなのです。アキちゃんはふと、のぞいてみました。すると、

 「もう、眠いよー。きょうはアキちゃんのおともだちがきて、一緒に遊んだんだもの。お昼寝できなかったんだから。もう、眠ろうよ」

  とうさ子が泣き声を出していたのです。

 「だめ。人間は夜眠るけれどね、動物はね、夜は眠らないんだよ。ねえ、リン?」

  とチョロが、自分の意見は正しいんだというふうに、リンを見て言いました。

 「ええ、そうねえ。動物はみんなって言うことはないけれど、私たちはそうね。夜眠っちゃうと、だんだん、暗いところで目がみえなくなっちゃうわよ」

 「あたし、夜なんか、もともと目が見えないんだもの」

  と、うさ子は泣きじゃくりながら言いました。

 「もともととかなんとか言わないの。ねえ、なんでも練習なんだよね、リン?」

  またまたチョロがリンに言っています。いつも言われていることをリンにみとめてもらいたいのです。

 「ほら、歩き方なんて、だいぶできるようになったじゃないの。やれば出来るンだからね。なんでも練習なんだよ。ねえ。やんなきゃだめ!」

  こうして、うさ子は毎晩チョロとリンに特訓をされていたのです。

  ピョンピョンとばないで、歩くことや、夜行動することや、たべもののことまで、猫ふうに教育されていたのです。これではうさ子がノイローゼになってしまいます。

 「チョロ、リン、なにやってンの!もう、ばっかじゃない!もう!」

  アキちゃんはなんて言ったらいいか分からないくらいこうふんして、言葉がでてきません。いきなり、チョロとリンの頭をぶちました。

  二匹ともびっくりしてとびのき、足をすべらせながらドアーの外へ逃げていきました。

 「かわいそうにねえ・・・」

  アキちゃんはうさ子を抱き上げるとそっと、何回も何回もからだをなでてあげました。

 「なぜアキに、いじめられていること言わなかったの?」

  アキちゃんが聞いても、うさ子はただ目を閉じて、ちいさくふるえているだけです。

 「いつもいつもいじめられていたのでしょ。こんなにやせちゃって・・・」

  気がついてみると、ふかふかした毛でかくれていて分からなかったのですが、うさ子はすっかりやせて、とっても小さくなっていました。

 「もう、だいじょうぶ。アキが、うんとおこっやるからね」

  アキちゃんがまだこうふんして言ったとき、やっと小さな声でうさ子が言いました。

 「アキちゃん、チョロさんとリンさんはね、あたしをいじめていたのじゃないのよ。あたしが何も出来ないから・・・教えてくれていたの」

 「出来ないって、あんたはうさぎでしょ。うさぎが猫と同じにできるわけないのよ!」

 アキちゃんがまたまた大きな声で言いました。

 「そうなの?でもそのことがあたしにも猫さんたちにも分からなかったのよ。だから、あたしも悪いのね」

 「そうね、うさ子もばかだけど・・・でも、やっぱり、チョロとリンの方が悪いよ、もう、ぜったい・・・」

 「アキちゃん、だけど、アキちゃんだって、わたしたちにとっても悪い事する時あるのよ」

  いつの間にか戻ってきたリンが言いました。

 「トイレだって、あたしたち外でしたいのに、小さな箱の中でしなさいって。うんこをかくす砂も少しで、はずかしいのに紙の砂なんか。しっぽを持ってさかだちさせることだってあるでしょう。人間は猫をいじめてよくて、猫がうさぎをいじめることに腹をたてるなんて、かってすぎるよ!!」

  チョロが目をさんかくにして言いました。

  アキちゃんは困ってしまいました。その通りなんですから。

 「それはそうだけど・・・。でもね、アキはちゃんと用心しているもン。死にそうになるまでなんかやらないもン」

 「うん、それはそうだね。ニヤーって言ったらやめてくれるね」

  こんな時チョロは公平なのです。

 「わかった?教えるとか、遊んであげるとかって、むずかしいのよ」

  アキちゃんが結論を出すように言うと「でも、遊ばなくちゃつまんない」と、遊び好きのチョロが言いました。

  そうして、なんとなくみんなはアキちゃんのベッドに入り一緒に眠ってしまいました。

  次の日からアキちゃんは学校から帰ると、熱心にポスターを描きはじめました。

 ”パンダウサギを預かっています””迷子の小うさぎが私の家にいます””迷子のうさぎを迎えに来てあげてください”などと、何枚もポスターを作って外にはりました。

  アキちゃんのお友達のヨウ子ちゃんも、林さんも手伝ってくれました。

  アキちゃんの担任の先生も話しを聞いて「学校にもはってあげよう」と言って、ポスターをはってくれました。


  一週間たっても、十日たっても、だれもうさ子を迎えに来ませんでした。うさ子はものすごく悲しそうでした。食欲がなく、やせてしまうのでアキちゃんは

 「病院に連れていこうか?」

  とアキちゃんのママに言いました。

 「そうね。でもね、人間にはいろんな事情をもった人がいてね、うさ子の飼い主にも事情があるのでしょう。迎えに来た時にうさ子が死にそうになっていたら、それこそ悲しがるわ。だからたくさん食べようね」

  アキちゃんのママはそう言ってうさ子の好きそうな食べ物を買ってきました。

  二週間目の月曜日の夕方です。

 「ごめんください」

  きれいな声がして、女の人が玄関に来ました。うさ子の耳がぴくんとうごきました。

 「そうだったのですか。あんまり長い間迎えにこないので、もう、うちの子にしてしまおうかと思っていたのですよ」

  と、ママがはなしています。「きた!」”いよいよ来た!」と思いながらアキちゃんは、うさ子をぎゅっと抱きしめました。

 「そういう事情なら仕方がないですねえ。お返しする方が良いでしょう。アキ、うさ子を連れていらっしゃい・・・。ほら、お迎えよ・・・」

  ママがアキちゃんを呼びました。ところが、うさ子はアキちゃんの胸にしがみついています。

 「うさ子、さよならだよ」

  アキちゃんはうさ子を抱きしめたまま階段をおりていきました。

  きれいな、やさしそうな女のひとでした。アキちゃんは少しほっとして、思い切ったように、うさ子を女の人に差し出しました。

 「ありがとう。ほんとにごめんなさいね。うさ子よかったね無事で。」

  女の人はうさ子を抱き取ると、

 「このうさちゃんね、出て行ったとき、おばさんちのこどもがね、自動車にはねられて大怪我した時だったのね、それで、おおあわてしていた時だったのでどうにもならなかった。昨日やっとおばさんは病院から帰ったの。それで、今、いま見たのよ、ポスターを。ほんとにありがとうございました」

  おばさんはポロポロ泣きながらうさ子を連れて帰りました。

 「なによ、自分だけポロポロ涙なんか出して。いくら事情があったって、あんなにながくほおっておいたんだから、ねえ、アキだって、チョロだって、もっと名残をおしみたかったわよ。うさ子もうさ子ね、ぜんぜん平気なのね。あんなものかしら、うさぎなんて動物は」

  ママは、あっけない別れがものたりなくてそう独り言をいっています。

  アキちゃんは、このほうがかえってつらくなかったようで良かったのかなと思っていました。

  ところが次の日、

 「ごめんぐださい」

  と、また、あの女の人が来たのです。しかも、かごに入れたうさ子を連れていました。

 「あのね、もしよかったら、このうさちゃん、おたくで飼っていただけないかしら。昨日、そう言おうと思ったのですけど、悲しくて言えなかったの。おばさんちの子ね、病院で亡くなったの。だから、このうさちゃんも一人ぽっちになっちゃうでしょう。かわいそうなの」

  女の人は泣きながら言いました。

 「はい。でも・・・おばさんもひとりぽっちに・・・なるの?」

  アキちゃんはうさ子が帰ってきたのはうれしいけれど、おばさんが気の毒になりました。

 「わたしもね、せめてこのうさちゃんだけでも思い出に・・・と思ったの。でも、かえって辛いから・・・ね。あなたみたいなやさしい女の子とお友達だったらうさちゃんも幸せね。お願いします。それから、これは、おかあさんに渡してください」

  おばさんは帰っていきました。

 「ほんとはね、昨日、わたしはあの子が亡くなったんだと思ったの。でも、何を言っても気の毒でしょう。だまっていたのよ」

  外出から帰ったママはそう言って、うさ子を抱き上げました。うさ子がもどってうれしそうでしたが、おばさんからの手紙を読むママの顔は涙でグシャグシャでした。

 「さあ、みんなで仲良くね。お互いを分かり合って大事にしていきましょう!」

  四人とも、いえ、一人と三匹とも、はりきって二階にかけあがりました。

                                               (おわり)

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