ゴジラ対自衛隊 〜映画の中の自衛隊〜

宣戦布告(2001年)

DATE

2002年劇場公開

監督:石侍露堂  脚本:石侍露堂、小松與志子

キャスト  諸橋揆一郎(内閣総理大臣):古谷一行  瀬川盛良(内閣情報調査室長):夏八木勲  寺崎秀一(内閣総理大臣首席秘書官):杉本哲太  篠塚義章(内閣官房長官):佐藤慶  櫻田吉成(副総理・総務庁長官):財津一郎  山ノ内二郎(防衛庁長官):石田太郎  土橋修三(防衛庁事務次官):鶴田忍  小池政明(外務大臣):天田俊明  村尾悟(内閣総理大臣秘書官・外務省出向):河原崎建三  他




内容にはネタばれを含んでいます。  解説・感想  ストーリー  映画の中の自衛隊




【解説・感想】

 日本の安全保障やインテリジェンス(情報活動)分野の著作で高い評価を得ている作家でジャーナリストの浅生幾氏の1998年の同名小説の映画化。原作は1998年の北朝鮮によるテポドン発射実験(8月31日)の直前に発売され、63万部のベストセラーとなった。現行(当時)の法制度の不備や、警察力の限界など、国家安全保障に関わる警鐘がリアルに描かれている。

 映画は2000年3月にクランクインしたものの、自衛隊と北朝鮮の工作員との戦闘という内容からか、公開は2002年10月を待たなければならなかった。また、防衛庁(現防衛省)も、撮影への一切の協力を拒否し、備品を納入している企業にも映画撮影に協力しないように通達があったという。自衛隊の協力を得られなかったため、製作は難しいとも言われたが、入手可能な各種資料や軍事マニアの協力、CGや演習映像など、あらゆる手段を使って、あるいは一から製作し、リアルに再現している。とはいえ、防衛や軍事に深い造詣を持つ石破氏がほんの2年程後には防衛庁長官に就任しており、2007年に公開されたミッドナイト・イーグルも石破氏のときには撮影協力の許可が下りており、その時なら『宣戦布告』も、と思ってしまう。あるいは10年以上が経過して国民の多くが国防に興味を持ち始めた現在ならば、もっと違った扱いを受けたかもしれない。そういう意味では早すぎた作品と言えるかもしれない。

 自衛隊の協力が得られないなかで、よくここまで描いた、とも感じるし、原作から入った者としてはもっと突っ込んで欲しかったとも思う。映画としての出来そのものは全体的に内容不足な感じがあり、後半にかけて話が収束していくどころか、雑になっていく感じを覚えてがっかりだった。前半……最初の小銃小隊との戦闘の辺りまではスピーディーで良質な作品に思えていたので残念。やはり、あの分量の小説をそのまま映画化するには100分という時間は短かったのだろうと思う。しかし、自衛隊を前面に押し出したポリティカル・サスペンスは『ミッドナイト・イーグル』や『ページの先頭へ→


【ストーリー】

   福井の日本海沿岸に国籍不明の潜水艦が発見された、という情報が諸橋総理大臣に伝えられる。潜水艦は自衛隊でも在日米軍ではなく北東人民共和国のものらしい。敵国の潜水艦漂着の報告に諸橋総理にも緊張が走る。福井県警の調査の結果、潜水艦内部から仲間割れで殺害されたと思われる死体が発見される。さらに、国籍不明の身元不明者が発見され、どうやら潜水艦の乗組員らしいことが分かる。逮捕された乗組員の証言から相手の武器はAK47(自動小銃)や、RPG7(対戦車ロケット砲)など予想を上回っていた。現地の指揮を執る福井県警本部長はSAT(特殊急襲部隊)の投入を決定し、射殺命令を下す。工作員が逃げ込んだ敦賀の山中を捜索中のSAT隊員は工作員を発見。照準を合わせるが、その土壇場で射殺命令は解除、一切発砲するなという命令が下る。いきなり射殺では国際的な非難にさらされ、内閣が持たないと判断した諸橋総理が、警察庁幹部を通じて福井県警に命令を撤回させたのだ。しかし、この判断は最悪の結果に終わる。工作員の放った対戦車ロケット砲がSATに向けて放たれ2名の殉職者と多数の負傷者を出したのだ。

 事ここに至り、警察力での対応は不可能と警察庁長官は自衛隊の出動を進言するが、自衛隊出動に対する法的・外交的なハードルは予想以上に高く、足下の内閣からも異論が噴出。さらには諸橋下ろしの動きさえ出始めた。マスコミからも厳しい質問が飛ぶ中、民間人に死者が出たことでついに諸橋総理大臣は腹を決めた。自衛隊の治安出動の決定をしたのである。しかし、銃火器の使用には警察比例の原則――敵が発砲して初めて反撃できる。その時でも射撃の許可を求めなければならないという、手枷足枷をつけたうえでの治安出動であった。

 敦賀が工作員に騒然としている頃、警視庁公安部外事課では、北東人民共和国のスパイ網の中枢に近いと思われる人間を突き止めつつあった。そんな中、一人の危険な諜報員が入国したらしいという情報が入る。その名はパク・アンリー。共和国の大佐であり、国際手配中の女だった。パクは公安に目をつけられた工作員を殺害し、共和国のスパイ網への手がかりを断ち切ったかに見えた。だが、公安は日本国政府の中枢にいる人物に接触し、機密情報を盗み取っている一人の女に目をつけていた。

 敦賀山中で自衛隊が工作員たちと接触。小銃小隊は工作員を追うが先制攻撃を禁じられた自衛隊員たちは工作員によって小隊長以下次々と射殺されていく。現地の指揮を執る連隊長はレンジャーを投入。さらに手榴弾の使用許可を求めるものの法に縛られた政府は許可を出さない。連隊長はついに独断で手榴弾の使用許可を出す。

 自衛隊の出動を受けて周辺諸国でも動きがあった。北朝鮮は日本に向けてミサイルを発射体勢を整え、潜水艦隊を日本に向けて出撃させる。アメリカ、中国、韓国、東南アジア諸国も軍事警戒レベルを上げ、動き始めた。このままでは事態は日本の手を離れて収拾のつかないものになってしまう。敦賀で戦っている自衛隊は対戦車ヘリに搭載されたバルカン砲の使用許可を求めるが、政府は混乱の極みに会った。第3次世界大戦の危機すら現実味を帯びる中、疲れ切った表情で諸橋総理はバルカン砲の使用を許可し、敦賀は工作員を全員射殺して幕を閉じた。

 しかし、敦賀に決着がついても一旦高まった緊張はさらに緊迫の度合いを増していく。ところが、突如北朝鮮はミサイルの発射を解除。潜水艦は引き返していく。危機は回避されたのだ。しかし、その犠牲はあまりにも大きかった。諸橋総理は辞任を表明し、官邸を去った。同じ頃、パク・アンリーは成田から飛び立ち、尾行していた公安部員は大物工作員が去っていくのをただ黙って見送った。今回の危機を回避するのにパクが果たした役割を彼らは知らない。なぜ、突如危機は去ったのかも、彼らは知る由もない。本当に必要な情報は、ごく一部の人間だけが知っていればいい――。

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【映画の中の自衛隊】

   東西冷戦の終結は、日本の安全保障にも大きな変化を与えた。それまでは正面装備を整え、巨大な軍事力を前面に押し出すことで抑止力としてきたが、1995年1月の阪神淡路大震災、3月の新宿地下鉄サリン事件、1998年の北朝鮮によるミサイル発射実験、1999年の能登半島沖不審船事件、2001年の九州南西海域工作船事件と立て続けに発生したクライシスは、自衛隊にも変化を求めることになった。1990年代の終わりから2000年代初めにかけ、海上自衛隊と陸上自衛隊にいわゆる特殊部隊が設置されるなど、ただ存在すること自体が目的であった抑止力としての軍隊から、より機動的な軍隊となることが求められるようになる。また、法制度も長年の課題だった有事法制が2003年6月の武力攻撃事態対処関連3法の可決をもって実現した。2004年6月には有事関連7法が成立している。

 ある意味で日本で数少ない自衛隊の“戦争映画”であるため、装備品はできるだけ丁寧に――軍事マニアなど自衛隊装備品の払い下ろし品などの所有者から提供を受けたり、モデルガンなどの形で入手が難しいものは一から作るなどして、戦場の自衛隊員の姿をリアリティあるものにしている。そういう執念にも似たリアルさへのこだわりが、総理以下、閣僚たちが終結する危機管理センターに結集しているように思う。現実の危機管理センターは一般には公開されていない。作中に登場してくる場面は護衛艦のCICなどを参考に、想像で製作したものらしいが、実際に存在しそうな気がしてくるのは、ほかの部分で執念にも似たリアルさの追求をしている結果だと思う。

 もしも、日本国内で『宣戦布告』のようなシチュエーションが起こった場合、自衛隊――いや、日本にはどの程度の被害が出るのか。どのような対処ができるのか。監督は、この『現状認識を甘くして作った』とインタビューで答えていたし、自衛隊関係者からもこんなにうまくはいかないだろう、という声もあったらしい。実際、原作では敦賀事変の対処にあたり警察と自衛隊が激しい主導権争いを繰り広げる場面も描かれている。自衛隊の最大の強みはその動員力と自己完結性だが、その行動に対する自衛隊法などの制約はもちろん、土地の収用や、電波の使用など、監督する省庁が別々で調整が難航する場面も出てくるだろう。いざという場面が出たとき、その調整に手間取り、機動隊が壊滅したり一都市が制圧されてようやく自衛隊が出動では話にならない。法整備と、シミュレーションを重ねることは絶対に必要だと思うのだが。

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